「理想郷」が動き出す④
「さあて。それでえ?そのキモイ剣でどう戦うのかな~?魔法を食べてもいないのに?」
『レベル3』がどこか苛立つように唸る。
「やりようはあるさ……!『業火の嵐』!」
公平の周囲を炎が覆う。舞うように回って『レベル3』に喰らわせる。銀色に輝く刃が嗤い声をあげる。
「いくぞ……!」
「どおぞ?」
ユートピアの炎を喰らい、蓄えた力を全て放った一撃。それでも殆どダメージを与えることはできなかった。この『刃』でもどうにかできるかは分からない。だがそれでもやる。足を前へと踏み出した。
「『凍てつけ。BLIZZARD』!」
同時に公平の足元が一気に凍り付く。氷に足を取られ顔から転んでしまい、鼻血が流れた。
ユートピアは大笑いして足を上げる。
「ダッサ!ハイお仕舞い!」
立ち上がる前に足が落ちてくる。公平は咄嗟に刃の封印に手をかけた。蓄えた力を爆発させて、吹っ飛んで脱出するしかない。そう考えた時、銃声が響いた。すぐ目の前に、彼の身体くらいある弾丸が着弾し、弾きとばす。そのお陰で迫りくる足から逃れることができた。ユートピアは弾丸の放たれた方へと顔を向ける。
公平の『レベル4』で深い傷を負って、それでもなお彼女は引き金を引いた。ユートピアの呪縛から逃れた今、やるべきことは分かっている。
「アンタだけは何が何でも止める……!」
傷口を左手で押さえて、ゆっくりと立ち上がった。公平の脳内で一つの疑問が生まれる。何故トリガーはユートピアの洗脳から脱したのか?もしかしたらこれも敵の罠ではないか?公平には分からない。分からないが。
これは賭けだ。手を彼女に向ける。
「『ゲアリア』!」
トリガーが正気に戻ったことに賭けた。味方になったことに賭けた。勝つためになら何でもやる。利用できるものは全て利用する。そして最後には誰が相手であろうと勝利する。それが世界最強の魔法使いだ。この状況ではトリガーと協力することだけがユートピアを倒す道だった。
「ナイスよ!人間クン!」
トリガーが手に持った長銃を連射する。ユートピアはそれを片手でさばく。
「ソード」
「ああ」
トリガーの弾丸の雨に真正面から剣で切り進んでいく。ソードの表情に浮かぶ憎悪のような感情。互いの心が騒めく。
トリガーは得物を短銃に切り替えた。ソードの剣戟を躱しながら隙を見て銃撃する。弾丸を紙一重避け、再び剣を振り下ろす。その攻撃を二丁拳銃で受け止めた。
「バチバチきてるねソード。そんなにアタシの事が嫌い?」
「ああ!大っ嫌いだよ!」
「こっちのセリフよ!ジメジメ女!」
ユートピアは二人の戦いを眺めていた。
「激しいねえ」
そして公平を、見下ろす。
「こっちも負けないくらい楽しくやろう。『ボク』の興味はキミにしかない」
「こっちはちっとも楽しくなんかねえよ」
ソードはトリガーが抑えている。ユートピアの背後にキサナドゥが頭を押さえながら降りてくる。彼女に目配せして言った。
「下がっていてよキサナドゥ。キミでは戦えないんだろう?」
「どうして、かな。『ワタシ』、なんで」
エックスが心の中で抵抗している。ユートピアにはそれが分かった。そんな力を引き出せたのは足元にいる男が立ちはだかってから。彼女のお気に入りの人間。公平を前にするとエックスの心が強くなる。ほんの少しだけユートピアの魔法を打ち破ろうとする。勿論それは叶わないのだが、それでもキサナドゥの動きを止めることは出来た。
この人間は、どうしても殺さなくてはならない。
「まあそこで見ていて。……エックス?」
小さく、ユートピアはその名を呼んだ。
「やってやる……!」
公平は剣を構えて腰を落とし、ユートピアを見上げた。そして地面を蹴る。強化された足は身体を勢いよく飛ばして。
「お?」
そのまま一気にユートピアのすぐ横を通り抜ける。宙を蹴って駆け抜けていき。
「トリガー!どけ!」
公平の言葉が耳に届くと同時にトリガーは小さく笑ってソードから離れた。ソードはその声に振り返り、公平の刃を受け止める。だが、『断罪の刃』は公平の『レベル3』の前に棒きれのごとくへし折って、そのまま彼女の身体を切り裂いた。
「……な、に?」
「今だ!」
トリガーは上空へと跳びあがって魔法を発動させる。
「『荒神の引き金・完全開放』!」
巨大な銃口が大地に向けられる。トリガー自ら封じた禁断の魔法。だがユートピアを倒すだけの火力はこれ以外にはない。
「させるかっ!」
ソードがトリガーを妨害しようとする。その身体を公平の『怒りの剛腕』が掴む。
「こっちのセリフだあ!」
そのまま放り投げてユートピアにぶつけた。彼女は片手で自分より背丈の高い魔女を受け止める。
「っ!すまない!」
言いながら彼女は傷を回復する。
「いいさ。なるほど。狙いはアレかあ」
ユートピアは天を見上げた。怒り狂っていたように見えて思いのほか冷静だと感心する。確かに、『レベル4』を封じられた今、ユートピアを倒す可能性はトリガーの『引き金』以外には存在しない。
空に開いた黒い穴のような銃口。その先から一つの都市を丸ごと焼き尽してしまうような高エネルギーが射出される。
「まずいぞ。流石にアレは危険だ。どうにかして妨害しなくては……」
「だねえ。だけどそうもいかないみたいだよ」
「なに?」
直後、ユートピアたち三人の身体を超重力が襲う。先ほど受けたものと同じ。ソードは完全に身体が動かせなくなった。
「……これは、ワールドか!」
「追いつかれたみたいだね。仕方ない」
言うとユートピアはキサナドゥに魔法を返還した。トリガーが所持していた分は彼女を洗脳した時に奪い取っていた。これでキサナドゥは全盛期のエックスの80%の力を手にしたことになる。殆ど同時にトリガーの魔法は充填を完了した。
「コレで……。終わり!」
銃口から極大の光線が放たれる。その先でキサナドゥが手を上げた。
「『星の剣・完全開放』」
「はあ!?」
トリガーは驚嘆した。それは誰も知らないエックスの第二の切札だった魔法。『荒神の引き金・完全開放』と同様に、あまりの威力に自ら使用を制限していた。ユートピアの魔法で心を覗き込まれたことで彼女の知るところとなったのだ。
流星の如く輝く剣。キサナドゥはそれを下から上へと大きく振った。ワールドの超重力なんてかかっていないように軽々と。次の瞬間、トリガーの一撃を飲み込むほどの輝きが放たれた。地面が割れ、大地が溶けて、空から雲が全て消滅した。その余波で公平は吹き飛ばされる。
空の向こうからトリガーが落ちてくる。燃える地表にその巨体が墜落した。
「と、トリガー……!」
薄れる意識の中で公平は手を伸ばす。彼女の方はもう既に意識がない。思わず唇を噛んだ。あの一瞬、もし『レベル3』で二つの魔法の力を完全に喰らっていたら、それでユートピアを倒せたかもしれないのに、と。反応が遅れた自分が憎たらしい。
倒れているトリガーの首をソードが掴む。
「ハ、ハハハ!哀れだなあトリガー!こんな形で終わるとは!」
トリガーには答える力は残されていない。ソードは彼女を上空へと放り投げた。そして。
「『断罪の剣・完全開放』!」
その周囲に13本の剣が生成される。創り出されたネットワークが彼女の身体を痛めつける。ソードはひとしきりそれを楽しんで、飽きたところで手を握った。次の瞬間、剣たちは同時にトリガーを刺し殺そうと動き出す。
「させないっ!」
「トリガー!」
そこに二人の魔女が飛び込んだ。ワールドとヴィクトリー。エックスがやったように力づくで無理やり剣をつかみ取る。だが彼女のように上手くいかない。どうしても力が足りない。
「あ、あいつこんなのよくやったわね……」
「そうは言ってもやるしかないでしょう!」
剣に引っ張られつつも何とかコントロールを奪い他の剣を叩き落す。ソードは舌打ちして落ちてくる剣を二つ掴み取って切りかかる。ワールドとヴィクトリーはそれぞれ手に持った剣でソードの攻撃を受け止めた。
「貴様らいい加減にしろ!見苦しいぞ!もう負けを認めろ!」
「冗談よして!アタシは負けるのが何より大っ嫌いなのよ!」
「貴女たちにこの世界は渡しません。エックスも取り戻す!」
落ちていくトリガーの身体を鞭が絡めとる。ローズは彼女を抱えて公平の元へと走った。
「生きてる!?公平クーン!?」
「あ、ああ……」
「よかった……」
安心して彼を拾い上げる。
「ま、待て……!まだ……!」
「もう……無茶言わないの!」
ローズは潰れないギリギリの強さで手を握って彼の意識を飛ばした。これで文句を言うものはいない。ワールドとヴィクトリーは同時に剣を手放した。牽制に撃った魔法でソードの視界を奪い、そのまま離れる。
「逃げますよローズ!この場はコレで十分!」
ローズは頷いた。彼女もまたエックスの部屋へと続く裂け目を開いて飛び込む。それを見た二人も魔女の世界から離脱した。
「……くっ」
ソードは悔し気に奥歯を噛む。そこにユートピアが近づいてきた。
「いいさ。仕留める機会はいつだってあるよ」
その言葉もそれに続く笑い声もキサナドゥの中でエックスは聞いていた。何もできない
自分がもどかしい。水晶の檻の中で目を閉じる。
「公平……」
祈るように呟いた。