第10夜 空中-後半-
「途中でイヤになったら墜落させてしまえ。あっという間だぞ。」
笑いながらそう言い放たれた。
先方からすれば何気ない一言だったのかもしれないが、このセリフで得体の知れない気持ち悪さの正体に一つ気が付くことができた。
『死ねば夢が終わり目が覚める』という事を、なぜこの人は知っているんだろう。思い返せば、前回この人に会った時、自分はこの人に殺されたのだ。
夢の中とは言え、どんなシーンでも積極的に人が死ぬ事は決してなかった。
多種多様な世界観があり、様々な設定が存在していたが、どの夢の世界の住人も『死』に対しては抗っていた。
このように死へ向かう事を積極的に勧めると言う事自体、どうもおかしい。
大きな笑い声で冗談だというニュアンスを残してはいたが、落として死ねと言うセリフは、戦闘機乗りの冗談にしてはあまりにもキツい。
そんな事に逡巡していると、レシーバーに気持ち悪さの正体の主からのメッセージが届く。
「おい、見えてきたぞ。あとはテキトーに頑張れ。」
抱いている疑問に確信を抱く事は出来なかったが、気を取り直そう。
今は目の前の出来事に集中するんだ。
夢の中でもやるだけやる、全力を尽くすと決めたんだから。
右手に見えていた少佐の戦闘機はその腹をこちらに向け遠ざかっていく。
三角形の翼の下にはいくつかミサイルのような物が下がっていた。
戦闘機はゲームでしか見たことが無かったが、その特徴的な三角のシルエットには見覚えがある。車のメーカーにも同じ名前を聞いたことがあった。目が覚めたら、学校の図書室で戦闘機について調べてみるのも面白そうだ。もしかしたら、今日の世界観が少しは解るかもしれない。
右に消えていった少佐に倣い、自分は左方向へ機体を向けた。
地面に対して水平だった機体を左の翼が下に来るように垂直に立てる。
そのまま、上昇すれば左方向へ機首が向くと言う寸法だ。
しかし、車すら運転した事がない自分が戦闘機とは。
足元の名前すら解らないペダルを自然と使いつつ操縦している自分が不思議でならない。
機体を旋回させつつモニターを確認する。
自分の場所を示す飛行機のマークの方へ赤い点が2つ。少佐の方へは赤い点が1つ。
2対1。明らかに分が悪そうだ。
しかし、あまり深く考える間もなく、目視でも相手が見えてきた。
最初は黒い小さな点に見えた物が物凄い勢いで大きくなっていく。
気が付けばあっと言う間に戦闘機と解る程の距離に迫る。
まさに息をのむ勢いだ。
すれ違いざまに相手の戦闘機の先のあたりからからピカピカとした光が見える。
一瞬なんだか解らなかったが、機銃を撃ったのだという事にすぐに気が付き背筋が凍る。
これがゲームならただ楽しいだけなのだろうが、今はそうではない。
毎度夢と解っていても怖いものは怖い。半分はリアルのようなものだ。
相手の戦闘機はあっと言う間に後方へ過ぎ去る。
ぼやぼやしていられない。
自分は操縦桿を右へ左へ手前へと操作し機首を相手戦闘機の進行方向へ向けた。
地上で行われる車のレースとは異なり、上下左右すべての空間を使える空中では相手を追うにも立体的に物事を考えなければならない。
・・・不思議なものだ。
何を学んだわけでもないのに、体が自然と動く。
手元のスイッチ類を操作するとモニターの上部、ガラスの手前にある半透明の液晶画面に様々な文字やマークが表示された。
前方を飛行する戦闘機をそのディスプレイの視界に入るようにして捉えると、その戦闘機に円形のマークが重なる。
同時に機器からピッピッと電子音が鳴りはじめた。
モニターに捉えている戦闘機は急な上昇や下降を繰り返す。それに合わせるように、自分の機体も動かしていく。
二度三度その動きを繰り返したところで電子音が<ピーーー>と言う連続音に変わり、間髪入れずに操縦桿についている赤いボタンを押しこむ。
すると、自分の機体の右の方からミサイルが飛び出し、前方の戦闘機に勢いよく向かっていった。
自機を方向転換させつつ、ミサイルの軌跡を目で追っていると程なくして爆発した。
爆発する前に相手の戦闘機から強い光を発する発光体が落とされ、一瞬そちらの方へ方向転換をしたミサイルだが、方向を変えた直後に爆発を起こし、戦闘機へ複数の破片がぶつかるのが見えた。
直撃したわけではなさそうだが、グラグラと不安定な動きをし始めたところで視界から消える。
自分には、その後あの戦闘機がどうなるのかは想像ができない。
それよりも、自分の方へ向かってきていた戦闘機がもう1機いたはずだ。
ほんの十数秒の出来事とはいえ、目の前の戦闘機に夢中になっていた自分はもう一機の姿を完全に見失っていた。
相手の位置が表示されているレーダーのモニターを確認しようと視線を落とした瞬間「おい!後ろにいるぞ!」と少佐の声がレシーバーに届く。
その声に被さるように、機内に警報音が鳴り響いた。
恐らくは、先ほど自分がしたようにミサイルが自分に向かって放たれたのであろう。
このまま直撃を受けてしまえば今日の夢はそこでおしまい、まぁそれでも良いかと思ったのだが、考えるよりも先に体が動いてしまっていた。
目いっぱいアゴを引き、ヘルメットの上あたりにある輪を強く引く。
自分の頭上にあったガラス製の重たい天井が飛び上がり、一瞬後に自分の体も勢いよく飛び上がった。
飛び出した次の瞬間。
自分が先ほどまで座っていた戦闘機にミサイルが突っ込んでいくシーンを眼下に捉える。
音、熱、爆風がほぼ同時に自分に襲う。
体が自由落下し始めてから間もなくしてパラシュートが勝手に開いた。
落下スピードが急激に衰えていき、とりあえずは無事であることに安堵する。
この後はどのような展開になるのだろう。
目の前にはどこまでも青い海が広がっている。
海に落ちて漂流でもするのだろうか。
漂流の後溺死にでも至るとすると、それはそれで気が重い。
そんな事を考えながら、自分の機体を撃ち落とした戦闘機を目で追っていく。
あれだけのスピードならとっくに視界から消えていてもおかしくはなさそうなものだが、小さくなっていくどころかまたしてもどんどん大きくなっていった。
これは単なる偶然なのか。
何か理由があって戻ってきたのだろうか。
自分は、こちらに向かってくる機影から目が離せずにいた。
その形がはっきり認識できる距離まで近づいてくる。
すると先ほど機銃を発射された時に見えたピカピカと言う光が見え、ヒュンともビュンとも言う音が絶え間なく聞こえてきた。
相手のやろうとしている事を瞬時に理解し青ざめる。
何故わざわざ戻ってきてまで戦闘機を捨てて逃げる人間を撃ちに来たのか。
狂気の沙汰、そうとしか思えない。
相手の狂気に激しい怒りが湧くが、今の状況ではどうする事もできない。
激しく睨みつけてやるくらいがせいぜいだ。
ギュッと言う今まであまり聞いたことがない音がした。
音と共にこちらに向かっていた戦闘機は自分よりも遥か上空へ方向を変えていった。
同時に下半身に何か衝撃が走ったような気がして、視線を足元に移す。
・・・腰から下が、無い。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感。
それは今日も変わらない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事だけが唯一の救いともいえる。
寝ぼけ眼のまま、がさごそと自分の下半身を探る。
良かった、ちゃんと足もついてる。
ベッドの中でググッと伸びをする。
両手と現実には失っていない両足を目いっぱい伸ばす。
「ふぅ・・・」
よし、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常が待っているんだから。
高校生の頃、丸くて黄色いキャラクターで有名な会社の戦闘機ゲームが大好きでした。
他にも色々ありましたが他のはどうも好きになれず。
後にシリーズ化され、3作目までは楽しくプレイしてました。
戦闘機と言えば、基地の番号が88番とかいう漫画も好きでしたね。
大人になってからは、同じ作者の百里基地を題材にしたヤツも好きになり、古本屋で買い漁ったもんです。




