第20夜 尿意-後編-
ファスナーを上げ、身支度を整える。
狭い個室には鏡は無かったが、現実でもあまり身なりに気を使わない自分には、その必要性は感じられない。
それよりも、せっかくだからこちらの世界を楽しもうと決めたのだ。
現実では起こり得ない出来事を理不尽と思う事が多くあるが、それはそれで楽しみでもあった。
焦燥感が消え、前向きな気分になった所で勢いよくドアを開ける。
特に意味は無かったが、大きく一歩を踏み出し・・・たハズであった。
そこに、あるべきはずの床が無い。
全くもって不測の事態であるが、踏みしめるべき場所がない所へ足を延ばし、体重移動も半ばを済ませたとあっては地球の重力に逆らう事など出来なかった。
体はそのまま空中に放り出される。
これから向かっていく先の風景を見る限り、5階程の高さから落下しているようだ。
間もなく地面に体がつくであろうと言う頃、先程失念した目的を思い出した。
・・・そうだ、死ななければならなかったんだ。
遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
夢の中で尿意を感じるのは、現実世界でも肉体が尿意の解消を望んでいるからであろう。
寝る前にアイスティーを数杯飲んだ事を不意に思い出し、激しい尿意は紅茶の利尿作用に起因するものだという事に気が付く。
「んーーーっ!」
体を伸ばしベッドから出る。
冬であればこの段階で少しの躊躇が必要だが、幸い今は夏真っ盛りである。
寒いのが苦手な自分にとっては、寒さへ対抗する為の小さな勇気を振り絞る必要が無い季節はありがたい。
自室を出て、階下へあるトイレに向かう。
典型的な核家族の我が家は、トイレのタイミングが重なる事もほとんどない。
とんとんとん・・・と階段をリズミカルに降りていく。
今日はどんな一日になるだろう。
まだ覚めきらない頭でそう考えた瞬間、足を滑らせる。
ガタッ・・・!ガタガタっ!
14段ある階段を4段降りたところから転げ落ちてしまった。
打ち所が悪い、と言う状態を通り越している気がする。
転げ落ちた姿勢のまま、身動きを取る事が叶わない。
首が不自然に曲がっているのがハッキリと自覚できた。
床に頭が真横になって密着している。
首を支点として、体は上方に持ち上がり、腰から下はまた床についているようだ。
ようだ、と言うのは、腰の辺りからの感覚が鈍い為、自分の体がどうなっているのか解らないからである。
体の制御が利かない。
こうなると、膀胱に溜まりに溜まった水分がどうなるかは、想像に難くない。
パジャマに染み出た水分で腹の辺りがじんわりとしてくるのが解る。
この状況を如何した物かと考え始めた頃、ゆっくりと視界が黒く狭まって行った。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
ベッドから飛び起き、自室を出る。
階下にもトイレはあるが、自室の横にあるトイレのドアを開ける。
物心着いた時から、どうして2階にもトイレがあるのか少々不思議ではあったが、同じく2階に作られた父親の書斎と共に、家を建てた時の父親の拘りだったらしい。
「ふぅ・・・」
現実に尿意を解放しながら、普段利用している2階のトイレが存在しなかった事に疑問を感じなかった自分を少々憎らしくも感じる。
尿意が解消されるにつれ段々と目が覚めていく。
目が覚めてもまだそこが夢の世界であったと言う、初めての経験をした事に気が付いた途端、全身に鳥肌が立つ。
今生きている世界が夢なのか現実なのか、判別つかなくなるような事は無いのだろうか。
この不安が杞憂である事を願わずにはいられない。




