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Day Dream  作者: ユ・サド・クアザ
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第12夜 腐敗-後編-

 ずっしりと重いショットガンを拾い上げ、ポンプレバーを引き次弾を装填する。

 扱い方を知るわけもない自分が、こういう物を自然と扱えるのは夢ならではの出来事であろう。


 しっかりと抱えて走りだす。

 次の交差点が見えたところで、通りに面していた店舗のドアが急に開き中から屈強な腕が伸びてきた。


 「ぐぉっ」

 物凄く変な声が出た。

 あまりにも突然にニュッと伸びてきた腕は自分の胸元を捉え、力いっぱい引きずりこまれたのだ。

 「騒ぐな、静かにしてろ」

 そう言うとドアのカギをしめドアノブをチェーンでグルグル巻きにする。

 最後にカーテンをしめて外から中が見えないようにした。

 

 今まで孤独だった夢の中に、突然登場した人物。

 もしや見知った顔ではなかろうかとドキドキしたが、振り返った人物は警官の姿で明らかに日本人ではない顔立ちをしていた。

 「驚かせてしまってすまない、たまたま2階の窓から様子を伺っていたら君の姿が見えたから」

 小さなカフェかと思わしき店内には他の人物は見当たらない。

 

 「ここも長くもたないとは思うが、今のところ束の間の休息は可能だ。ほら、どうだ飲むか?」

 カフェ調のキッチンに警官が居るのが何とも滑稽だったが、その手には冷蔵庫から出したと思われるペットボトルが握られている。

 自分はそれを受け取ると一気に飲み干した。


 荒くなった呼吸を整える。整えながら、今走ってきた道の様子を思い返していた。

 最初に気付いたところもそうだったが、町全体が石で出来ているような印象だ。

 この店もカフェのような造りではあるが、全面ガラス張りのような感じではなく、横に長い石が積まれた壁の間に所々窓がある。

 もっとも窓にはロールブラインドが下げられ外の様子は隙間から覗く事でしか窺い知ることができない。


 「それと。二階から見ていた限り。」

 言いながら警官は手に赤い筒を数本のせ、そのうちの一つを親指と人差し指でつまんで見せた。

 「君が持っているそれ、な。たぶん私の持ち物だ。」

 つまんでいるのはショットガンの弾だろう。指をさしている先には自分が片手に抱えているショットガンがあった。


 「あ、そういう事ならお返しします。」

 自分は素直に警官に銃を渡すと、警官はニコッとした顔で受け取る。

 「ありがとうよ。ここがアメリカならそこらじゅうに銃なんてあるんだろうけどな。」

 代わりに、と言いながら小さい拳銃を一つ差し出してくる。


 「残り5発、セーフティレバー外せば撃てるから。護身用に。」 

 日本で生活していると当然ながら銃には縁がない。

 ゲームなどで武器として登場することもままあるが、弾の数を気にする必要など無い事がほとんどだ。

 小さくても銃は銃だ。弾の数が少なくとも、とても心強い。

 

 「よし、二階へあがってしばらく様子を見よう。」

 店の奥の扉を開けると、そこには二階へ上がる階段がある。

 踊り場の下のスペースは倉庫の代わりとして使用されているようだ。

 食糧や飲料のストックがそこにあるようだ、と警官は話しながら上がっていく。

 

 籠城する事になったら、これらを食いつなぐのかなと思いつつ自分も後についていく。

 階段を上がった先にはドアが一つ。警官が先に入り自分が後に続く。


 店舗の二階部分がまるっと一部屋になっているスペースは想像以上に広い。

 住むには心細いが短時間滞在するには十分に思える。

 部屋の奥に開け放たれたドアが見え、そこにはバスタブとトイレが見えた。


 「シャワーでも浴びたいところだが、外の様子が落ち着くまでは我慢しよう。」

 店舗の持ち主が住んでいたのか、広い部屋にはソファーとベッド、テレビやテーブルに酒やグラスが並んだガラス扉のついた棚がある。

 キッチンは見当たらなかったが、調理スペースは店舗にあるのだから必要ないのかもしれない。


 警官に促され、ソファに腰かける。警官はソファの淵に腰を掛け、置いてある酒瓶に手を伸ばし口をつけていた。


 正面にはテレビがある。

 音声の聞こえないテレビの画面には、どこかの固定カメラが映している映像が流れている。

 映像からは、街の少なくとも数か所で煙が上がっているのが解る。

 「朝・・・いや、ほんの数時間前までは、何もなく平和だったのにな。」

 警官はため息をつきつつぼそっとつぶやいた。


 先ほどから感じている腐敗臭は、まるでこびりついているかのように離れない。

 まるで自分から発しているかのような強さであたりに漂っている。


 警官が自分の腕を見る。事情を聴かれたので、自分に起こった事を正直に話した。

 聞き終えた警官は特に顔色を変えるでもなく聞いていたが、自分の話が終わったら淡々とした口調で話を始めた。


 「昼前に、騒ぎを収めようと出動したんだ。でも、着いた時にはもう戦場のようでさ。」

 残り僅かだった茶色い液体の入ったボトルをくっと飲み干す。

 

 「女も子供も、爺さんや婆さんまで、みんなおかしくなっちまって・・・。」

 席を立ち棚に並んでいる酒瓶、とりわけ高級そうなもの選んで取る。

 「何の説明もなく、突然発砲許可が下りたんだ。躊躇したよ、誰に向かって撃つんだって。」

 グラスを二つ手に取るとまたソファに向かって歩いてきて淵に腰かける。


 「君が蹴っ飛ばした警官、あれ相棒だったんだ。」

 そう言われ突然にバツが悪くなる。

 「いや、いいんだ。君が手を合わせたのが見えたさ。アジア式のお祈りだろう?」

 ショットグラスより一回り大きいグラスに、先程のよりは幾分色の薄い液体が注がれる。


 「あいつがさ、婆さんに喰われたんだ。かじられたって言った方がいいのか?まぁなんにしても・・・」

 片方をこちらに差し出しつつ、警官はぐっと飲み干した。

 「あいつさ、痛い痛いって、助けてくれーって叫ぶんだよ。でも、俺はあいつを置いて逃げちまった。」

 あまりにも現実離れしているのか、それともショックの大きさなのかはわからない。

 涙が出ない程辛い出来事だというのは、良いだけ泣きながら走った自分にも理解はできた。 

  

 「パンって音がしたと思ったけど、振り返れなかった。その音を境にさ」

 叫ぶ声が聞こえなくなっちまって、と消え入るような声で繋いだ。


 「安いゾンビ映画みたいかもしれませんが・・・」

 自分は、なんと言ってよいか解らず、話題を変える事にした。

 「もし、噛まれて感染が広がるというようなものなら、自分は噛まれているのであんな風になるかもしれません。」

 死ぬ事で夢が終わるなら、この状況だと何を以って『死』と認定されるのか、心の片隅に興味が湧いた。


 「自分も痛いのはイヤだし、あなたに喰らいつくのもイヤなので、おかしいなって思ったらすぐに撃ってください。」

 警官は、おかしいなと思っても罪もない人間を撃つのはダメだと応える。

 しかし話を続けていくと、警官の側も似たような事を考えていたようだった。

 

 自分は、スコッチと言う飲み物はおろかアルコールそのものを飲んだことは無かったが、小さいグラスながら3杯目のスコッチに口をつけながら続ける。

 どういう訳だか味覚だけは現実と異なる故、それがどのような味がするのかはぼんやりとしていた。


 「もうこのあたりで限界だなって感じたら」

 この何とも言えない感覚が面白い。酔っているという自覚は舌を回りにくくさせている。

 「お互い、まばたきを複数回しましょう。もし話すことが出来なくなるような状態でもこれなら伝わるでしょうし。」

 何故そういう結論に達したのかは良く解らないが、酔っ払い独特の理論展開で話はここに落ち着いた。


 気が付くと辺りは暗い。酒が回ったのか急激に眠くなってきてしまった。

 あまり夢の中で寝る事は無かったが、決して無かったわけでもない。

 夢の中の睡眠は、まるで場面転換でも行われたかのように一瞬で景色が変わるから面白い。

 夢の中で夢を見たとして、それがもしも自分が死ななければ目覚めないような夢だったら、現実世界では永遠に目覚める事が出来ない事も有り得るなと考えた事もあったが、今のところその心配は杞憂のように思える。


 そのままソファの上で横になる。

 警官はベッドにどさっと倒れ込んだと思ったらすぐさまいびきをかき始めた。

 自分もゆっくりと目を閉じる。夢の中で寝ても夢を見ないと思うと何とも気が楽だ。


 目を閉じたと思ったら突然瞼を透過して光が差し込む。

 ぱっと目を覚ますと、昨日よりもさらに強烈になった腐敗臭が自分を襲った。

 ゆっくりと体を起こすと警官もちょうど目を覚ましたところの様だった。


 立ち上がり、おはようございますと言いかけたところで警官の表情が驚きに満ちているのが解る。

 あ・・・あ・・・と言いながら、こちらを指さす。

 指が指し示す方を見ると、そこは自分の変わり果てた左腕だった。


 噛まれた場所を中心に左腕全体が紫色に変色している。

 腕を持ち上げると、どろっと溶けるように腕の肉だった部分がどしゃっと床に落ちた。

 なんとも言えない気色の悪さに一瞬吐き気を覚えるたが、想像していたよりも意識はハッキリしているようだ。

 不思議な事に、寝る前はあんなに痛かった腕が今は一切痛みを感じない。

 

 「そうか、どうも腐った臭いがって思ったら自分だったんですね。」

 おどけて見せるも、警官の表情に変わりは無かった。

 「とりあえず痛くはないので、心配しないでください。」

 言葉を発しても相手の反応はない。


 「君は・・・大丈夫なのか?」

 警官が、恐る恐ると言う表現がぴったりな口調で問う。

 「大丈夫ですよ」

 突然のスプラッターな出来事に、気が動転してこちらの声が届いていないのかと思ったがどうも反応がおかしい。

 

 「その・・・言葉が・・・はっきり聞こえないんだ。」 

 警官はショットガンに手をかける。

 「もう一度聞く・・・君は・・・君なのか?」 

 答えても、言葉が届かないのならばどう伝えれば良いだろう。


 大きく、自分でも大げさと解るほど、首を大きく縦にふりうなずいてみる。

 一瞬ほっとしたような表情を見せた警官だったが、すぐに困惑の表情に変わる。


 なんとか自分が大丈夫だという事を伝えたいが為に、方法はないかと辺りを見回す。

 ふいに、お酒が並んでいた棚のガラスに自分の姿が映った。

 そこには自分とは思えない程に変わり果てた自分の姿がある。

 

 これはもはやゾンビのようではないか。

 意識がハッキリしているだけに自分の姿が恐ろしい。

 警官はじっとこっちを見つめている。

 少なくとも自分がまだしっかりと理性を保っている事は伝わっているようだ。

 

 この世界観においては、何を以て『死』と認定されるのかこれでハッキリとした。

 まだ目が覚めていないという事は、少なくとも自分はまだ死んではいない。

 肉体的には死んだと言われる状態であるように思えるが、今の自分にはちゃんと意識も自我もある。


 夢の中での昨日の出来事がふいに頭をよぎる。

 喰らいついてきた犬と子猫の事を思うと胸が締め付けられる。

 これからは、ゾンビ物のゲームや映画も娯楽として純粋に楽しむ事はちょっと難しくなりそうだ。


 自分は警官の目をじっと見つめる。

 相手もこちらの目をまっすぐ見ている。

 自分はもう一度大きくうなずいて見せ、つづけて5回素早くまばたきをした。


 ガチャンと言う音がする。

 ショットガンのポンプレバーを引き、改めて弾が装填されたのだ。

 警官はしっかりと構えこちらを見据える。


 よく見ると無駄がなくキレイに整っている顔立ちだ。

 髭も薄くキメの細かそうなその頬には大粒の涙が幾筋も流れていた。

 その表情から、奥歯を噛みしめているのがよく解る。

 

 次の瞬間、銃口が光る。

 強い衝撃を感じたが、痛みはなく瞬時に意識は遠のいて行った。

長かったっすね・・・汗

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