第9夜 初恋-前半-
恋とはなんだろう。
自分には人を好きになるという事がよく解らなかった。
しかし、今は断言できる。
これは恋だ。恋に落ちのだ。
入学後の最初の休憩地点とも言えるゴールデンウィークを、新しい友人たちとの交流を深める事に目いっぱい使った。
連休が明けると、新しく始まった人間関係が概ね良好な方面へと変化していた教室内は、部活動の最終決定についての話題で持ちきりだった。
「俺はやっぱりパソコン部だなぁ。」
「でも、定員いっぱいみたいだよ?」
部活動には所属したくない蕪木のため息に合わせ、中学から所属していたテニス部への入部を希望している貝塚が答える。
帰宅部が存在しない為、部活動に所属したくない人間は「パソコン部」をスケープゴートとして利用しているようだった。
それ故、学内では所属者数が1,2を争う状態が数年来続いている。
「抽選かー、落ちても第2希望通るかな。」
「それもどうだろうね~」
考える事は皆同じで、第3希望まで書く事の出来る用紙には「文芸部」「美術部」が多数を占めている。
しかし、パソコン部をはじめとするこれらの文科系部活動にも真面目に取り組んでいる生徒も多い。
先の担任による聞き取り調査も、本当にこれらの部に入部したい人間を誤ってふるい落とさないようにする為でもあり、事実既に入部している石丸のように本気で部活動に取り組む姿勢が認められれば良いだけなのだ。
「くにーちゃんはもう決まってるんでしょ?」
相変わらずの甘ったるい声で蕪木が聞く。
「ブラバンだもんね、ブラバン。抽選ないんでしょ、いいよなー」
校名が変わる前から代々強いと評判で本来の意味で人気のあるテニス部へ入部を希望している貝塚は、蕪木とは異なる意味で抽選に漏れないかを心配している。
校内での会話でトレンド入りするのは間違いないであろう部活動。
自分は入部希望を提出するため、昼休みに吹奏楽部の部室の隣のドアを叩く。
1拍の間をおいて、指導員室とプレートが掲げられている室内から、入室を促す返事が聞こえてきた。
「失礼します!1年1組國井です。入部希望を提出しに来ました。」
どういうトーンで声を出してよいか解らず、先日教官室に行った時のように声を張り上げて入室する。
「おいおい、そんな元気じゃなくても大丈夫だよ。おお、君が國井くんか。まぁ座りなさい。」
50歳半ばと言うのが信じられないが、頭髪は白く天頂部分には髪の毛の面影も無かった。
しかしながら、その柔和な態度や柔らかいトーンとは想像できないような目付きの鋭さが印象的だ。
「音楽の授業で何度か会ってるね、顧問の斉藤です、よろしく。」
顧問が受け持つ音楽の授業はと言えば、今は校歌の練習をひたすらにやらされていた。
他の教師と同じように、得意の音楽の授業とは言って教師に対して然したる興味を抱いてはいなかった。
「君の出身中の僕と同じ苗字の斉藤先生ね、あれ私の教え子なんだよ。」
中学の時の部活動顧問が教わった先生が目の前に居ると言うのが何とも新鮮であり、つい間の抜けたトーンで「え、そうなんですか?」と答えてしまった。
中学時代、部活動の休憩中に「私が教わった先生は、優しい顔して目が怖い先生でね。文科部なのにまるで体育会系のように何度も叩かれたもんだ」と言っていたのを思い出した。
ひょっとすると、顔に似合わず厳しい先生なのかもしれない。
そう思った自分は、もしかしたら表情にも出ていたのだろう。
「昔はそれなりに厳しかったけど、今はちょっとでも叩こうもんなら大変だからね。この学校に赴任してきてからは『楽しむ』事に重点を置いているから。」
と、ニコニコと諭すように言われ、心を見透かされてしまったかのように思えてなんだか気恥ずかしい。
「うちは抽選もないし、推薦で入ってきた君の入部は決まりだから。今日からでも練習しに来なさい。」
失礼します、と指導員室を後にする。
すると、そこには生井が所在無さげに突っ立っていた。
「あ・・・顧問の先生ってどんな人だった?」
背は高く、癖っ気のある髪も整えればそれなりにハンサムであろう生井は、そのぼさぼさ頭のせいでどこか頼りなく見えてしまう顔で聞いてきた。
生井の性格を考えると、安心材料が欲しいだけなのだろう。
「あぁ、生井くんが考えるような不安要素はないよ、大丈夫。」
とだけ伝えて自分は廊下を歩いていく。
こうして日々少しずつ変化していく毎日が、なんだかとても楽しい。
廊下を照らす太陽の光が自分たちを歓迎しているように思えて思わずニヤついてしまった。
あれ、彼が吹奏楽部志望なんて聞いたことが無かったな。
どういう事なのか聞こうと振り返ると、ちょうど寝癖のついた後頭部が指導員室に入っていった瞬間だった。
結局、生井にどうして吹奏楽部入部を決心したのか聞きそびれたまま放課後を迎える。
「國井くん、一緒に部室までいかない?」
決してハツラツとは言えないが、話してみれば妙にウマが合う。
「生井くんもブラバンにしたんだね、うん、行こう。」
ゴールデンウィークに深めた友情は、入学以来まだどこか距離感のあった人間同士をしっかりと結び付けてくれた。
二人で並んで部室に向かう。
部室と言っても、運動部のように別に専用の部屋があるわけではない。
普段授業で使う音楽室の隣にある「音楽準備室」がその役割を兼任していた。
直前まで隣に並んでいた生井は、ドアの3歩手前くらいで歩みを止めている。
どうやら、コンコンとノックするのは自分の役目らしい。
ノックをするものの返事はない。
「失礼します。」
小声で言いながら、これから部室として利用する準備室に足を踏み入れてみる。
電気はついているものの、そこには誰もいない。
見回してみると、準備室と言う名称の割にその広さはメインの音楽室と同じくらいだ。
異なる点と言えば、壁に防音が施されていない点と端にキレイに積まれている楽器のケースや理路整然と並んでいる譜面台などで少々雑多としている点だった。
どうしたものかと二人で顔を見合わせていると、突然ガチャっと入り口とは対面方向にある音楽室と準備室をつないでいるドアがあく。
学年別に異なるワイシャツの色が白いのを見ると、3年生のようだ。
どう挨拶してよいか戸惑っているとメガネをかけた幾分顔の濃い生徒は率先して口を開いた。
「お、来たねぇ。斉藤先生から今日からだって聞いてるよ。部長の倉本です、ヨロシク。」
言いながら歩み寄ってきた倉本は握手を求めるかのように手を差し出す。
生憎、握手の習慣があまりなくドギマギしている新入部員2名は、それぞれに名前を伝え申し訳程度に握手を交わす。
「もうね、他のクラスからも何人か来てるから、ままま、入って入って。」
促されるまま音楽室へ足を踏み入れる。
余談ですが、作者は
小学時代は音楽部
中学時代はブラバン(コルネット/パーカッション)
高校時代もブラバン(ドラム/たまにトランペット)
社会人になってからもドラマーとしてしばらく活動しておりました。
高校3年生の時はドラムを本格的に学びたくなって音楽専門学校へ進むか就職するかで悩みましたが、夏には一部上場企業からの内定が出ていたので高校入学と似たような理由でそのまま社会人になりました。




