第23夜 練習-後編-
バンドのボーカルと言う大役を仰せつかったと同時に、鈴木にドラムを指導するという任務を託された。
ドラムはそれなりに叩けると自負しているが、誰かに教えた経験はなかったので些か不安でもある。
しかし、いざ教えてみると、予想の100倍、いやそれ以上に飲み込みがはやい。
初日、二日目と、スティックの握り方や楽譜の読み方を教えつつ基礎的な練習をし、三日目である今日は実際にドラムセットに座ってもらった。
最初にこの場所に来た時に、急造とは言えスタジオの体を成している事に少々驚いたが、話を聞けばなんて事はない、鈴木の親父さんが昔はバンドマンだったらしく、仲間を集めてはここで練習していたらしい。
元バンドマンの親父さんはと言えば、今でもギターを嗜むそうで、初日に挨拶をした際に有名な洋楽のフレーズを披露してくれた。
長年、倉庫の肥やしになっていたドラムは、皮が古く張りも弱い太鼓類にところどころ錆が浮いたシンバルと、経年劣化は否めない物であったが、叩けば一応は音が出るドラムがあるのは、レンタルスタジオに通い詰めるほどの資金力のない高校生には、涙が出るほどありがたい代物だ。
『昔の仲間が置いて行ったもので持て余していたが、こうして娘たちの役に立つなら嬉しいよ』とは、親父さんの弁である。
「えっと、右足を4回踏みながら右手を8回動かしてみようか」
右足で踏んでリズムを刻むバスドラム。
4拍子で音を鳴らしながら、右手でハイハットをチチチチと叩いてもらう。
「それが出来たら、右足の2回目と4回目に合わせて左手で・・・」
最も基本的なリズムフレーズであるエイトビートを教えると、グルーヴ感こそ弱いがテンポキープも出来ていて普通に叩けている。
須田や倉持と同じ文芸部に所属する鈴木の楽器経験は音楽の授業のリコーダーくらいと言っていたが、これは意外な才能かもしれない。
「少なくとも、自分が教えてもらった時より飲み込み早いよ!」
そう褒めると、褒めてもらった事が恥ずかしいのか、普段無口な鈴木は何も答えず顔を赤らめて下を向く。
「ちょっとちょっと、くにーちゃん、教え上手なんじゃなーい?」
顔に似合わずギターを颯爽と鳴らしつつ、須田がからかうかのように声を上げる。
しかしながら、教えた事をどんどん吸収していく鈴木に教え甲斐があるのも事実だ。
この分なら、8月の後半に開催される安直なネーミングのコンテストにも十分間に合うだろう。
日が沈み、周囲が暗くなり始めた頃、三日目の練習が終わる。
離れの外に出ると、宵闇の入口に浮かぶ入道雲が見える。
カエルがゲコゲコと鳴いているという事は、今夜は雨なのだろうか。
自転車に跨ろうかと言う瞬間に、不意に腕を引かれる。
「ちょっと・・・鈴木さん、くにーちゃんの事気に入っちゃったみたいよ?」
引かれた腕にバランスを崩した自分の耳元で須田がつぶやく。
「いやいやいやいや、まさかそんな事ないでしょ?」
相変わらず距離感が近い須田の胸元に腕が当たっている事が解り、ドギマギしてしまう自分がいる。
「ふーん・・・乙女の純情な心を踏みにじっちゃうんだねぇ」
顔を見るとなんとも意地の悪い顔をしている。
それにしても、驚くほど近い。
「ま、いいけど」
腕が解放され、バランスを取り直す。
解放された事が嬉しいような、少し寂しいような、なんとも言えない気持ちになるが、健全な高校生男子たる証拠でもあろう。
「あ、そうだ、金曜日は用事があるから練習来れないんだ。」
自分の自転車に跨ろうかという須田に向かって声をかけた。
「おっけー!ってなに、くにーちゃん、用事なんて。デートのご予定でも?」
先ほどの意地悪な顔とはまた異なる目つきでこちらに顔を向ける。
視界の隅には倉持がいる。
その用事をデートと呼んでよいのかどうかは解らないが、女性と二人きりで出かける用事である事は間違いない。
「いやいや、まさかぁ。。。」
と、ごまかしつつ、跨った自転車のペダルを踏みこんだ。
後ろ手に「このー浮気者ー」と須田が叫ぶ声が小さく聞こえたが、振り返らずに帰路につく。
日が落ちても一向に下がらない温度や纏わりつくような湿気が気にならないのは、心が浮ついている事を証明するかのようだった。




