第15夜 叱責-後編-
中川の竹刀が横一閃に振られるのが視界に入り、覚悟を決めて目を閉じる。
しかし、刹那に訪れるはずの衝撃も、それに続く痛みも訪れる事はなく、バヂンっと言う大きな音だけが自分に聞こえた。
音に驚き思わず目を開けると、今まさに直井が倒れる瞬間だった。
貧相なソファの背もたれにバランスを取られ、そのままローテーブルめがけてガシャーンと言うさらに大きな音を立てて倒れ込んだ。
中川は、倒れ込んだ直井にツカツカ歩み寄るとその首根っこを掴み、頭をローテーブルにガン!と打ち付ける。
「おい!直井よぉ。お前今の國井の発言聞いても被害者ヅラすんのか?ゴルァ!」
言葉にならない言葉を発する直井を、なおも問い詰める中川。
しかし直井はガンとして白状しない為、間もなく膠着状態になろうかと思われた頃、部活動の顧問でもあり3年生の生徒指導を担当している斉藤が生徒3名を引き連れて入室してきた。
「おやおや・・・まぁ、中川先生、程々にしましょう。」
相変わらずの眼光の鋭さのままにこやかに入ってきた斉藤は、自分を含めた他の生徒にもソファに座るように促す。
直井は誰に言われるでもなく床に正座し、横には中川と川田が立っている。
一体誰を伴ってきたのか気になって生徒に目を向けると、そこには生井と昨日の三年生が二人いた。
「君たちね、どうせやるんなら頭使わないとね。」
そう言うと斉藤は生井からスマートフォンを受け取り、動画を再生する。
そこには、音楽室越しに撮影された昨日の惨状が、窓から見える腰から上の位置だけしっかりと記録されていた。
つまり、自分が殴られているシーンと羽交い絞めにされてから頭突きで逃げるシーンは記録されていたが、それ以外は死角に入っている為写っていないわけだ。
なるほど、これだけでは結局どちらが悪いのかはハッキリとは解らない。
仮に自分が全面的に悪くても、生井と口裏を合わせれば自分は悪くないという証拠を作り上げる事も可能で、冒頭の中川の問いかけはこれを見極める為だったと言う事になる。
「いやぁ、昨日生井くんからこれを見せられた時はビックリしたよ。話を聞こうにも、これ以降國井くん部活に来ないし。」
表情をほとんど変えずに斉藤は続ける。
「しかし、これでどちらが悪者なのか事情はハッキリしそうだね。」
終始うつむいている三年生の両名は更に身を小さくしていた。
川田がゆっくりと、しかしハッキリとした声で発言を始める。
「あー、直井。お前は、停学2週間。國井も2日は謹慎だ。」
え、なんで!?と顔をあげると川田はウインクして見せた。
「あと、三年二人!お前らは即時部活動の活動停止。停学はー、うーん、大事な時期だから勘弁してやりたいがどうですかね、中川先生。」
中川が自分の顔を見る。その顔はどこか優しい表情を伴っていた。
「國井くんにも意見を聞いてみたらどうですかね?自分は3年が大事な時なのは解ってますが、下級生苛めたとあっては退学も妥当かと思いますが。」
そう言いながらポンポンっと自分の背中を叩く。
「あ・・・」
自分は、泣きじゃくっていたせいで上手く声が出せない。
しかし、勇気を振り絞って一言一言ゆっくりと声を上げる。
「先輩から直接なにかされたわけじゃありませんし、逆に先輩に怪我をさせてしまいました。」
発言通り、奇しくも頭突きがクリーンヒットしてしまったことは本当に申し訳なく思っていた。
「ですので、先輩方は部活動も含め・・・その、何も無しにしてもらえませんか?」
中川がもう一度パンっと自分の背中を叩く。
「よし!お前がそれでいいなら、学校としても3年の二人にこれ以上の問題は追求するのはやめよう。進学や就職に影響しないで済むんだ、どうだ?二人とも。」
小さい声でありがとうございます!と発言した両名は、程なくして指導室を後にする。
しかし去り際に小さく自分にだけ聞こえるようなボリュームで舌打ちしたのを聞き逃さなかった。
「さて」
「直井くん」
「お前はどうする?」
中川、斉藤、川田の順にこう聞かれては全てを白状する以外に手段がないと悟ったのだろう。
小さくうなだれながら、すみませんでしたと言う直井の表情を見る事はかなわなかった。
もういいぞ、と言う中川の声で自分と生井はようやく解放される。
そのまま教室に戻れるのかと思いきや、自分だけそのまま職員室へ行くようにと川田に命じられた。
今回は生井の機転に助けられた。
本当にありがとう、と伝え生井を教室へ返す。
職員室の前で待っていると、時間をおいて生徒指導室から帰ってきた川田に職員室へ入るよう言われる。
通されたのは来客用のスペースだ。ソファーも指導室のそれよりも随分と柔らかい。
ソファーに座った瞬間に、自分は先ほどの中川に対する非礼を詫びた。
川田は「なになに、中川先生も解ってやってるんだから、大丈夫だ。俺からもお前が謝ってたこと伝えるよ。」と、先ほどと変わらない穏やかな顔つきで答える。
「さて、今まで俺も含めた先生方が何を話していたかと言うとな。」
別の先生が淹れてくれたインスタントのコーヒーを啜りながら川田は話を始める。
話を要約すれば、
『直井の訴え次第では警察を呼び被害届けを出されることも可能性としてはなくはないが、恐らくは直井の悪巧みである事は承知しているから全力で阻止しようと思っている。なぜ悪巧みと捉えているかと言うと、今回に限らず、入学直後からちょくちょくトラブルを起こしていた。』
と、いう事だ。
わかりました、とだけ伝え来客スペースを出ようとすると川田に後ろから声を掛けられる。
「あー謹慎だけどな。普通の欠席扱いにするから、家でゲームでもしとけ。まぁ、皆勤賞はもらえないが一応相手に怪我させてるわけだしポーズだ、ポーズ。」
高校といえども、停学処分には学校長から文書で通達がでる。
言わば正式な懲戒処分であり指導の記録にも残る。当然、進学や就職には他の生徒に比べると圧倒的に不利な条件になるわけだ。
「親御さんには俺の方から連絡するから。なに、大丈夫だ、この間もそうだがお前は悪くないんだろう?」
それに比べると、処分の程度は軽く、指導記録にも残らない謹慎。
もう一方の当事者の手前謹慎を申し渡したが、あくまで体面を繕う為の物であるという事だろう。
悪くないんだろう?と言う問いに、もちろんです、と答える。
今日はこのまま教室にも戻らずに帰れと言う事なので遠慮なく帰る事にしよう。
失礼します、と職員室を出たところで柔道部の顧問である三浦に遭遇した。
「おぉ!お前か!昨日から話題になってるぞ~」
無駄にデカい声で話す三浦に会釈する。
「今朝、やられたヤツが職員室で喚いてたぞ?」
ニヤニヤしながら、どこか楽しそうなトーンで話す三浦の声に、会釈した顔をあげ目線を合わせてしまった。
「足で腕を極められたってな。顔も踏まれたって言ってたが、腕ひしぎしたんだろう?ん?」
技の名前など知るものか。
夢の中で散々やられて覚えた事をやっただけだ。
まさかそんな事も言えず答えに窮していると、構わず三浦は続ける。
「お前、やっぱりどっかでやってたんだろう?」
答えを聞かず、ガッハッハと笑いながら職員室へ消えていった。
こうして一段落したかに思えた出来事だったが、まだその火種は燻っていた事に気付く事は出来なかった。
悪い事をしたとはいえ、今こんな事されたら体罰云々ととんでもない事になりそうですね。
自分が高校生の頃は、何というか学校内にある程度の自治ってのはあった気がします。それが、良い側面ばかりでないのはもちろんですが。




