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未知との出会い  作者: En
第三章
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「理想郷」が動き出す ②

 倒れたエックスをヴィクトリーは横目に見る。ソードと競り合う中で一瞬視線を落とした。それに気付いたミライが飛び出して、ぶつかり合う二人の間に割って入る。既に体力は回復していた。魔女化もできる。


「なにっ!」

「『聖剣/蒼龍』!」


 その一振りがソードを切り払った。ヴィクトリーに目配せする。


「こっちは私が引き受けるから!お母さんは……!」

「ええ!任せた!」


 言いながらユートピアを睨む。


「次は私が……」

「待った待った。『ボク』もう疲れちゃったよ。戦ってもいいけどさ。めんどくさいんだ」

「そう。だったら抵抗せずに今すぐこの場で死になさい!」

「うーん。それもイヤだな……。ふふっ。だから。任せたよ?」


 剣を構えユートピアに迫るヴィクトリーを何かが切り飛ばす。吹き飛ばされ転がされながらも、素早く立ち上がって顔を上げる。そして金色の瞳が大きく見開かれた。彼女を止めたのは、刃のついた弓。


「エ、ックス?」


 緋色の瞳が虚ろに笑ったように見えた。




 気が付いた時、エックスは水晶の中に囚われていた。彼女を内部に収めている水晶は空中に浮かんでいる。周囲は星の無い宇宙みたいに真っ暗闇である。目の前の透明な壁は叩いても壊れない。身体を強くすることも魔法を使うことも出来ない。そうこうしていると雷鳴のような音がした。よく聞いてみてそれが笑い声であることに気付く。


「無駄だよエックス。ここはキミの心の中なんだから」


 その声に振り返るとそこには巨大なユートピアが立っていた。


「X04……!」

「ユートピアだってば」


 エックスが囚われている水晶をピンと弾いた。転がされて翻弄されて悲鳴を上げる。ユートピアはその姿にクスクスと笑う。


「どういうこと……?これは一体」

「これこそが『ボク』の魔法。相手の心をこうして閉じ込める。もうキミの身体は『ボク』のものだ」


 エックスは必死に水晶を叩きながら愉悦の表情を見せるユートピアを見上げた。


「なんで……。なんでこんなことを!」

「なんで?決まっているでしょう?」


 ユートピアがずいっと巨大な顔を近づける。一瞬エックスは慄いて後ずさってしまった。彼女は初めて、無力で小さな生き物として魔女と相対している。その心細さを初めて彼女は知った。


「あの時キミに追い出されて。気が遠くなるほどの長い長い時間を世界と世界の狭間を彷徨って」


 ユートピアの手がエックスの幽閉されている水晶を掴む。


「そのくせキミは他の魔女に負けて。結局魔女の世界を追放させられた。それなら最初から『ボク』が世界の支配者になったってよかった!」


 巨大な手が水晶をぎりぎりと締め上げる。このまま砕かれたらどうなるのだろうとエックスは思った。上手いこと脱出できるだろうか。その前に握りつぶされてしまう可能性の方がきっと高い。ぎゅっと目を閉じて耳を塞いで終わるのを待った。他には何もできない。これだけ大きさが違う相手にはなすすべもない。


「死ぬほどムカつく。この魔法を手に入れた瞬間に決めたんだ。キミから全て奪ってやろうって。だって、先に全部奪われたのはワタシなんだから!」


 ユートピアは明確にエックスを敵視している。巨人の怒りを無力な人間が受けたらどうなるのかなんて考えるまでもない。震えて怯えて、巨人の怒りが収まるのを待つか、或いはそのまま潰されるだけだ。エックスの瞳に微かに涙が浮かんだ。同時に、ただの暴力に泣くなんて久しぶりだなと冷静に俯瞰で考える自分に気付く。

 水晶の中で小さく震えて泣き出した小人を見て、ユートピアは噴き出した。あのエックスが。自分を一度負かせたエックスが。今こうして自分の手の中で怯えている。


「ははっ。最っ高の気分!」


 ユートピアが魔法を教わったのはたった一度。エックスの魔法を奪うための『悪魔の腕』をワールドから習ったその一回。その一回を契機として、彼女は独自の魔法体系を構築し、世界の狭間から脱したのだ。


「キミの弟子は向上心がない。当然だよねえ。だって魔女は魔女というだけで強いんだから。無暗に強くなる必要はない」


 ユートピアはエックスの水晶から手を離した。


「でも『ボク』の敵はキミだった。最強の魔女のキミを仕留めるには中途半端な力じゃあダメだった。理想を現実に変えるだけの魔法が『ボク』には必要だった」


 そしてユートピアは彼女の魔法を手に入れた。心をも操る魔法を。エックスは涙目でユートピアを見上げる。その表情にほうと息が零れた。


「そう。その顔が見たかった。でもまだ足りないなあ」

「まだ……?」

「キャンバスを奪ったあの時からずっと思っていたんだ。キミはいつか立ち上がって魔法を取り戻して、やがて『ボク』の前に現れる。その時に、キミが築き上げた全部を奪って。バラバラに砕く。ぐちゃぐちゃに握り潰す。その一瞬の為だけに。『ボク』は今日まで生きてきた。まだ始まったばかりだ」


 エックスは震えた声でユートピアに問う。


「これ以上何を、するって」

「本当はキミのお気に入りを『ボク』のモノにするつもりだった。でも案外あっさりキミ自身が手に入ったからね。別のプランでやらせてもらう。まだ『ボク』の魔法は終わっていない。まだキミを閉じ込めただけだ。本当の力はこれから動き出す。例えば対象を自由に操ったり……」


 ユートピアの姿が白く光って姿形を変える。光が消えた後に立っていたのは自分と同じ姿の魔女。


「アナタの代わりにアナタの身体を動かす人格を作ることも出来るのよ」

「な……、な……」


 自分ではない自分が、自分に語り掛けてくる。本当のエックスは囚われていて、自由に動いているのは彼女だ。最早『エックス』は彼女なのだと、思い知らされた。


「ううん。もうエックスなんて名前は捨ててしまいましょう。全部を奪うってそういう事よね。『ワタシ』の名前は」




 ユートピアは『エックス』の横に立ち彼女の肩に手を置く。


「ヴィクトリーに自己紹介してあげなよ。今の名前を教えてあげて」

「そうね。『ワタシ』の名前はキサナドゥ。どうぞよろしくヴィクトリー」


 ヴィクトリーの剣を持つ手が小さく震える。


「ユートピア……。貴女……エックスに何を……!」


 キサナドゥと名乗った『エックス』の瞳を睨む。


「見ての通りだけど?今エックスの身体を動かしているのは『ボク』が作った疑似人格。その名もキサナドゥ。小人を苛めて弄んで踏みつぶして握りつぶして蹂躙することがだーい好きなごくごく普通の魔女だよ」


 ユートピアはキサナドゥと顔を見合わせて、笑いながら「ねー」と言いあう。その光景にヴィクトリーの中で何かが切れた。


「『完全開放』!」


 ヴィクトリーの切札と言える魔法が更なる力を解放させた。どうにかしてキサナドゥを振り切り、その背後にいるユートピアを仕留めようとする。彼女を倒せばエックスも取り戻せるはずだ。


「『未知なる一矢・完全開放』」


 だがキサナドゥはそれを許さない。至近距離で剣とぶつかり合う刃付きの弓。ユートピアはクスクス笑った。


「ヴィクトリー。貴女には向上心がない。魔女ということに溺れて、強くなることを止めてしまっている。それじゃあ『ワタシ』には勝てないよ?」


 キサナドゥは言いながら弦を引いた。光の矢が放たれてヴィクトリーの身体はその力の炸裂に吹き飛ばされる。


「……くっ!」

「きゃあっ!」


 ヴィクトリーのすぐそばにミライが倒れてくる。再び彼女は人間の身体に戻ってしまった。咄嗟に彼女を握りこんで手の中に隠す。振り返るとソードともう一人、トリガーが立っていた。


「……いつの間に」


 どれだけミライが強くなっていてもこの二人が相手ではどうにもならない。


「さて。終わりだなヴィクトリー」


 ソードが得意げに言った。


「X04の腰巾着のくせに、随分嬉しそうじゃない」

「死に際の捨て台詞ということなら許してやるさ」


 ソードの『断罪の剣』が強く輝きだした。このままでは『完全開放』を撃たれる。今の状態で受ければなすすべがない。


「『完全……』」


 その時、敵の四人の身体に強い重力がかかった。


「これは……自然現象の操作?」


 ヴィクトリーは振り返る。蒼き槍が大きく輝いていた。


「……私を、忘れてもらっては困ります!逃げますよ!ヴィクトリー!」


 その声に頷くと気絶していた公平を拾い上げる。同時に『勝利の剣』の力を解き放って部屋の内部をあちこち破壊した。土煙の中に紛れて、ローズを抱えたワールドと共にソードの屋敷を脱出する。

 ワールドが動き出したことでユートピアたちは超重力から解き放たれる。


「おのれ……!」


 敵を追おうとするソードをユートピアは止めた。


「いいじゃないか。どうせ取るに足らない相手だよ。それに。これで『ボク』たちがこの世界の覇者だ」


 言うとユートピアは大きく身体を伸ばした。


「ああ本当に。最高の気分だ」

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