第11夜 因縁-後編-
翌日、またもやチャンスの神様が訪れる。
4時限目が音楽の授業の為、音楽室へ向かっていく自分に声がかかった。
「國井くん、今ちょっといい?」
恋とは恐ろしく、また素晴らしいものだ。
他の女子生徒が同じボリュームで声を掛けてきても聞き逃してしまうに違いない程のボリュームなのだが、自分の感覚器官には専用のセンサーが付いているかのようにその声を聞き逃すことは無かった。
「もちろん!」
元気いっぱい答えると、隣にいた蕪木にちょっと行ってくると伝える。
「あれ誰?」とでも聞きたげな顔をしているが、説明は後だ。
手招きをされ4組の教室へ向かう。
教室は東側から順に1組2組と並び、次いで渡り廊下と階段、トイレや手洗い場がある小さなホール、その先の西側に3組4組5組と続いていく。
1組の自分はホールより先の西側に足を踏み入れる事はほとんどなかった。
どこも同じように作られている教室も、中にいる人間が異なると空気感まで異なるのだから不思議なものだ。
1組とは異なるそれにどこか居心地の悪さを覚えるが、今はそんな事も気にならなかった。
「あ!くにーちゃん来た来た!昨日はどうも!」
教室へ入った途端に、蕪木のいつもの態度が霞んでしまうほどの慣れ慣れしさで、須田がそう叫んでいた。
予想だにしなかった不意打ちに思わず倉持の方を見る。
「なんかね、昨日あのあと須田さんに國井くんの事話したら、話をしたいって言うから」
倉持の表情に、申し訳なさが滲んでいるように見えたのも片思いの恋心が影響しているのだろうか。
そんな自分の内心を知ってか知らずか解らないが、須田は構わず言葉を続ける。
「あのさ、くにーちゃんってドラム上手なんでしょ?夏にバンドの大会出たいんだけど協力してくれない?」
突然の申し出にどう答えて良いか悩んでしまう。
「とりあえず話だけでも聞いて!そうだ、今日お昼一緒に食べない?」
悩んでいる自分に一方的に提案を続け、一方的に話を終える。
どぎまぎしつつも「また後程」と声を絞り教室を出て音楽室へ向かう。
元気なのは良いけど弾丸みたいなコだな、と思いつつ廊下を歩きはじめると、後ろからパタパタパタと走ってくる音が聞こえてきた。
「くにーちゃーん!」
何気に振り替えると、まだ何か用事があるのか須田が楽しそうに走ってくる。
通り過ぎるのではないだろうかと思うほどの勢いで近づいてくると、そのまま左腕をガシっと掴みまとわりついて来た。
腕に感じる豊満な柔らかさを喜んで良いのかどうか判断できずにいると、ドキっとするほどの上目使いで見つめる。
そのまま頬に顔を寄せるのでキスでもされるのかと思ったが、さすがにそんな訳もなくそっと耳打ちをする。
「バンド、倉ちゃんもやるよ。ふふっ」
耳に吐息をふっとかけ、意地悪そうな顔を浮かべて教室へ走り去っていった。
あまりの出来事に全身がパニックだ。
ふと、我に返り音楽室へ向かおうとすると、同じ中学出身で野球部の直井が前方から歩いてくるのが見える。
スポーツ推薦で入学した人間が集められた5組へ戻るようだ。
中学時代は同じクラスになった事もあるが、フィーリングが合わず仲良くした記憶がない。
相手も『コイツとは気が合わないな』と感じているのが伝わってくるので、高校に入ってからは一度も会話を交わしたことが無かった。
そんな相手に一部始終を見られていたような気がして、何となくバツが悪い。
気にせずやり過ごそうと思ったがすれ違いざまに
「おやおや、くにーちゃん。おモテになられますねぇ。」
と、嫌味たっぷりなスピードとトーンで言い放つ。
くにーちゃんと発言するあたり、しっかり一部始終を見られていたのだろう。
事によると、頬にキスされたと勘違いしているのかもしれない。
直井が居た場所からは角度的にそう見えてもおかしくはないが、それをここで否定するのも変に思えて無言で通り過ぎた。
3,4歩過ぎた頃「シカトこいてんじゃねぇよ」と、小さく聞こえたが、相手にしたら自分の負けのように感じてそのまま音楽室へ向かう。
丁度チャイムが鳴るころに音楽室に到着した。
音楽室へ入るや否や蕪木からいぶかしんだ視線を向けられたが、後々説明することにしよう。
そう言えば、蕪木は須田や倉持と同じ中学だったな。説明ついでに二人の事を聞いてみるのもいいかもしれない。
音楽の授業が終わり昼食の時間となる。
「さっきの何だったんだよ」としつこく聞いてくる蕪木には申し訳ないが、適当に言葉を濁しつつ弁当をひっつかんで4組に向かう。
4組に入ると須田が率先して迎え入れてくれた。
須田、倉持の他にもう一人鈴木と言う近所の定食屋の娘も加わり4人で食事を始める。
「え、くにーちゃんもお弁当なの?まさか自分で手作り!?」
「まさか、親に作ってもらってるよ。」
「そうだよねぇ、じゃ今度みんなでくにーちゃんの弁当も作ってこよっかー。」
両手に花どころか視界全てが女子である。
周囲から見れば女子3名に対して男子1名と言う少々おかしな景色であり不躾な視線を浴びせられもしたが、倉持目当ての自分にはそんな事はささいな問題だった。
誠に恋とは盲目になれるものであるから不思議だ。
好きなバンドの話やこれから挑戦しようというバンドの大会の話などで盛り上がる。
流行り物にあまり興味のない自分には初めて聞く名前も多かったが、それでも相手の話のコシを折らぬよう心がけながら相槌をうった。
小さな口に一生懸命にパンを頬張る倉持を眺める事も忘れない。
あまり見つめると変に思われるかもと、須田や鈴木の顔、倉持とその奥に見える廊下や他の4組の面々を順番に見ていく。
こちらとしては順番に見ているつもりなのだが、倉持の顔を見るときだけやたらに時間が長いのは恋の病にかかっている自分にとっては仕方のない事だった。
すると、急に視線を感じたので教室の入り口の方へ視線を向ける。
そこにはなにやら険しい顔をした直井の姿がある。
何をそんなに怒っているのだろうと純粋に疑問を持つほどにその顔には怒気があらわだった。
一瞬視線が合うが、合った瞬間に直井の姿が視界から消えた。
なんだあれ?と思ったが視線を倉持に戻す。
知らず知らずのうちに芽を出していた悩みの種が、すくすくと育っているとは知らない自分は鼻の下を伸ばす事に忙しかった。
ほんの数日先には火種が落とされる事になるとは、色ボケしているこの時の自分は察知しようもなかったのだ。
しかし・・・若かりし頃の恋心と言うのは不思議ですよね。
小さな事で一喜一憂するし、恋そのものが原動力になったりもします。
物語では1年生ですが、2年生の夏に実際に似たような事がありまして。
バンドマンと言える程の活動はしてませんでしたが、今でも数年に1曲くらいのペースで作曲したりもしております。




