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そういえば、晴れ

作者: 道ノ瀬カイ

「そ」

 仕事を辞めたのは、吉だったのか凶だったのか。もうしばらくは、なんとも言い切れない状況になってしまった。

 2020年が始まる少し前に、退職届を提出した。事前に上司には相談していたけれど、職場に通い続けた3年間の中で、あの日の朝が一番足が重たかった。胃も痛かった。とにかく憂鬱だった。それらを潜り抜けて退職届という名の紙切れを提出し終えた午後の陽は、とても暖かかったのを覚えている。

 それから1ヶ月後に、無事に退職した。その間次の職探しはしていたが、巡り合えないままコロナウイルスが日本国内を暴れ始めた。


 最初は甘く見ていた。貯金も退職手当もあったし、次の仕事を見つけるまでのんびり過ごす猶予が与えられたような気がしていた。今思えばお気楽だ。元々インドア派だったから「おうち時間」もさほど苦じゃなかった。母からは時々「そっちは大丈夫?」と連絡が来る。連日のニュースを見ていれば、心配するのも理解できたので煩わしいとは思わなかった。それなりに新しい生活様式を楽しんでいた私は「大丈夫だよ」と毎回返した。

 母の「大丈夫」の中にはもちろん、ウイルスに対する心配が大半を占めていたのだろうが、もしかしたら私の怠惰な性格への心配もあったのかもしれない。

 よくいえばインドア派、悪くいえば引きこもりな私の生活は、案の定、昼夜逆転した。洗濯は週に1〜2回部屋干し、食事は出前、ゴミは月に数回夜に出す。夕方頃に起きて、窓がぼんやりと灰色と青色の間に染まったら眠る。そんな生活を繰り返して、日の暖かさすら思い出せなくなった。


 週に数回は電話をする友人がいたことは、私にとって救いだった。怠惰な生活の中でコミュニケーションまで取れなくなったら、私は人の形を保てなくなってしまう気がする。

 当たり前だが、友人たちは私と違って仕事をしている。この大変な時期に、見えない不安と危険を抱えながら労働している。話題の種は職場での出来事が大半だ。そんな話しを聞いていると、自分が悪いやつに思えてくることがある。受け答えは過去の経験で賄えるが、私には新しい出来事がない。新鮮な話題を提供できない。なんだか椅子取りゲームで椅子に座れなかったときの、悪いことはしていないが唐突に孤立になり注目を集めたときの空気が、ふと蘇る。

 もちろん友人たちは私のことを悪いやつだと、たとえ思いはしても、口にはしない。気にしなければいい、気にしすぎというのは百も承知だ。私は罪を犯したわけでもなく、正式な手続きを経て無職なのだから、誰に咎められることもない。わかってはいるが、周りの人たちが当たり前にしていることをしていない自分に、罪悪感は容赦なく迫る。それならまた仕事を探せばいいのだが、辞めた頃より悪化しているこのご時世だ。雇ってくれるような企業はあるのだろうかと、不安は転がりながらどんどん大きくなっていく。スマホやパソコンの画面を眺めては、LED電球の下で職探しに明け暮れる。はぁ、と無意識に出た溜息に驚いた。


 このままではダメ人間の底を這ってしまう。そんなことは決して、望んでいない。


 スマホとパソコンの画面を黒く閉ざし、毛布に包まった。明日明後日すぐ職につくことは難しいが、まずはできることをやろう。明日、午前中に起きるところからだ。人間らしい生活をしよう。明日の天気はどうだったか、さっきスマホの中の天気予報が視界に入ったけれど忘れてしまった。まあいいか。起きればわかることだ。

フィクションです。

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