理由。
「ねえ、私ってなんで生きてるのかな」
蚊の鳴くような声でそう呟いたのはもう十年以上の付き合いがある黒谷蒼。アオイはいつだって不安定で、いつかふわっと溶けて消えてしまいそうだなんて思うこともしばしばあった。今回のこの呟きだってもうすっかり慣れたもので、だけどやっぱり蔑ろになんかできなくて、今日もまた哲学と瞑想の世界へと旅をする。そして、さして時間をかけずに出した答えはひどく簡単なものだった。
「生きたいからだよ」
それ以外に何があるというのだろうか。もちろんこれがアオイの求めている答えではないことくらいわかっている。だってアオイは今、どこかに消えてしまいたくて、それでも消えずにここに存在していて、生きたくないのに生きてしまっている状態だから。
「いっそ消えてしまったほうがずっと楽なのに」
「それは許さないよ」
暗闇から抜け出すには必要不可欠なものが二つある。
一つは、暗闇を燦々と照らす光。太陽でも月明かりでも、炎でもなんでも。でもこれらは一時的なものに過ぎない。光はいずれ消え失せ、また再び暗闇の中で過ごさなければいけない時が来る。そしたらまた闇の中で苦しい日々を過ごさなければならなくなる。大事なのはもう一つ。
もう一つは、暗闇の底にずっと一緒にいて寄り添ってくれる存在。自分にとってはアオイがそうだ。アオイにとっても自分がそうであってほしい。アオイとならどんな暗闇だって楽しい。抜け出せても、抜け出せなくても、それでもアオイと一緒にいれば大丈夫。
「アオイのために生きたいから、だからわたしは生きてる」
いつか消えてしまうのなら、それはきっと今じゃない。まだ存在しているのなら、消える時は一緒がいい。
そう思っていたのはもう過去だ。
アオイはもういない。いるのはわたし、黒谷蒼と、わたしの中の思い出だけ。アオイのいない世界はなんとも味気なく、暗闇に独りでいるのは苦しい。でも、それでも、わたしまで消えてしまうわけにはいかない。
今日も自問自答を繰り返す。
「ねえ、私ってなんで生きてるのかな」
「生きたいからだよ」
まだ消えないように、逝かないように、力強く何度も何度も。