第14夜 強盗
ジリリリリリリリリリっ!!!
けたたましいボリュームでベルが鳴る。
カウンターの中の一人が警報ベルを押したようだ。
「おい!誰だ!ベル鳴らした奴は!」
パン!パン!と、天井に向けた拳銃を2発発射しながら男が怒鳴る。
時計が見える。
時刻は15時を少し回ったところだ。
入口は狭いが中はそれなりの広さがあり、理路整然と長椅子が並んでいる。
既にシャッターが閉まっているが、入口の近くにはATMが数台見える。
その手前には警備員の制服を着た男が銃を片手に窓から外の様子を伺っていた。
銀行の中。
それ以外に答えが見つからない風景の中には老若男女問わず数名の人間がいる。
全員、カウンターの前に並んで座らされていた。
「おい!早くしろ!」
先ほど銃を撃った男とは違う男がカウンターの中で叫んでいる。
カウンターの中にどれくらいの人間がいるのかは、自分が居る位置からは全く解らない。
しかし、悲鳴のような嗚咽のような声が複数聞こえているからには、それなりの人数が中にいるように思えた。
銀行の警備員まで巻き込んだ銀行強盗と言うのは、果たして割に合う犯罪なのだろうか?
そう疑問に思ったところで、答えてくれそうな人間は近くにいそうにもなかった。
「このまま大人しくしとけば、死にゃしねぇからな!」
目出し帽を被った男が叫ぶ。
銃口を自分を含めた数名の塊に向けたまま、店内の様子をキョロキョロと見回していた。
「あーーーー!」
突然大声が響く。
声の方を見ると、一番端に居る自分とは真逆の位置に居た、ガタイの良いスーツ姿の人間が銃を持った男の腕を掴みにかかったところだった。
パンパンパン!と三発の銃声が響き、弾が当たった窓ガラスが割れたような音が聞こえてくる。
叫び声をあげながら揉み合っているが、どちらも決め手を欠き取っ組み合いのような応酬が続く。
入口から警備員の制服を着た男が早足にやってくる。
間髪入れずにガタイの良い男の腕を掴むと流れるような動作で腕を後ろに極め、そのまま後ろから膝裏を蹴り座らせてしまう。
隣に座っている老夫婦が怯えた様子で一部始終を見ていたが、その鮮やかな無駄のない動きに自分も目が釘付けになってしまった。
どこかに用意していたのか、手錠を掛けられたガタイの良い男。
後ろから警備員の制服を着た男にしっかりと制されている為身動きが取れない。
「こいつはぁ・・・っ!」
少々低い声で叫んだかと思うと、目出し帽を被った男が拳銃でガタイの良い男の顔を数発殴る。
ゴンっ!ガリっ!と、見ているだけでも痛々しい鈍い音が聞こえる。
顔面の右側から勢いよく振られた腕が男の頬を打つ。
打ち付けられた瞬間、既に若干腫れぼったい男の口から血がひゅっと漏れ出た。
漏れ出た血は男の隣に座っていた女性の顔を血で汚す。
その瞬間、血を浴びた女性は「きゃーーーーーーー!」と言う甲高い声と共に立ち上がった。
「イヤーーーー!もう!一体何なんですか!?」
両手をグーの形に握り、綺麗に染められた頭を抱えているようにも見える。
ここから見ていても完全にパニックになっているのがよく解った。
それもそうだろう。
ほんの数分前までは何事もなく平々凡々な毎日を送っていたのだから。
「おい女。うるせーぞ。」
色の違う目出し帽を被ったもう一人の男がカウンターの中から銃口を女性に向けた。
よく見ると指が引き金にかかっている。もしかしてこのまま撃つ気なのだろうか。
ぐっと指に力が入ったかのように見えた瞬間に、隣にいた黒髪の若い女性が立ち上がり銃口の方へ体を向ける。
「ちょっとアンタ、やめなさいよ。撃つんなら私を撃って。」
銀行強盗が主たる目的と思われるが、だからと言って男たちが撃たないという保証はない。
夢の中とは言え、勇敢な人がいるものだ。しかし、彼女の無謀とも思える勇敢さはそこでとどまる事を知らない。
「なに?どうしたの?早く撃ちなさいってば。」
目出し帽のせいで表情は解らないが、困惑したかのように目元がしかめるのが見えた。
「それとも、それは何?モデルガンなの?」
カウンター越しに目出し帽の男の腕を掴む。丁度銃口が自分の額に合うようにしっかりと両手でつかんでいた。
「ほら、早く撃ちなさいって言ってるでしょ。」
勇敢な行動と言うよりは、明らかな挑発である。
彼女の意図が理解できず、その場に居る人間が全員固まってしまっている。
「もしかして人撃った事ないの?ほら、こうやるんだよ。」
女性は事もあろうに男が右手で握っている引き金に自分の左手の親指を入れ残った指でそのまま銃把を握りこむと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「お・・・おい、やめろ」
人を撃ち殺す気など無かった事が、男の狼狽した口調からは読み取れる。
女性は一瞬真顔になったかと思うと、ぐっと両手に力を入れた。
パン!
これまでで一番大きな銃声のように思えた。
反響音が引かないうちに、ドスンとその場に崩れ落ちる女性。
唖然とするカウンター内の目出し帽の男の手から、ガチャンと言う音をたてて拳銃が落ちる。
「お・・・おい、こ、これは・・・」
警備員の制服を着た男が言い終わらないうちに、目出し帽の男二人と共に奥の裏口へ向かって走っていく。
残された人間は、目の前で繰り広げられたあまりの出来事に声が出ない。
自分はゆっくりと立ち上がり、勇敢な女性の方へ歩んでいく。
しゃがみこみ顔を見ると、起こった出来事程ひどい状態ではなかったが、左の額の辺りに無造作にあけられた穴は無残な状態だった。
頭を抱え、崩れた体を伸ばすように少し引っ張る。
弔いになるのかどうかは解らないが、窮屈な姿勢のままでいるのは何となく気の毒だった。
姿勢を少しずつ直しながらも、自分の頭の中は疑問符がいくつも浮かび上がってくる。
今まで、自分以外の人間が『自ずから死に向かっていく姿』を目にした事が無いからだ。
何の罪もない人間が目の前で殺され、それをきっかけに他の人間が救われる。
結果から言えば美談の部類に入るのかもしれないが、彼女の行動はほとんど自殺のようなものだ。
自殺のような・・・とその単語が頭をよぎった時にカウンターの上に落とされていた銃が視界に入る。そうだ、自分も決着をつけなければならない。なにせ、死ななければ目が覚めないのだから。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる。
女性の体をそっと横たえると、素早く銃を握りそのまま自分のこめかみに銃を向ける。
今しがた発射されたばかりの銃口はまだ熱を持っている。
皮膚に触れれば火傷するだけの熱量を未だ蓄えている事がある故、ぴたりとこめかみにつける事はしない。
ガタイの良い男が、後ろ手に手錠をかけられたまま不安そうな目つきで銃を持つ自分を見つめてくる。
目が合うと自分はニコッと笑い、躊躇なく引き金を絞った。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
後半に沸き起こった疑問は、彼女の美しいと表現しても差し支えのない死に顔と共に脳裏に焼き付いてしまった。
「ふぅ・・・」
よし、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常を送れるように。
久しぶりに前後半に分れずに終わりました。
ちなみに警備員はガッツポーズで有名なあの元プロボクサーのイメージであります。




