第22夜 抽腸-後編-
視線が解放されたと同時に男の影に動きが見える。
これからどうなるか、おおよその察しがつき一度引いたはずの血の気が再度引いていくのが解る。
人間とはどれだけの恐怖に耐え得るのだろう。
これから自分の身に起こるであろう出来事は、どんなに楽観的に考えてもその痛みと恐怖から逃れる事は不可能だろう。
痛みは限界であるはずだ。ここまでくると正気でいられる事そのものが不思議で仕方がなく思える。
男は、こちらが脳内でどのような事を考えているかなどお構いなしに、ハンドルに手をかける。
一度かけてしまうと、その後の流れはスムーズだ。一切の淀みもないような動きでひたすらハンドルを回し続ける。
キュー・・・キュー・・・と何かが擦れる音がする。
先ほど限界を迎えた首を持ち上げ目の前の光景を視界に捉える。
見たくもない光景のはずなのだが、脳内のシグナルはそれを見ろと言っているようだ。
その音から想像される回転数より幾分ゆっくりとしたスピードで上方の木材が回転している。
回転するに従い、そこに垂れ下がっているものが少しずつ、少しずつ巻き取られる。
キューと言う音が4回で木材は一回転程だろうか。
「・・・!!・・!!!」
声にならない、いや、声どころか音すらも発せていない気がするが、腹の底から叫んでいる。
少しずつ・・・少しずつ・・・
腹部から己の体内の一部が巻き取られていく。
絶望しかない。
早く死んで終わりにしたい。
そう強く願うも、舌も噛み切れず、体の自由が利かない状態では何もすることが出来ない。
まさに生き地獄だ。
キュー・・・キュー・・・キュー・・・
不気味な音は止まることがない。
キュー・・・キュー・・・キュー・・・
キュー・・・キュー・・・キュー・・・
キュー・・・キュー・・・キュー・・・
キュー・・・キュ・・・
これ以上出ないだろうという程の量の涙と汗が噴き出たころ、不意にリズムが途絶えた。
まもなく死のワルツは終焉を迎えるのであろうか。
キュ・・・ギュッ・・・ギュ・・・
最後のひと絞りのように男は力を籠める。
木材を見るとかなりの量が巻き取られているのが見て取れる。
そこから、赤色と黄色がかった乳白色に見える液体が不規則に滴っている。
もはや自分が呼吸しているのかどうかも定かでない。
早く終わってくれ、以外の言葉が見当たらず、声にならない声でずっと叫んでいる。
男の体がハンドル部分から離れる。
ほんの数秒の時を経て、再度視界に現れた男の手にはイラストでしか見たことがないような立派な斧が握られている。
男と目が合う。
沈んだ瞳の奥にある感情は読み取れない。
ただ、一瞬男の首が上下に振れたように見えた。
ようやくその時がやってきたのかと、安堵する。
男の目をまっすぐに見据えたまま、自分も首を振る。
そのまま静かに目を閉じる。
服の擦れる音。
刹那の後、ガジャン!!と言う衝撃。
あぁ。
ようやく終わる。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
そして、経験したことのないような吐き気が自分を襲う。
ベッドから飛び起き、自室横にあるトイレに駆け込んだ。
嘔吐感が収まると、全身が汗にまみれている事に気が付く。
よし、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常を送れるように。




