第26夜 石窟-前編-
『ゆっくり、慎重にね』
すうっと耳に届くような、透明感のある声で意識がはっきりする。
仄暗く、うすら寒い。
デコボコとした石畳の通路。
石畳なのは足元だけではなく、左右の壁も足元と同様に石が積まれている。
天井には所々に照明が下がっている。
ランプのようにも見えるがその動力源は解らない。
電気のような炎のような揺らめきやちらつきがあるが、今は深く考える必要もないだろう。
通路の幅は2メートル程。
目の前にはただただ長く、先が見通せない程度の明るさの通路。
気温が低いわりに、しっとりと言うよりはじっとりとした気持ちの悪い湿気が不安感を煽る。
そこを先ほどからとぼとぼと歩いている。
いつもと変わらぬ夢の世界なのではあるが、今日は少々趣が異なる。
『ゆっくり、慎重にね』
3歩程後ろを歩く人物の水琴窟のような美しい声色が耳に届く。
しかるべき所で聞けば、それはそれはとても美しくうっとりしてしまうに違いない。
彼女がそこに居るのは何故だと、自問するまでもないのかもしれない。
ほんの数時間前まで一緒にいた人物が夢の中に現れる。
よくある話ではないか。
・・・夢の中で出会った人物と現実世界で出会い、また夢の中で出会うという事情を除いては。
夢の中の世界は、そこが夢であるにも関わらず全てがリアルだ。
それでいて、夢であるが故、様々な事が不条理でもある。
毎夜と言っても過言ではなくなった最近では、実に多種多様な世界観の中に放り込まれるが、その世界観を理解するまでに少々時間を要する。
決まっているルールらしいルールはただ一つだけ。
死んでしまえばそこで夢はおしまい、決まって目覚ましのなる5分ほど前に目覚めるのだ。
今夜も理解に苦しんでいる。
なにしろ、目的もなければ動機もない。
しかし、まるで前に進むしかないんだと予め教えられているかのように前に進んでいる。
ゾンビが襲ってくるわけでも、空から落ちている訳でも、トイレを探しているでもない。
だが、背後にいる人物の存在は心強くも不条理な夢の世界における謎の恐怖感を煽り立てる。
『きゃっ!』
そう小さく叫ぶとタカイシメグミが背中にぶつかる。
平坦に見える石畳も、グラウンドレベルで観察するとその高さはまちまちだ。
人の手ででなければ出来ない不揃いな高さの石畳は、人の手では不可能ではなかろうかと思うくらい見渡せる限り延々と続いている。
「大丈夫?気を付けて。」
背中に感じる、人の確かなぬくもり。
離れるのは惜しいが、くっついて歩かなければならない理由もない。
無事を確認し、そっと離れる。
その時、シュッと言う絹をこするような音が聞こえたような気がした。
自分たちの呼吸と足音以外の音が無い世界では、その小さな音は実際よりも大きく聞こえたような気もする。
「「??」」
後方へ顔を向けると、不思議と不安が入り混じる表情をしているタカイシメグミと目が合う。
自分と同じように、彼女にもその音は聞こえたようだ。




