物語の始まり マスコット
それは学校帰りの事だった。
好きだった乙女ゲーム「ヒロイック・プリンス」の事を考えた時。
目の前にそれがあらわれた。
「僕と一緒に、異世界に行ってほしんだっきゅ」
唐突だった。
目の前に空飛ぶ白いリスがあらわれて、そんな事を言ってきたからだ。
「り、リス?」
私は当然驚いた。
こちらの動揺をよそに、白いリスは話しかけてくる。
「君はヒロイック・プリンスというゲームをしってるっきゅ?」
私はほっぺをつなりながら、「は、はい」と答えた。
脳みそが現実を認識する作業に追いつかなかったので、自動応答中である。
「だったら、話ははやいっきゅ。そのゲームの世界に行って、悲劇の運命をたどるウォルドを救ってほしいっきゅ」
ウォルド様?
その人は私が好きな乙女ゲーム「ヒロイックプリンス」に出てくる登場人物だ。
攻略対象の一人であるのだが、悲劇の運命をたどって最終的には死んでしまう。
ゲームをプレイしている時に、その場面を見て何度枕を濡らしたことか。
しかし、そのウォルド様を助けるとは、どういう事なのだろうか。
目の前の白いリスはふかいため息をついて、「話すと長くなるっきゅ」といった。
そして「ここで立ち話するのもなんだから、現地に送ってから話すっきゅ」とも。
え?
それってどういう?
と、首をかしげているうちに、白いリスが、小さな手を掲げてお祈りのポーズをとりはじめた。
「女神様お願いしますだっきゅ。異世界転移一名様ご案内だっきゅ」
「えっ、ちょっとま」
最期まで発言さえてもらえなかった。
私の視界は白く塗りつぶされた。
「おーい、起きてるか?」
頬をぺちぺちと叩かれる感触。
瞼をあけると、そこに推しがいた。
ーーっ!
「起きたみたいだな。先客の嬢ちゃん」
整った顔立ちのその人。
見目麗しい男性、その人は……。
私の好きな乙女ゲームに出てくる登場人物、ウォルド様である。
「えっ、なっ!」
口をパクパクさせていると、ウォルド様が周囲を見回しているのに気が付いた。
私も視線を動かす。
ここは牢屋だった。
つまり、いきなり投獄されていた。
何も身に覚えがないというのに。
で、ウォルド様は先ほどこの牢屋に入ってきたのだろう。
「罪人とは言え、女と一緒の所に放り込むってどうなんだ?」
私もどうかと思います。
じゃなくて、記憶を必死にたぐりよせる。
確か覚えている記憶の中では、白い不審なリスとエンカウントしたものがある。
その白いリスが「異世界にご案内」とか言ってたから、つまりそういう事?
本当に、乙女ゲームの世界に来てしまった?
私はウォルド様の顔をまじまじと見つめる。
とても整っていて、ほれぼれとするような恰好良い顔があった。
それは幻なんかではないリアリティがある。
本当に正真正銘のウォルド様だ。
「俺の顔になんかついてんのか?」
「い、いえ」
おっと、人の顔をぶしつけに眺めていていいものではないな。
私は慌てて視線をそらした。
それから、色々考えた。
この世界は乙女ゲーム「ヒロイック・プリンス」の世界だ。
シナリオは、迫害されたエルフを助けるために登場人物が行動するというもの。
ファンタジーバトル要素があるこのゲームでは、モンスターや人と戦う事もある。
そういうわけで、少数派でありつつも男性もやってるゲームとして名前が挙がっていた。
攻略対象者は全員で三人。
だが、全員が行動を共にするわけではない。
ヒロインであるミュセの行動によって、攻略対象者一人としか一緒に行動できない場合もあるのだ。
今はおそらく物語序盤の出来事。
無実の罪をきせられて捕まったエルフの少年を助けようとしたウォルド様が、捕縛した奴らをぶっ飛ばしてしまって、それで返り討ちにあう。結果、投獄させられてしまった所。
しばらくはウォルド視点が続くので、ミュセの登場はまだだろう。
考え事をしていると、ウォルド様が何かを取り出して、牢屋の鍵穴に押し込んでいた。
それは鍵束?
私の視線に気が付いた表情が、ニヤリとする。
「牢屋に入れる前に他の看守とすれ違ってな。すっておいた」
さすがウォルド様。
こんな時でも、冷静に行動するその姿。
攻略対象者になるはずだ。
話をしている間に、開錠がすんだようだ。
牢屋が開いた。
「さて、出るか。あんたも行くか?」
「もっ、もちろん」
罪人でも何でもない私がこの場にいる必要性はない。
どんな罪でここに入れられたのか、それともあの白いリスがここに転移させただけなのか知らないが、こんな危ない場所にいつまでもいたくなかった。
私は牢獄を出ていくウォルド様についていった。
脱獄すると、大罪人として追い回されることになる。
ウォルド様は、原作では最後までお尋ね者だった。
だからきっと大変だろう。
それでも残るという選択肢はなかった。
この異世界で、私が知っているのはウォルド様だけなのだから。
私は、この先のことに、思いをはせながら彼の背中を追いかけていった。