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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

単独犯

作者: 瀬戸あくび

 何もないことに気付いたのは確か十四歳の時。当時俺は教室でも家でも虐げられていた。

 ある日の晩、俺はこの世界にいることがいたたまれなくなった。

 三日間公園のトンネルで身を隠すように眠り、四日目の晩、空腹に負けて自ら家に帰った。


 父と母は心配してくれていた。警察に補導され厄介事にならずに済んでよかったと安堵していた。

 そこまではよかった。まだ俺は大丈夫だった。


 その頃から他人に期待なんてしていなかったし、自分の存在意義だって軽く見積もっていたから、ある程度予想通りの展開だった。


 そして次の日、俺は家出前の日常に戻り、学校へ行き、授業を終え帰途に就く。

 俺は何故だか、あの日の夕焼けをよく覚えている。美しくて、今にも終わってしまいそうな儚い茜色の空。そんな情景に安らいだ心で、今日は「ただいま」を言おうと心に決めた。


 慣れない相手に慣れない言葉を言うのが怖くて、気後れした俺は態々七階まで階段を使って上った。

 意を決して七〇三号室の扉を勢いよく開け放ち、俺は出来る限り自然な笑顔で言う。


「ただいま!!!」


 夕日に照らされた薄暗いリビングの机には、小銭が一枚だけ置いてあった。


 俺は初めて虚しいという感情を知った。以前から心を侵食していた異物の正体を知った。


 そしてその怪物は時が経った今でも、惨たらしく俺の中身を食い潰している。

おかげで俺はもう空っぽだ。俺が俺としてこの先生きていても、未来に幸せが見えない。


 誰も俺を見てくれない。誰も俺に気付いてくれない。

 当然だ。最低な心で、最低な顔で、最悪な自分で、誰かに認めて貰うことなんて出来る訳がないのだから。


 俺は思う。心なんて不確かで曖昧なものに縋ろうとすることが、そもそも馬鹿げた話なんだと。

 感情などという塵屑に、ほんの少しでも期待したのが間違いだったのだ。


 形があり、目に見える確かなものが要る。自分に心が在ると、胸を張って言うことは出来ない。

 けど命なら、心臓なら、俺にも在る。この世界に存在する確かな形あるもの。


 酷く穢れ、伽藍洞になった心で愛を焚べることは出来ない。愛されることはない。

 人を愛さず、人に愛を渇望する。そんな愚かな真似はもうしない。

 心が駄目なら、残りは一つだけ。


 俺は奪おうと思った。俺の人生に何もないのなら、奪えばいい。そして俺にはその権利がある。

 幸せに満ち溢れていて、それでも尚奪おうと言うのなら、それは断罪されるべき悪行だろう。


 俺はそんな強欲な人間じゃない。俺は何もないから奪うのだ。奪うという行為に置いて、これ程正当な理由はない。


 悪いのは俺じゃない。俺に不幸しか許さなかったこの世界が悪い。

 これを罪だというのなら、罪があるのは世界の方だ。


 大層な幸せは望んじゃいなかった。当たり前に笑い合って、当たり前に母の手料理を食べたかった。

 そんな願いすら叶わないのなら、もういい。




 こんな世界は、もういい。




 十九歳の冬、俺は人を殺すことにした。

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