第9夜 初恋-後半-
「ままま、入って入って。」
部長に促され、音楽室へ足を踏み入れた。
踏み入れた瞬間、今までは漏れ聞こえる程度だった音が大きな音の塊となって容赦なく耳に飛び込んでくる。
あぁ・・・懐かしさすら覚えるこの感覚。
中学時代の部活動を思い出し、何とも言えない心地よさを覚えた。
倉本が指揮台に立ち、手を大げさに振りパンパンっと大きく手を鳴らす。
「はーい、今日から皆さんのお友達になります、國井くんと生井くんです!拍手ぅ」
まるで幼稚園の先生のような口ぶりで話す倉本の発言に笑い声が漏れる。
同時にパチパチパチとそれなりに歓迎されていると思える程度には拍手が聞こえてきた。
「はい、これから彼らには僕から何の楽器やりたいか聞いてみるから、みんなは練習続けて。」
早々にこの場を切り上げると、部長倉本の聞き取り調査が始まる。
「ふんふん、國井くんはコルネットと打楽器兼任してたんだね・・・生井くんはぁ、あ、初心者なんだ」
入るのは良いがやりたい楽器が無い自分は少々気が重い。
トランペットをそのまま小さくしたようなコルネットと言う楽器を3年間吹くには吹いていたが、元々コンプレックスであったタラコ唇の「厚み」だけでスカウトされた故にやる気も起きず上達も遅かった。当然、コンクール出場の選抜メンバーにもなれず、最後のコンクールは打楽器パートへ移籍させられてまで「記念出場」させられたのだ。
音は出せます程度の楽器をまた担当するよりは、別の楽器に挑戦したい気持ちもあった。
対して楽譜も読めない程の生井は、見るもの全てが新鮮なようで普段は気弱そうな目を輝かせている。
「よし、じゃあ何の楽器をやりたいかは追々決める事にして、今日はなんとなく見ていって。國井くんはなにか出来るなら参加しても良いから。」
特に強制せず、本人たちのやりたい気持ちに任せるという部の方針は徹底されているのか、それだけ言うと部長は自分の席に着きクラリネットを吹き始めた。
青いシャツを着た2年生や部長と同学年の他の3年生も、各々好きなように練習している。
集中こそしているが、既に入部している他の1年生の指導もしつつ、実ににこやかだ。
そこには「近寄らないでください」と言うようなイヤな雰囲気はみじんもなかった。
この気楽さは運動部には決してないだろう。
和やかな雰囲気で余裕が出たのか、生井は音楽室をくるくると回り始める。
どんな楽器が楽しそうか、見極めでもするようにキョロキョロとせわしなく顔を動かしていた。
自分も先ずはゆっくりとあたりを見回す。
すると、そこには中学でも同じ部だった大滝の姿が目に入った。
「おー大滝、お前もやんの?」
背後から突然声を掛けられ驚いた様子だったが、先程の部長からの紹介で大滝は自分を認識していた。
「いつ来るのかなって思ってたけど、やっと来たよー。他の1年みんな他の中学だから寂しかったんだよ」
他の生徒と比べても一際体つきが小さく、些細な内容でもキュートな笑顔で話す大滝は、入学後間もなくから一部の男子生徒から絶大なる支持を集めていた。
近所に住む大滝とは小学生からの腐れ縁とも言える仲で、決してステキとは言い難い性格を知っているだけに、異性として意識したことはなかった。
確かに見た目は可愛いが、女子生徒が9割を超える中学の吹奏楽部の中では、外見の裏に見え隠れする部分に怖気づいて異性として認識できる相手はほんの一握りだった。
大滝に言われてあたりを見回すと、確かに同じベージュのシャツを着ている1年の中に見知った顔はいなかった。
クラスが異なる為、入学後はあまり接点が無かった故に少々世間話に花を咲かせる。
聞くともなしに耳に入ってくる周囲の音の中に、決して上手とは言えない太鼓の音が聞こえる。
一度気になってしまうとどうにも止まらず、音の主の方へ目を向けてみた。
そこには青いシャツを着た2年の女子生徒が居た。
ドラムセットに座り、小太鼓でリズムを刻んでいたが強弱のつけ方がどうもおかしい。
基本は拍の頭につける強打がてんでばらばらに打たれる為、グルーヴ感が全くないのだ。
「ちょっと、太鼓行ってくるわ」
大滝にそう告げると、ドラムセットの方へ向かう。
他の生徒は、上級生や同級でもテクニックのある生徒が隣について指導・練習をしているが、ドラムの周りには誰もいなかった。
「先輩、失礼します、自分にも叩かせてください。」
そういうと、2年の先輩は楽譜から目を離し、顔を向けてくれた。
小難しい顔をしていた表情が一変して、まるでテレビの中から出てきたかのようなキレイな顔立ちでにこやかにほほ笑む。
「倉本先輩から聞いたよー経験者なんでしょ?きっと私より上手だから遠慮しないで私にも教えて!」
打楽器パートはここ数年人材に恵まれないらしい。
その時に演奏する曲に合わせて他のパートの人間が兼任しているが、先生役の生徒が居ないが為にひたすらに自主練に励んでいるとの事だった。
そんな声を聞きながらドラムに腰掛ける。
中学の3年生の時。
夏のコンクールを終え部活動を引退した自分は、ギターをたしなむ友人に「吹奏楽部だから」と言うだけの謎理論で文化祭のバンドメンバーに加えられ、半ば無理矢理にドラムを担当させられた事がある。
その際、3年間打楽器一筋で自分よりも遥かに上手にドラムを叩く部活仲間にみっちり教えを乞うた事もあり、今やトランペットやコルネットを吹くよりもこちらの方が上手い自身があった。
目の前にある楽譜をパラパラとめくる。
そこには、クラシックや行進曲等の小太鼓だけの譜面もあれば、話題のポップスのドラム譜面もあった。
ポップスと言っても、ブラスバンド用にアレンジされているので決して難しくはない。
基本さえきっちり押さえておけば、小学生でも叩けるように工夫されてアレンジされているものなのだ。
めくっていくうちに、特徴的なドラムのソロから始まる話題の曲の譜面を見つけた。
叩いたことはないが、譜面だけ見るに決して難しい事はなさそうなので、思い切って叩き始めてみた。
2拍目、3泊目と周りが静かになるのが解った。
3小節目を叩くころには自分が発する以外の音がすべて消えた。
代わりに、その特徴的なフレーズで何の曲を叩き始めたのか気付いた先輩方が、タイミングを合わせその曲を吹き始める。
愛は時折二人を試していくような、そんなフレーズの曲だった気もするが流行りの曲に疎い自分には歌詞は解らない。
しかし、曲自体はテレビや動画サイトなどで聴くともなしに耳にするので、すっかり覚えてしまっていた。
楽譜にはないアレンジ、おかずやフィルインとも呼ばれるものをこまごまと差し入れいていく。
自分が叩く手元と楽譜に交互に目をやっている先輩は、そのキレイな顔に可愛さと言うアクセントを交えつつ
「えーーーー!楽譜にないのも叩いてる!?すっごーーい!」
と黄色い声を出している。
自然と始まった演奏がエンディングを迎える。
裏打ちで終わるその曲は最後の一発を如何に終えるかで印象もだいぶ変わるが、そこもキレイに叩き終えた。
終わった瞬間、一瞬の間静まり返る。ほんの数秒にも満たない時間の後、どわっと一斉に声があがった。
顔に似合わずクラリネットを吹いていた部長が楽器を抱えたまま走り寄ってきた。
「おーーー!國井くんスゴイね!もうドラムで決まりだね!」
興奮気味に話す部長の横で、巻貝のような形をしたホルンと言う楽器を抱えて他の女子生徒が声を掛ける。
「良かったね武井ちゃん、これで元のパートに戻れるね」
このキレイな先輩は武井さんと言うのか。
そうか、うん。よし、覚えておこう。
「んーもう!やっと戻れる!やったね!國井くん、あとはよろしくね!」
あーはい、と答えつつふと目をあげる。
そこには部長の横でクラリネットを吹いていた女子生徒が立っていた。
シャツの色を見る限り自分と同じ1年生らしい。
「あ・・・あの、私、倉持と言います。ビックリしたけどすごいですね。」
集中していないと聞き取れないほどのボリュームで、倉持と名乗る生徒が話しかけてきた。
「去年のコンクールの時、楽器運んでて誰かにぶつかったの覚えてませんか?」
そう言われて記憶を探る。
程なくして、3人がかりでようやく運べるサイズの大太鼓を抱えて後ろ向きに歩いているときにぶつかった他校の女子生徒が居た事を思い出した。
ごめんなさい!とお互い謝り倒して、再度楽器を運ぼうと思った時に、ふと足元に楽譜が落ちているのが目に入った。
良く見てみると、今落としていった生徒がこれから演奏するのに必要な楽譜のようだったので声を掛けようと思ったが、既に視界から落とし主は消えていた。
大太鼓の搬入を他の男子に押し付け会場内を走り回ったのは良い思い出だ。
「その節はお世話になりました。」
と、丁寧に続けるその顔から目が離せなくなってしまった。
絵に描いたような運命的な再会。既に周囲の音も耳には入ってこない。
これは夢ではないのか。
そう思える程の衝撃が体に走る。
間髪置かずに、その正体が何であるのかが解った。
・・・恋か。
自分には人を好きになるという事がよく解らなかった。
しかし、今は断言できる。
これは恋だ。恋に落ちのだ。
「あ・・・あの・・・」
突然の自覚にどう言葉を紡げは良いのか解らない。
「く・・・くに、國井です。よろしくね。」
やっとの思いで絞り出すと、倉持はくすっと笑う。
「それは知ってますよ。」
控えめに笑う姿に視線を独占されてしまう。
もしこの時に、この恋心が後々の面倒事の発端になると解ってしたとしても、今ここで恋に落ちるという道を選んだであろう。
それほどまでに、この倉持と言う女性に一瞬で心を奪われてしまったのだ。
自分の初恋は小学校1年生の時。
そのまま恋人とも言えなくもない関係性を6年生まで保っていました。
一応お互い「お付き合いをしている」と言い張っていたので、思えば随分ませたガキでしたね。
話は随分盛りましたが、ドラムに座ってからの流れは実話がベースです。
体験入部の日にカールなんとかさん率いるバンドのロマンあふれるあの曲を演奏するタイミングに遭遇して、初めましての先輩に頼み込んで合奏に参加させて頂き、一瞬音楽室のヒーローになれました。以降は他にやりたい人もいなかったのでドラム/パーカッションを3年間みっちり担当いたしました。




