第16夜 空虚-後半-
何もない空間をひたすらに歩く。
どれくらい歩いたのかも全く自覚できない空間で、ふと思い出したことがある。
「これは・・・どうやったら死ねるんだ?」
そうだ。
毎夜見る夢は、自分が死なないと目が覚めない。
死なない限りはどれだけ長い時間をそこで過ごそうが、目覚める事はない。
不思議な事に、夢の中で何日経過していても目が覚めると目覚ましが鳴る直前なのだ。
どのようなシチュエーションでも、自分が死ぬ為に出来る事は何かしらあった。
死ぬ事そのものはとても容易いのだが、死に付帯する苦痛や恐怖がまるで現実の出来事のように感じられる為、どうしても躊躇してしまう事の方が多い。
しかし今見ている夢はどうだろう?
自分以外に何もないという事は、死ぬのも容易い事ではないのではないか。
もし、このままここで何日も過ぎれば、餓死する事もできるかもしれない。
いやいや、喉が渇かない状態を考えると、そこに至るまでにどれだけの時間を過ごせば良いのか見当もつかない。
人もいない、建物もない、気候の変化もない。
時間の経過も解らないこのような状況で何日も過ごす事など、餓死するよりも先に精神に失調をきたしてしまいそうで、想像したくもなかった。
かといって、このままここに居ても状況は変わらない。
さてどうしたものかと考え始め、地面に座り込んでみる。
先ほども感じたが、地面は固い。
頭を強く打ち付ける事ができれば、それで死ねるかもしれない。
「・・・ふぅ」
一度息を吸い、地面に対して四つん這いになる。
何で出来ているか解らない地面に額を当ててみる。
ひんやりでもするのかと思ったが、自分の体温との差を感じる事は無かった。
頭をあげ、勢いをつけて地面に叩き付けてみた。
・・・ゴン!!!
痛い。
相当に痛いのはやる前から解っていたつもりだ。
それなりに勇気を振り絞って打ち付けてみたが、二度目を打ち付ける気持ちが一気に削がれる程度には痛い。
胡坐をかいて座り込む。
なにか良い方法は無い物かと思案するものの、妙案は浮かばない。
ごろんと横になって何もない空を見上げる。
清々しい程に世界は白い。しかし、心は清々しい気持ちとは程遠いところにある。
ガン、ガン、と後頭部を軽く地面に打ち付けてみる。
この方法ならいけるかも、と一度起き上がり、勢いをつけて後頭部を地面に打ち付けてみるが、恐怖心が勝ってしまいつい柔道で言う所の後ろ受け身を取ってしまう。
これではだめだ。いつまでたっても夢から覚める事はできない。
両の腕を組み、立った状態から後ろに倒れ込む。
・・・ガヂン!
物凄い音と共に強烈な痛みが襲う。
あまりの痛さにもんどり打って頭を抱えてしまった。
ここ最近では毎夜死んでいる筈なのに、どうしても痛みへの恐怖心が湧いて出てしまう。
不可抗力により訪れる死と、自ずから死へ向かう行為は、結果は同じでも過程が大きく異なる。
一回で死ねるほど強烈な衝撃でなければだめだ。
となると、頭部への損傷が一番手っ取り早いと思うのは、目が覚めれば高校生である自分の浅はかさだろうか。
ともかく、高い位置から頭を下に地面に打ち付ければ何とかなるかもしれない。
ズンズンと痛む頭を抱え立ち上がる。
少し助走をつけ、軽く跳んでみる。
・・・よし、これならいけそうだ。
なるべく勢いをつけ走り出し、タイミングを計って跳ぶ。
踏み切りも高さを示すバーもないが、走り高跳びの要領で体を空中へ放る。
後頭部、もしくは登頂付近から地面に着地できるように・・・
ドサッ。
狙い通り、後頭部から着地したものの、ほぼ同時に背中も着いてしまう。
そして、案の定物凄い痛みが全身を走る。
「・・・ふぅ」
よし、もう一度、だ。
あまりの痛みに躊躇する自分から目を逸らし、またも助走を始め飛び上がる。
その後の事を鑑みず、一瞬体が宙に舞う感覚だけにフォーカスすれば、痛み以外の感覚がないこの状況ではちょっとした娯楽のような気分だ。
一瞬後には重力に逆らう事の出来ない体は容赦なく地面に叩き付けられる。
上手い具合に頭頂部から着地し、ゴギっというあまり聞きたくない音がした瞬間に、意識が遠のいてゆく。
・・・
・・・
・・・
ふと、目を覚ます。
あたりは一面真っ白だ。
頭部から背中の上部にかけて強烈な痛みが、ぼーっとしていた意識を強制的に引き戻した。
のそりと起き上がり辺りを見てみる。
上も下も、右も左も見える範囲すべてが真っ白だ。
あんなに痛い思いをしたのに、どうやら気絶をしただけで死ぬ事には失敗したらしい。
絶望感から脱力が襲う。
痛みも相まり、やる気を失ってしまった。
しかし、気絶が出来たという事は方法としてはあながち間違っていないのかもしれない。
時間をおいてもう一度挑戦するとして、とりあえずは座ろう。
その時、触るともなしに、臍の下の辺りの固い物に手が触れた。
シャツをまくってその部分を見てみる。
当然と言えば当然なのだが、そこにはベルトがあり、しっかりとした作りのバックルが付いている。
どうにか使えないものかと腰からベルトを外ししげしげと観察する。
自分の首を絞めるにもひっかける場所がないな、と考えながらなおもいじっていると、革のベルトとバックルを留めている部分に目が留まる。
外してさらによく見てみると、金属でできたバックルと革のベルトは、小さな三角形を横に並べたような鋭い刃物状のような箇所で留まっていた。
「ふぅ・・・」
こういう物が見つかれば、やれることは一つだ。
左の袖をまくり腕を露出し、バックルの刃物状の部分を肘の内側、若干手首寄りにあてがう。
鋭い形状をしているとは言え、その部分を使っても綺麗に切れそうにもない。
綺麗な傷口が作られないという事は、その分その部分の組織がめちゃくちゃになるという事であり、刃物でスパンと切る時よりも痛みは鈍い。
それでも、意を決して皮膚に突き刺していく。
熊手のようにいくつも突起部分があるせいで、点ではなく面で感じるような痛みが走る。
これを動脈が破れるまで力を込めて引いて行こうというのだから、その恐怖は計り知れない。
切腹とはこういう気持ちなのだろうか。
場違いな感想を抱きながら、力を込めて一気に手首方面にバックルを引く。
しかしながら、切れ味が悪すぎて刃物で切る程にはスムーズではなく、何度も何度も力を入れる必要があった。
現段階では大きな血管を破っていないのに、既に相応の出血量だ。
しかし、失血して死に至るには到底足りない。
手首付近まで達したバックル、既に血まみれのそれを引き抜き、もう一度スタート地点にあてがう。
先程と同じようにこめられるだけの力をこめ、バックルを引いた。
切るというより、えぐるという表現が正しいだろう。
一度皮膚に切れ目が入っているお蔭か、二回目は深い場所に達しているのが右手の感覚を通して伝わってくる。
プチっブチっと、血管のような物が切れる音がする。
猛烈な痛みで吐き気を催しているが、お構いなしにバックルを進め、二回目のゴール地点にたどり着いた。
左腕の感覚がおかしい。
もう何がどうなっているか、目で見ても解らない。
傷口と呼ぶにはあまりにも広く惨たらしい部分からは、おびただしい量の少々黒い液体がとめどなくあふれてきている。
急激に意識が遠ざかるのを感じる。
体を横たえると程なくして辺り一面が暗くなった。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらないが、目覚めと同時に強烈な吐き気に襲われ思わずえづいた。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常が待っているんだから。




