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未知との出会い  作者: En
第三章
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「理想郷」が動き出す①

 公平は意を決してヴィクトリーの手の中から飛び出した。「あっ」と手を伸ばす彼女を無視してエックスに駆け寄る。


「大丈夫か!?」


 その声に反応してエックスの右手がぴくりと動いた。傷ついた身体を無理やり立ち上がらせて彼を守るように手の中に握りこむ。そしてX04──ユートピアを睨んだ。


「へえ。それがキミのお気に入りかい?」


 顔を前に出して覗き込むようにしてくるユートピアに咄嗟にエックスは公平を胸元に隠す。眼前の敵から視線を離さずに彼に語り掛ける。


「X04……。いや、あのユートピアが本当の敵だよ。……新しい魔法の体系なんて、ソードに作れるわけがないと思っていたけどさ。まさかあの子が黒幕とはね」

「酷いなあエックスは。ソードはキミが魔法を教えたキミの弟子のひとりじゃないか」

「……そうだね」


 公平は心配そうにエックスを見上げる。彼女の身体はいくつも傷をつけられていた。彼女が一瞬でも意識をなくすほど打ちのめされた姿なんて今まで見たことがない。何かいつもと違う。悪い予感がする。

 彼の様子に気付いたエックスは微笑んで優しく言う。


「ボクなら大丈夫。まだまだ戦えるよ」

「い、いや……」


 もう戦わなくてもいい。公平がそう言おうとした時、ユートピアがクックッと笑い出した。エックスは顔をしかめる。


「まるでおままごとだね。ソードから聞いたよ?そのおチビさんがキミの旦那様なんだって?正気?そんな虫けらに何ができるのさ?」

「公平をバカにしないで」


 エックスの全身から魔力がほとばしる。同時に回復の魔法が発動され、彼女の傷も消えた。


「……ふうん。驚いたなあ。まだ『ボク』と戦える気でいるんだ」


 ユートピアの言葉を受けて、小さくエックスの手が震えた。


「おい……。本当に大丈夫かよ」


 公平の言葉にエックスはほんの一瞬視線を落とす。


「ユートピアのランクは、99。昔のボクと同じなんだ」


 公平は言葉を失った。完全なキャンバスを持っていたころのエックスは、殆どの魔女を敵に回して、人間を守りながら相手も殺めずに百年以上戦い続けた最強の魔女だったと聞いている。


「それと互角……」

「正直今のボクじゃ戦いなるかどうかすら……」

「そういうこと」


 ユートピアは楽し気に首を傾ける。かと思うとその姿が消え、次の瞬間にはエックスの背後に立っていた。その気配に気付いて振り返るも相手の方が一瞬速い。強烈な蹴りがエックスを吹き飛ばす。


「え、エックス!」

「大丈夫だから!」


 敵から目を離さないままで、手の中の公平に答える。ユートピアはゆらりとエックスに向き直り手を前にかざした。


「っ!まずい!」


 咄嗟にエックスは公平を放り投げた。宙に投げ出された公平は、咄嗟にエックスに向かって手を伸ばす。次の瞬間、瞳に映る彼女の姿が業火に包まれた。


「『燃えろ。INFERNO』」

「エッ……!」


 公平が地面に着いたのと殆ど同時に炎が消えた。エックスは片膝を落とす。治ったばかりの身体がまた深く傷付けられた。


「X04……!」


 ヴィクトリーが剣を握った。エックスの元へ走りだす彼女の前にソードが割って入る。


「どきなさい!」

「断る」


 二人の剣がぶつかり合う横で、公平はエックスに駆け寄った。見上げる程に巨大な身体が苦しそうに息を荒くしている。彼女の様子から公平は察した。ユートピアの炎はウィッチが使っていたものよりもずっと強い。今まで見たこともない強力な魔法だった。


「こんな……」

「ボクは大丈夫……。それよりユートピアだ。また一つ魔法を取り返したんだけどな……」


 エックスはソードから自身の魔法を取り返していた。昨日のエックスより今のエックスの方が強い。それでも彼女ではユートピアには勝てない。


「……俺がやる」


 公平は振り返ってユートピアを見上げる。


「公平……?」

「ユートピアは俺がやる。エックスの敵は俺の敵だ」

「え?何のつもり?まさか『ボク』と戦うつもり?小虫のくせに?」


 何を言われようが構わない。深く息を吐きユートピアに向かって走り出した。彼女は再び右手を前に出す。


「『Inferno』」

「『レベル3』!」


 どんなに強力な炎であろうと関係ない。ありとあらゆる魔法を喰らい、自らの力に変えてしまうこの刃であれば──。

 しかして炎が彼を襲うことはなかった。疑問を感じた次の瞬間、背後から叫び声がした。その声に慌てて振り返る。標的は自分ではなかった。またしてもエックスが炎に包まれている。


「エッ……!」

「……ッ!公平前!」


 ハッとなってユートピアに視線を戻す。すぐ目の前に巨大な靴が迫ってきている。


「キーック」


 全身に魔力を流して強化を極限まで高めた。完全にお遊びの攻撃。それでも魔女の一撃に公平の全身は悲鳴を上げる。だが同時に、好都合でもある。吹っ飛ばされた勢いのままにエックスの元まで飛んでいき、『レベル3』で彼女を包む炎の魔法を喰らいつくす。


「はァ……」


 息が苦しい。中を切ったのか内臓を損傷したのかは不明だが、口から血が流れ落ちる。


「こ、公平……」

「大丈夫だよ」


 心配そうに公平を見下ろすエックスにできるだけ明るく声をかけた。そして、銀色に輝く刃の封印を完全に外す。敵の魔法は十分に喰らった。


「わお」


ユートピアに振り返る。刃の輝きを前にしてもなお余裕の表情だった。


「くたばれ」


 大きく振り上げ、振り下ろす。ユートピアの魔法を喰らった力。その全部を一気に放つ。以前ウィッチを斬った時以上の破壊力を持つ斬撃。それが片手で受け止められた。愕然とする公平をよそに、彼の攻撃はそのまま受け流され、その先で壁を砕いた。


「イチチ」


 そう言いながら手を振る。ユートピアに与えられた傷はそれだけ。まともなダメージになっていない。決して今の一撃が弱かったのではない。ただユートピアが強すぎるだけだ。


「く、っそ。こうなったら……」


 『レベル4』を出すしかない。発動中はキャンバスのリソースを全て使ってしまうので他の魔法が使えなくなる。敵の強さの底が計り知れない状況で使うのは危険だが、四の五のと言っていられない。


「むむ。さっきトリガーに使った空間ごと敵を斬る魔法、かな?うーん。それを出されちゃあ『ボク』も本気の魔法を使うしかないかな?」

「今の炎は本気じゃなかったって?」


 冗談じゃないと公平は思った。それでも口調だけは余裕のあるふりをする。弱みを見せてはいけない。飲み込まれてはならない。だがユートピアはそんな態度も嘲った。


「当たり前だろぉ?『ボク』からしたら魔女も人間も変わらない。等しくムシケラさ!そんな小物相手にこの『ボク』が本気を出すと思う?」

「……コイツ相手なら本気出すんだろ?『レベル4』!」


 『歪な刃』が研ぎ澄まされ、『黒い刃』へと姿を変える。それを目の当たりにしたユートピアの口元が歪んだ。手を銃の形にして公平に向ける。


「『動き出せ』」


 公平は構わず『刃』を大きく振りかぶった。これで終わらせる。ユートピアの詠唱よりも一瞬早く振り切る。『刃』の軌跡の通りに空間を切り裂いた。しかし彼女は直前に跳びあがって攻撃から逃れていた。


「なっ……!」

「それもう見た」


 先ほどのユートピアの言葉を思い出す。トリガーとの戦いを彼女は知っていた。彼女は洗脳の魔法の真の術者。トリガーの目を通して公平との戦いを観察していたのだ。だからこそ『レベル4』の性質を理解しているし、その対策も出来ていた。


「せっかく教えてあげたのになあ。『ボク』はその魔法を知っているよって。ま、ムシケラの脳みそじゃ無駄だったかな?」


 ユートピアの指鉄砲は未だ公平を狙っている。呪文の後半部分を唱えられ、魔法が発動する。


「『UTOPIA』」


 彼女の指から放たれる黒い光が公平に向かってくる。


(ダメだ)


 公平は心の中で思う。回避も防御も間に合わない。

 終わりを覚悟した時、何か強い力が攻撃の当たる直前で彼を押し飛ばした。


「ゴメンね」


 エックスの足が公平を蹴っていた。

 直後エックスの身体が黒い光に包まれる。彼女の胸の内にあったのは後悔だった。敵の主戦力はソード。彼女以上の使い手はいない。誰が黒幕であろうと彼女より強いということはないし、ワールドとローズと協力できればどうとでもなる。ヴィクトリーまで助け出すことが出来れば負ける要素はない。そう考えてこの作戦を実行した。

だが現実はそうはならなかった。自分の知らないところで、かつての自分と同等の力を手にした魔女が現れていた。その可能性を想定できなかった自分のミスである。

 薄れる意識の中で、薄れる視界に、公平の姿が見えた。気絶しているようだったが、それでもちゃんと生きている。エックスは小さく笑った。

公平は世界最強の魔法使いだ。ユートピアの存在がエックスの想定外だったように公平と言う人間の存在はユートピアに対するカウンターになる。だから公平が居れば絶対にどうにかする。きっと、大丈夫だ。


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