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Day Dream  作者: ユ・サド・クアザ
20/52

第12夜 腐敗-前編-

 キーともギャーとも聞き取れる奇怪な鳥の声でふと我に返る。


 外から入って光は眩しいが今いる場所は薄暗く、少々肌寒さも感じる。

 ドアの内側で壁にもたれながら座っている自分が、背中もお尻も固く冷たい石の上に密着させているのに気付くのに時間はかからなかった。


 薄暗さに目が慣れてきたので、とりあえずは自分の服装を見てみる。

 パンツにポロシャツ、足元は有名なブランドのスニーカーだ。

 ここしばらくは迷彩服で居る夢が続いていたような気がして、ラフな格好の自分がちょっぴり嬉しい。

 

 意識がだんだんと元に戻ってきたところで外に出ようかとドアノブに手を掛けた。

 何気に視線が向いた先には今いる場所とさして明るさの変わらない廊下と、二階へと続く階段が見え、階段の上り口の所には全身を映せるであろう姿見があるのに気が付く。

 自分がどんな格好をしているのか妙に気になって、姿見の所まで足を運ぶ。


 「ほう。似合うじゃないか。」

 鏡に映った姿に思わず声が漏れた。

 オシャレとは無縁の田舎の高校生の自分は、全身のコーディネートを念頭に置いたショッピングなどした事もない。

 それ故に、休日ともなれば我ながらちぐはぐとも思えるような服装でいる事も多い。

 

 シンプルなラインの入ったカーキ色のポロシャツに黒のカーゴパンツと言う出で立ちが、我ながら良く似合っていた。

 上半身の細さと下半身の太さがアンバランスな自分の体型をスリムではないカーゴパンツがうまくごまかしていた。

 これは起きたら真似してみようと考えていたら、ふと卵が腐ったようなにおいが鼻についた。


 なんだろう?

 廊下の奥の方から漂ってくるような臭いにつられ、2歩3歩とゆっくりと足を踏み入れていく。

 入口ドアの上部分、擦りガラスから入ってくる光だけを頼りに歩んでいくと、それはすぐに見つかった。


 短くはあるが毛に覆われ耳と鼻がある。肩が見え前足が見え・・・それは犬が横になっているように見えた。

 しかし、顔と前足の位置の関係性から当然そこに見えても良いはずの後ろ脚を見つける事が出来なかった。

 突然の遭遇に驚いたが、腹から下が欠損しているその姿があまりにも衝撃的で息を飲むほかない。

 

 ・・・死んでる?

 そう思ったのも束の間、臭気が自分の鼻孔を襲う。

 思わず顔をしかめてしまいそうになるほど強烈な臭いだ。


 しかし、なに故この犬はここで死んでいるのだろう。

 車が行き交うような道路であればまだ解らなくもないが、ここはどうやらアパートのようだ。

 アパートの中でこのような傷ましく不幸な事故が起こるとは考えにくい。

 

 もしかして、なにか仕掛けでもあるのだろうか?と首を回しあたりを見回す。

 光が回り込まない部分に何があるかさっぱり解らないが、別段不自然なものは何もない。


 犬には気の毒だが、ここに居ても埒が明かないので外に出よう。

 そう思って、しゃがみこんで手を合わせ目を瞑る。


 アパートの造りからここ日本ではなさそうだが、なんとも日本的な仕草であるなと心の中でツッコミを入れる。

 よし、そろそろ行くか、と目を開けようとした瞬間に腕に激痛が走った。


 何事かと目を開けてみれば、今手を合わせていたはずの対象が起き上がり自分の左腕にくらいついている。

 前足2本だけで立ち上がっているが、その前足も所々から白い物が見えている。

 何が起こっているか理解できるはずもなく、くらいついている犬の鼻をぎゅっと握る。


 握りつぶす程の力で掴んでも喰らいつく力は弱まらない。

 必死になってあたりを見回すと、すぐ近くのドアの入り口に折りたたみテントとテントを止める金属製のペグが立てかけてある。

 物凄い力で喰らいついてはいるが、下半身が無い為か引っ張られる力はほとんどない。

 痛みを堪え、犬をずるずる引き摺りながらドアまで向かう。


 ペグを掴むとバンバンと何度も犬の頭を叩く。

 叩いても叩いても一向に力が弱まる事はない。

 一瞬逡巡したが、ペグを短く持ち替え眼窩のあたりから思い切り突き刺した。


 すると、あんなに強く噛みついていた力が急に弱くなる。

 しっかり喰い込んだ歯を引き抜くように顎を開く。

 痛みはかなりひどい。

 しかし、場所が良かったのかドバドバと流れるような出血はなかった。


 脳内は完全にパニックであるが、恐らくは死んでいたであろう犬を2度目の死に至らしめた罪悪感を抱く。仕方がなかったと言い聞かせながら、ほんの数歩でたどり着くドアに向かいドアノブを握る。


 勢いよくドアを開けると、今まで暗がりに居た眼球に日差しが一斉に襲いかかる。

 眩しさに目が慣れるとそこはまさに地獄絵図だった。

 ほんの一瞬前に抱いた罪悪感がすぐさま吹き飛ぶ。

 目の前で起こっている惨状は映画やゲームの比ではない。


 人が人を喰らう。可愛い筈の犬や猫が人を喰らっている。

 群れを成して飛ぶ鳥が、逃げ惑う人の頭に纏わりつく。

 ほんの数秒程に思えた時間が経過した後に鳥の群れが飛び立つと、頭の形が歪になった人物がどさっと倒れ込む。


 パンパンと乾いた音が響く。

 音の方へ目を向けると、警官がまだ幼い子供を撃っている。

 サイズの異なる同じデザインの服に身を包んだ兄弟と思える子供は、撃たれても泣くでも喚くでもなく、そのまま警官の太ももの辺りに喰らいついた。

 喰らいつかれた警官は、意味の解らない言葉を叫びながら自分の胸に拳銃を当てそのまま引き金を引いた。


 広い通りに面したアパートが立ち並ぶ。

 大型車がすれ違うにも困らないであろう広さの通りは、無秩序に停められた車でごった返している。

 右を見る。左を見る。どちらを向いてもそこで繰り広げられている惨状は似たようなものだ。


 まるで迷路でも作ったかのように放置された車に行く手を阻まれた人間が、人間の形をした人間ではない何かに追い詰められていく。

 手をつないで逃げていたカップルが、突然歩みを止めた相手に何事かと顔を向けると突然顔面に喰らいつかれる。

 銃を持った人間が、人間とそうでない人間の区別をつけることが出来ずに無差別に発砲している。


 自分は、ドアの前でただただ足がすくんでいる。

 逃げるべきなのであろうが、この状況でどこに逃げれば良いというのだろうか。

 躊躇していると、どこからともなく強烈な腐敗臭が鼻をついてきた。

 同時に、またしても激しい痛みに襲われる。

 

 痛みの方へ目を向けると、足首に小さな猫、まだまだ子猫と呼ばれる愛らしいサイズの毛むくじゃらが喰らいついている。

 いつも見る夢とは違う方向の理不尽さに不意に涙がこぼれた。

 「ふぅ・・・」いつものように声を出しつつため息をつく。

 涙でぐしゃぐしゃになった顔を拭いもせず、強引に足元の猫を掴んで引き離しせめてもの優しさを込めて放る。


 自分が痛い思いをしていても、あんな小さな生き物を投げつける事は出来なかった。

 ドアの外の階段を一歩下がろうとすると、まだ痛みが残っている。

 よく見ると、白くて小さな歯が一本刺さったままなのを見て、さらに涙があふれてくる。

 何が起こっているか知る由もないが、引き抜いた小さな歯を捨てる気は起きずポケットにしまう。


 ほんの数段しかない階段を駆け下りると、車の迷路に迷い込まないように、また人や動物とすれ違わないようになるべく建物に沿って走った。

 2ブロックも走り抜けると、走ってきた道に交差するように伸びる片側3車線ずつある大きな通りに出る。

 今走ってきた通りに比べればその密度は薄いものの、惨状は大きく変わらない。


 立ち並ぶ建物に沿って、通りを右に折れまた走り出す。

 足はさほどでもなかったが、左腕がジンジンと痛み出してきた。

 痛みに気を取られていたら何かを蹴っ飛ばして思い切り転んでしまった。


 何を蹴っ飛ばしたのかと、立ち上がりつつ振り返るとそこには警官が倒れている。

 手には拳銃を持っていたが、自分でこめかみを打ち抜いているようだ。

 この状況なら何か武器は必要だと思い、拳銃を手から引き離そうとするが、よくよく見てみると拳銃は腰に続く紐で固定されているようだった。


 平時であれば、持ち主以外の誰かが容易に拳銃を扱えるようではその危険性は計り知れない、それを思えば固定されているのも仕方が無かった。

 黙祷はせず、手を軽く合わせその場を去ろうと立ち上がると、またしても何かを蹴っ飛ばした。

 

 金属音を響かせながらズズズっと移動したそれは、両手で保持するタイプの銃だった。

 機械人間が人間を襲う映画で見たことがある。ショットガンと言うヤツだろう。


 ずっしりと重いそれを拾ってみる。

 弾が何発入っているのかは解らない。

 それどころか、そもそも扱い方がよく解らない。

 ・・・ハズなのだが、持ち上げた自分はガシャっとポンプのようにレバーを引いて次の弾を装填しいつでも発射できる状態にした。

今回はちょっと長かったですね。

ちなみに後半も長いです(汗)

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