第8夜 遭遇-後半-
「まいりました!まいりましたってば!」
肘の関節をガッチリ極められて苦悶の表情を浮かべつつ、金髪の男は叫んでいた。
「おーなんだ、まだまだお前たちには負けそうもないな。」
小柄な曹長はニコニコと笑いながら金髪男の腕を離した。
格闘技は基本的に体が大きい者が強い。
だからこそ、お互いがフェアに戦えるようボクシングをはじめとするスポーツには階級制度がある。
しかし、戦闘となると当然相手の体の大きさなど選ぶことはできない故に、今目の前で行われているような、体格やパワーが違う相手にも対処できるよう訓練が必要なのだ。
「さぁ次は誰がやるんだ?ん?」
屈強な男どもがまるで大型犬に睨まれたチワワのように首をすくめている。
年齢を比べれば10歳は年上であろう曹長は、体も大きく力も強い若い男を相手にいとも簡単に勝ってしまった。
夢の中にいるとは言え、先程のような鮮やかな身のこなしは、まるで魔法のような出来事のように思える。
「自分、やります!」
そんな相手に俄然興味が湧き自然と口をついて出てしまった。
「なんだ、またお前か。」
曹長はそういうと手をクイクイっと動かし、入って来いと合図をする。
・・・また、お前か?
どういう事だろう。
もしかして、気が付く前に失神させられた相手は曹長だったのか・・・?
いや、金髪男の驚き振りから、曹長はさっき入ってきたのは間違いがない。
考えていても仕方がないので、考えるのを一旦止め曹長の前に立つ。
曹長が先ほどと同じように空手のような構えを見せる。
自分もガチガチのボクシングスタイルではなく、体を正対させ無理な力を入れず自然体で胸の位置まで腕を上げた。
どういう訳だろうか。
初めて対峙した感じがしないのは。
ふと、そう感じてしまい、過去に記憶をめぐらそうとした瞬間が隙になったのか曹長は体を低く構えタックルしてきた。
体を低くした瞬間を捉えていたので、足が一歩こちらに向かってきたタイミングで体を大きく横に移動させる。
曹長はそのまま向きを変え、なおも突進してくるように見えたのでタイミングを合わせて右ひざを前に繰り出した。
しかし、両の手のひらをしっかり膝頭に当てられ、こちらの打撃は全く無意味の物になってしまったようだ。
自分も相手も一旦距離を取る。
次はどう来るのか。
こちらから動くべきなのか。
ほんの一瞬の時間も頭をめぐらすが、答えなど出てくるはずもない。
考えるよりも体を動かすべき、そう言うシーンだ。
曹長は半歩、もう半歩とステップのような足取りで距離を詰めてくる。
手は届かない距離のように思えるが、この距離感が実に悩ましい。
届かないと思っていても、まるで腕が伸びたように錯覚するほど直線距離の打撃は届いてしまう物なのだ。
体の左半身をこちらに向けていた曹長の左腕がふっと動いた。
動いた瞬間、自分も右腕を動かしまっすぐ伸びてくる腕を右から左へ払う。
たったこれだけでも、こちらに向かっていた曹長の体はベクトルを変えられるが、無理に逆らう事はせずそのまま左側へ流れていく。
動きの方向が変わったのを見届けた瞬間、ゴンっ!と鈍い音がした。
体の場所が変わる勢いを殺さずに、曹長の体はそのまま回転し右手の甲の部分がそのまま自分の顔面めがけて飛んできたのだ。
「痛っ!」
思わず口走ってしまった。
不用意に受けてしまった裏拳だが、あくまで訓練だからなのだろうか全くと言っていい程力はこめられてはいなかった。
完ぺきに顔面の中央を捉えていたそれは、力が入っていればその1発で気絶すると思えるほどジャストミートだ。
雰囲気から曹長の口からは軽口でも漏れてくるのかと思いきや、顔を見ると以外にも真面目な顔つきをしていた。
目線が合うと、このまま続けるぞとでも言いたげに、うなずくように顔を動かす。
自分もそれを見て、もう一度構えを取り直した。
先程と同じように半歩ずつ距離を詰められる。
そこに続く攻撃も先程と同じだった。
まるで詰将棋の手ほどきでもするように、丁寧とも思えるほど同じ動きだ。
自分の方は先ほどとは異なり、体を少し左側に寄せつつ今度は外からではなく内側から相手の腕を掴みにかかった。
そのまま相手の首に手を回し、上半身に体重を浴びせつつ自分の体の向きを45度程右側に変える。
相手の攻撃の勢いを利用しつつ、左腕と首をがっちりと掴み腰を支点にして跳ね飛ばす。
ドサッと音がして曹長の背中が芝生についた。
芝生の上に相手の背中をつけた状態のまま、今度は右腕を極める為に首に回していた左腕を離し、両手で右腕を掴もうとする。
しかし、曹長はしなやかな動きで下半身を丸め、下から両足で腕をからめ取ってきた。
腕をとって十字に極めるつもりが、そっくりそのまま返ってきてしまう形だ。
肘の関節を極められる前に体ごと捩じって肘の向きを変える。
同時にひざの裏に自分の膝を入れ伸びつつあった相手の足を折りたたむ。
間髪入れずにそのまま体重を浴びせかけ、一瞬相手の動きを封じたのち、曹長の頭の上に自分の腹が乗るような体勢に持ち込んだ。
よし、抑え込んだ。
このまま曹長の肘を取って関節を極めにかかろう。
そう思ったのも束の間、曹長は両手を顔と腹の僅かな隙間にねじ込み両足を踏ん張る。
しっかりと体重を乗せたはずなのに、腹の下で曹長の頭の向きがくるっと回転したのが解った。
その後はなにがなんだかわからない。
傍からみたら自分はちょこんっと座った状態で何も対処をしなかったかのように見える事だろう。
実際、その間何もできなかったのは事実だ。
下から持ち上げられるような力で自分の体が僅かに上に上がったかと思った次の瞬間、ホラー映画かと思えるようなスピードで曹長が背中側に回っていた。
「んー惜しいな。今のはちょっと"乗りすぎた"んだな。」
そう言いながら曹長は脇の下から右手を滑り込ます。
「いいか、自分の体重の支点を相手の力の中央に乗せるんだよ。」
右手で迷彩服の左胸あたりを掴み、右腕と共に動きを制される。
なおも動きは止まらず、丁度胸の前で腕を交差するような形で、曹長の左腕は後ろ側から首元を通り過ぎ右の襟首を握っていた。
上半身はガッチリと封じ込まれてしまった。
まるで体の芯を地面に打ち付けられてしまったかのように、身動きが取れない。
辛うじて動かせるのは、バタバタと動く両足のみだ。
無駄な抵抗と知りつつも、足を動かしてしまうのは自分でも情けない程滑稽だ。
「この間も教えたはずだぞ?」
曹長はそう言うが、それは一体いつの事だろう。
夢の世界で自分は曹長に幾度となく教わっている、そういう設定なのだろうか。
息も切らさず、非常に穏やかな声でそう言う曹長は、言葉の穏やかさとは裏腹に首を絞めつけてくる。
身動きが取れず、これ以上為す術はない。
「さぁ、タップしらどうだ?それともこのまま絞め落とされるか?」
そうは言うが、タップしようにも右の腕は動かせず左の腕も曹長の体に密着しているせいで動かせなかった。
首を絞められて窒息していくのかと思いきや、不思議なことに息は苦しくない。
しかし、首の動脈をきっちり抑えられているからか、だんだんと意識が遠のいていく感覚がある。
「お前には選択肢がある。それはな"はい"か"イエス"か、だ」
どこかで聞いたことのあるセリフに、絞められているという状況以上にぞっとする。
一瞬、現実世界と夢の中での出来事がゴチャゴチャになってパニックになった。
「ま、今日はこのあたりで良いだろう。」
そう言うと曹長は右手の位置を微妙に変え、左の首も絞めてくる。
首は絞められても痛くないもんなんだな、と場違いとも思えるような感想を抱く。
「おやすみ、またな。」
完全に意識が遠のく前に聞いたセリフはそれだった。
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遮光カーテンから漏れる日の光とスズメ達が気忙しく鳴く声が、少しずつ脳内に浸透していきそれと引き換えにゆっくりと目が覚めていく。
目を覚まして一番最初に訪れる感情は、激しい絶望感であるはずが今日は違う。
頭がハッキリしていくにつれて、何とも言えない恐怖感が全身を襲った。
なぜ、あのセリフが夢の中でリフレインされたのだろう。
それほどまでに、三浦のキャラクターや体験入部の件は強烈だったのだろうか。
・・・いや、違う。
三浦から同じセリフを聞いた時には、既視感を覚えたのだ。
と言う事は、先ほどのセリフを聞くのは少なくともこれで3回目と言う事になる。
いつ聞いたのだろう。
夢の中での出来事に道理は通らないのかもしれないが、曹長のセリフにも違和感があった。
目が覚めた時に抱いている「絶望感」が今日は「恐怖感」だった事も、直感に従えば今回はいつも通りではない事を示唆しているようにも思えた。
ベッドの上でボーっと考えていても埒が明かない。
目覚まし時計に表示されてるデジタルの日付が昨日よりも一日進んでいる事が本当に救いだなと思える。
いつもは鳴る前に止めてしまう目覚ましが鳴り始め、その音が寝起きの頭にこびりついていた夢の世界を引き剥がした。
「ふぅ・・・」
よし、シャワーでも浴びよう。
今日もまたいつもと変わらない日常が待っている事を信じて。
曹長は、日米双方の支点から描かれた某戦争映画2部作で栗林中将を演じたあのお方が、銀行強盗と人質が劇中劇のアニメの世界になぞらえて協力関係を築く映画にテロリスト役として出演していた姿をイメージしてください。




