第13夜 対決-後編-
ホームルームが終わり、いつものメンバーで音楽室へ向かう。
昼食の時間の出来事が気になったが、まったくもって因縁でしかないので素直に顔を出す必要もないだろう。
教室を出てホールに差し掛かったところで、直井達ご一行が待ち受けていた。
二人の白いシャツ、三年生の先輩方にヘコヘコしている直井が自分たちの姿を見つける。
「あ、先輩!今日の主役が来ましたよ!」
これから起きるであろうなんとも面倒くさそうな展開を考えると、気が重い。
自分は、相手に聞こえない程度の小声で
「生井ちゃん、悪いけど30分経っても部室に顔出さなかったら先生に言ってくんない?」
何が何だか解らないという顔をしている生井だが、返事を聞く間もなく、先輩方が歩み寄ってきた。
「さー國井ちゃん、遊びに行きましょうねぇ」
首にぐっと腕を回され、有無を言わさずまるで引きずられるかのように歩かされた。
「やっちゃってくださいよぉ」
どこか嬉しそうな声を出す直井がすかさずに釘をさす。
「おい、生井てめぇチクったら承知しないからな。」
この発言から、生井がどうか危ない事態だという事を理解してくれると良いのだが。
連れていかれた先は西棟の一番端にある空き教室だ。
普段は何に使われている訳でもないが、鍵もしまっていないので授業をサボっている連中がたむろしているらしいという噂は聞いていた。
ふと窓の方をみると、南棟の一番西側にある音楽室が見える。
決して遠くはない。そこから見れば、何が起こっているか把握できる距離だ。
教室に入るなり、首根っこを掴んでいる先輩が自分を突き飛ばした。
唐突な出来事にバタバタと足をもつれさせ、みっともなく転んでしまう。
「いいか、一年。これから直井とタイマン張れ。今日の所はそれで許してやる。」
決して不良と言う出で立ちではないが、こうもスゴまれるとどうしても萎縮してしまう。
一般的にはこういう状況は怖いと言う感情が先に立ちそうなものだが、渡辺の時と同様、あまりそのような感情は湧いてこなかった。
ケンカでは死なないだろうと言う気楽さが心の中に湧いて出たことが、我ながらおかしかった。
「さ、國井ちゃーん♪どれくらいで終わるかなー?」
教室の中央に立つ直井。
二か所ある教室の入り口には、先輩方が一人ずつ立っている。
逃げ場がないというプレッシャーのつもりなのだろうが、決してプレッシャーには感じない。
覚悟を決めて直井の前に立つ。
しかし、どのようにすれば良いのか解らないのでぼーっと突っ立っているだけだ。
「おめぇのそういう顔が気に入らねぇんだよ!」
こちらからすると、何が相手の怒りのスイッチなのか全くわからないが、そう言うや否や殴りかかってくる。
肩、腹とポコポコとパンチを当てる。
力を抜いているのか、ただビビらせたいだけなのかは解らないが、決して痛くはない。
「おい、顔はやめておけよ」
先輩のうちの一人がニヤニヤ笑いながらそう言い放つ。
解ってますって、と言いながらなおも胸や腹にパンチを放ってくる。
ここまでの状況を思い返してみた。どこをどう解釈しても、自分がここでこうされている理由が全く解らない。
相手には相手の思う事があるのだろうが、そもそもこちらの言い分を聞く気がないのだから、どこがすれ違っているのかその理由は謎のままだ。
ただただ、ひたすらに十数発のパンチを受けている。
段々と力が入ってきて、少しずつ痛い物に変わってきた。
痛みも相まって、この理不尽な仕打ちに抑えきれない怒りが込み上げてくる。
受けながらなんともなしに足元を見ていた自分は、柔道の授業の時の要領でタイミングを合わせ直井の足を払ってみた。
あまりにも不意の出来事だったのか、ズデン!と大きな音を立てて転ぶ直井。
ひゅーやるねー、と言う先輩方の呆けた声が聞こえてきたが当然取り合う事などしない。
直井は、なんだよぉと言いながら両手を付き立ち上がろうとする。
チャンスだ。
その一瞬の隙を見逃しては、この無駄な時間は延々と続くのかもしれないと思ったら本気でイヤになった。
かと言って、どうして良いのかも分からなかったが、立ち上がる前の直井の顔面に向かって精一杯力を込め、サッカーボールを蹴るようなイメージで蹴りを飛ばす。
その一発でゴロゴロゴロと直井の体は転がっていった。
あーともうーとも取れるうめき声が聞こえたが構っていられない。
続けて蹴ろうと思ったが先輩のうちの一人が後ろから羽交い絞めにしてきた。
「おいおいおいおい、やめろって、一年、それはヤバいよ」
キレる、と言う状態なのかもしれない。
しかし、あまりの理不尽さにこみ上げてきた怒りは収まる気配すら見せない。
収まらない怒りに任せて一度ドスンと自分の体重を両足に戻す。
散々訓練の夢を見ていたせいで、羽交い絞めは前後左右の動きを封じるのには良いが上下運動には比較的弱い事を知っていた。
落とした体重を今度は気持ち斜め後ろに向かって反発させる。
ゴチン!と言う甲高い音が聞こえてきそうな手応えを感じた瞬間に、羽交い絞めにする力が弱まった。
もう一人の先輩が駆けてくる音が聞こえたが、まるっきり無視して唸っている直井の右の腕を捕まえる。
捕まえると同時に、親指が上にくるようにして抱え込み自分の股倉にしっかりと押さえつけた。
右足は胸の辺り、左足は顔の手前に。そして、そのまま肘の関節を股に感じながら手首を思いきり腹に押し付ける。
駆けてきた先輩がなにやら大仰に叫びながら自分の腕を掴み引き離そうとする。
上半身を引かれるせいで下半身に力が入らない。
痛めつけてやりたい、と言う自分の中の悪魔はどこまでも攻撃的になった。
少しでも踏ん張る力を得る為に、遠慮して顔の手前に置いていた左足で容赦なく直井の顔を踏みつけた。
右腕を取られ、首も動かせない。
自由なはずの左腕も、右足首で絶妙に封じられている為、この状況を打破するには力に任せて起き上がるしかない。
自分よりも身長が高く中学から野球部の活動に勤しんでいた直井なら、下半身に力を入れ右に転がりながら立ち上がる事でこの状況も打破できるはずだ。
しかし、直井本人がその事に気が付く前に肘からはパリパリと言う音が聞こえてきた。
「おい!一年!マジやめろって!」
「それ以上は本気でヤバイつってんだろ!」
先輩方が必死になって止めようとしているのも、外野からのヤジのように聞こえるほどに今は目の前の事に集中していた。
腕を伸ばしつつ、何度も何度も直井の頭を踏みつける。
こちらにはこれを止める気は更々ないのだが、なおも絡み付いてくる先輩がいよいようっとおしくなってきた。
「うるせぇよ!!てめぇらが吹っかけてきたんだろうが!!!」
振り返って精一杯の大声で怒鳴る。
先ほどまで随分と静かだった自分の怒声を聞き鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている先輩方のうちの一人は、顔から制服から血で真っ赤に染まっていた。
先ほど自分が後頭部で放った頭突きが鼻をクリーンヒットしたようだが、それを見た自分は一瞬で我にかえった。
ふっと、手首を掴んでいた力を緩める。
力を抜けば直井はすぐにでも逃げるのかと思いきや、腕の位置もそのままにに言葉にならない呻き声をあげている。
力を緩めた瞬間を見逃さなかった二人は、すぐに直井から自分を引きはがし、救出する。
二人掛かりでしっかり肩を抱えて教室を後にする三人。
「おまえ覚えてろよ!」
唯一無傷の一人が大声で叫びながら廊下へ、そして西端の教室の隣にもある階段から階下へと去って行った。
おいおい、まってくれ。そっちからけしかけてきた事だろう。
最後まで理不尽さが拭えない自分の心はさらにヒートアップしていった。
あまり覚えてないけれども。
中学・高校とそれなりにはケンカも経験しましたよねぇ。
勝ちも負けもなく小競り合いみたいな感じでしたが、いずれにせよ後味は良くないもんです。




