第25夜 同景-後編-
思考回路が停止しかけた頃、ポケットの中の携帯端末がメッセージの到着をアピールした。
『ついたよ~おまたせ!どこにいる??』
目線をロータリーに送る。
そこにはまるで玩具のミニカーのようなシルエットの車が一台停まっている。
今日ここには車で来る事、その車の特徴は事前に聞いていた。
なるほど『見たら一発で解る形の車だから』と言われていたが、確かに類似する車を他で見かける事はない。
目の前の厄介事から逃げるように、そして憑りつかれかけたかけた災厄の悪魔を振り払うように、トレーを片付ける。
直井たちの方へは目もくれず、早足に出口へ向かいそのまま特徴的な車に向かう。
店を出るときに、視線の端にこちらへ向かおうと席を立つ直井たちが映りこむ。
あぁ・・・このまま逃げ切れるだろうか。
ここまでくれば、後はまさに成るようにしか成らないであろう。
約束の相手である「タカイシメグミ」は車から降りてあたりを見回している。
店を出て早足に向かう自分の姿を視界に捉えると、無表情でクール、まるで猫のような印象からは一変し、柴犬が主人を見つけた時のような表情をした。
その変わり身はあまりにも自然で、自然であるが故に落差に拍車をかける。そして、ある意味では妖艶ともいえる変化に、まるで魔法をかけられてしまったかのように、歩みを止めさせられてしまう。
スリムなのか肉感的なのか判別しかねるシルエット。
特徴的な長いストレートの黒髪が、彼女を彩る複数の要素のうち重要な地位に居る事は間違いがない。
後に『標準よりはちょっと重いけどねぇ・・・』と頬を抓られながら言われることになるが、今はそれを知る由もない。
夢の中を除けば、きちんと対面するのはこれが2回目だ。
絶世の美女かと問われれば、そうでもないのかもしれない。
しかし、クールビューティーと言う言葉がピッタリなその姿は男性・女性といった性差に関係なく、すれ違い様につい一瞬目を奪われてしまいそうな、不思議な魅力にあふれている。
そんな魅力の権化が「國井くぅん」と言いながら駆け寄ってくる。
だが少々勢いが強く自分の右腕を掴んだかと思えば、勢い余って背中に回りそのまま左腕に絡みつくようにして動作を止める。
クールで勝気な印象が強く、相手に媚びを売るような振る舞いをするようとは予想だにしていなかった。
まるで二人目の須田が出現したようで、その強引さに振り回されるのかと思ったら少々頭がクラクラした。
「なに鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してんの!早く車に乗って、ダーリン?」
少々大きなボリュームで言いながら、駐屯地で見たウインクと同じ小悪魔っぽい表情を見せる。
ほとんど引きずられる様にして助手席に乗り込むと、運転席に乗り込んだタカイシが「シートベルトしてね、ダーリン」と言いながら体を伸ばして助手席のシートベルトを留めてくれた。
甘い。
目に映る風景、匂い、声、すべてが甘い。
絡みつかれた時に感じたタカイシの柔らかさも、黒いタンクトップ調の胸元から控えめにのぞく膨らみも、男子高校生にはある意味拷問的なご褒美だ。
朝から浮足立った心でいたところ、天敵ともいえる直井に遭遇、程なくして現在に至る。
自分の事だけを振り返っても、感情と状況の変化についての情報量はとてつもなく多い。
オーバーフロー寸前・・・いや、既にフローしている。
タカイシメグミは、自分もシートベルトをするとそのまま車を発進させる。
ロータリーをぐるっと一周するように駅とは反対方向へ向かうと、直井様ご一行達が無言のまま口を開けてこちらを見ている。
「あの子たち、何? あーあんた、もしかしてあの子たちの親のカタキなの?」
先ほどとは打って変わって、イメージ通りにクールな口調で問いかけられる。
「あ・・・いや、なんというか、同じ学校なんですけど、謎に因縁つけられてて・・・」
自分の事なのに、何が何だか解らない。状況が上手く整理出来ないが、一先ずは危機が去り約束の相手とも無事に合流できた。
「あらぁ・・・?いつもみたいにバンっバンってやっつけちゃえば良いのに~」
うふふ、とかわいらしくも意味あり気な表情で言う。
「店を出てくる姿が見えたと思ったら、後ろから"the怒りMAX"ですって怖い顔で出てきたから機転きかせたけど、正解だったみたいね」
と、夢の中と変わらず透き通ったキレイな声で説明される。
駐屯地で出会ってから・・・いや、再会してからか・・・かれこれ2週間程メッセージアプリでのやり取りはしているものの、お互い核心に触れた会話をしていない。
相手がどう思ってるか解らないが、少なくとも自分にとっては夢の中の人物に現実で出会うと言うのははっきり言って恐怖だ。
渡辺とタカイシメグミ、立て続けにそんな経験をすればそれはホラーな展開でしかない。
「結構・・・何度も助けられたし・・・私にとっては王子様なんだけどなぁ。」
車内のエアコンのせいで、ピアニッシモに抑えられたトーンはとてもか細かったが、その透き通る声はしっかりと耳に届いた。
実に様々な意味で『ドキっ』としつつ、運転するタカイシの顔を見つめる。
外の日差しのせいで車内の風景はコントラストが強い。
車が日陰に差し掛かったところで、髪のかかった耳だけが赤いのを見逃さなかった。
2010年頃に販売されたチョロQみたいなクルマ、ありましたよね。特徴的なクルマはそちらをご想像頂ければ。




