「剣」と魔人⑮
「……うっ」
意識を取り戻したファルコが見たものは自分の隣で意識を失っているスタッグであった。光の縄で縛り上げられている。彼自身も同じ状態だと少しして気付いた。
「な、何をやっている!?おいスタッグ!ふざけるな!冗談はよせ!起き……」
「当分起きないさ。残念だったな」
その声に顔を上げる。杉本と吾我の二人が彼らを見下ろしていた。
「貴様ら……。何の真似だ?殺さないのか?」
「ああ。今でもお前らの事は憎いが、な」
ローズに魔法を教えられている中で彼女の性格が影響したのかもしれない。キングとジャックを殺された怒りも恨みも消えなかったが、殺意だけはなくなっていた。
一方でファルコはわなわなと震える。あの時、スタッグが『オーバーヒート』を使った気配はなかった。やり場のない怒りはそこへと向かう。
「……この無能が。スタッグ!貴様は何をしているんだ!『オーバーヒート』さえ使えば一人くらいは倒せただろう!」
眠ったままの兄を罵倒する。反応はない。先に負けた者とは思えない態度に杉本は思わず笑いそうになる。吾我は淡々と言った。
「そうなったらそうなったで、別のやり方で倒すだけだ。悪いな」
「……バカな。僕たちは母さんの元で十年修業を積んだんだ……。こんな、付け焼刃で負けるはずが……!」
「さて。どうしてだろうな」
吾我はそう言ってとぼけた。だが、本当の所はローズから聞いている。彼女は魔法を教える時最初に敬語を使うことを強要し、その次に別の事を指示した。
『いい?コレは師匠としての命令よ。貴方たちは師匠のアタシより強くなりなさい?』
ソードは本質的には子供たちを、魔人を信用していない。万が一にもあり得ないことだがもしも自分より強くなってしまったら反逆される恐れがある。だからある程度強くなってからは本気で指導することを止めていた。
だがローズは違う。自分より強くなったって構わないと思っている。むしろ嬉しいくらいだ。だからずっと、本気で修業をつけていた。手を抜いた数年よりも真剣に向き合ったひと月弱の方が強い。それだけの事だった。
「……だが、まだだ。僕たちが負けても。母さんたちは負けない……!」
「それもどうだろうか」
吾我は小さく言った。一緒に来た者の強さを、彼はよく知っている。
エックスたちはソードの屋敷にたどり着いた。彼女の予想通りならば内部は異界化している。中に入っていけばきっと分断されてしまうだろう。
「この先に入れば、互いに助け合ったりは出来ない。だけど。大丈夫」
そう言ってエックスは扉を開いた。四人は同時に内部に入っていく。直後に曲がりくねったような魔法が全身を包むような感覚がした。果たして、それぞれが別々の空間に転送される。
エックスが送られてきたのは誰もいない部屋。ドアを開けようとするも動かない。試しに蹴りぬいてみた。向こう側は真っ黒の世界。この奥に入ればどうなるか分からない。暫くすると扉が元の状態に戻った。適当な場所へ通じる裂け目を開いてみる。見えるのはてんで見当違いの場所。脱出だけならできるがそれだけだ。
「まあ。こうなるだろうね」
だが、エックスには切札がある。公平の事を強く想って、裂け目を開いた。愛と絆の力が自分を連れだしてくれる。裂け目の向こう側で彼女は公平の戦いの終わりを見た。
公平は森の世界にいた。魔法で浮いているので木々は足元に見下ろす形になる。入った直後に銃弾が放たれた。公平は咄嗟に『レベル2』を発動させ防ぐ。宙に浮いた自分よりも少し低い高さから、嘲るような翡翠の瞳が見上げている。森を踏みつぶして聳える巨体は拳銃のようなものを、引き金を支点にして回転させてみせる。
「トリガー!」
「さて……始めようかしら!」
一つの街の1/3を焼いた魔女。エックスの魔法を持つ五人の一人。
「『荒神の引き金』」
その手が翡翠色の装飾の入った長銃を掴む。公平は『勝利の鎧』を纏うと、『レベル2』の壁の中に飛び込んだ。そして、もう一つ。
「『レベル3』!」
トリガーの銃が放つ攻撃を『刃』が喰らう。完全な魔法防御の鎧と、敵の魔法を喰らい強くなる剣。この組み合わせは、ランク98のキャンバスを得た公平の基本戦術の一つになっていた。魔法攻撃が効かないことを理解したトリガーは『引き金』を解除する。今この瞬間彼女は無防備。『刃』の封印を外し、思い切り振りきる。
「うおおおお!」
斬撃がトリガーを目がけて飛ぶ。一瞬、彼女の口元が歪んだ。同時に解除したはずの『引き金』が再びその手の中に現れる。
「ざぁんねん!早撃ちは得意なんだよね!」
放たれる連射が斬撃と相殺される。煙の向こうからトリガー自身が公平に迫る。既に『引き金』は放棄していた。迎撃は間に合わない。巨大な拳が公平を殴りつけ、地面に墜落する。
「……くっ、あ」
鎧が無ければ死んでいた。彼は今、トリガーのすぐ足元にいる。左手にある『レベル3』は喰らった魔法の力を使い果たしていた。『レベル2』は魔法以外の攻撃に対しては何の意味もなさない。巨大なブーツが土煙を巻き起こしながら持ち上がり、公平の頭上に掲げられた。トリガーはその姿を鼻で笑うとそのまま足を落としていく。だが。
「これで大人しく踏みつぶされるかよ」
この程度の事ならばエックスとの特訓で吐いて捨てるほどにあった。ふらふらになりながらも立ち上がり、迫りくる靴裏を見上げる。
「最強の魔法使いを舐めるな!」
右腕でその一撃を受け止める。トリガーはこの現実に目を丸くした。これ以上足を下せない。公平はそのままの勢いで彼女を持ち上げて、投げ飛ばす。
「なっ!なっ!?」
トリガーは驚愕しながらも木々を手で押しつぶして身体を支え、腕の力だけで跳ね上がり立ち直る。
ぜいぜいと公平の息が荒くなる。間一髪であった。魔女との戦いは一瞬間違えただけでゲームオーバーだ。
公平がナイトと戦った時。魔力で強化しただけの身体で彼女を転ばせたことがある。アレもまた無意識に発動した『魔力の掌握』による力だった。魔力操作のスキルが上がれば身体強化も精度が上がる。魔女の身体を持ち上げて放り投げるくらいの事は出来る。
だけど、と公平は思った。トリガーの瞳には先ほどまでの遊びの色はなくなった。もうあんな奇策は通用しない。『レベル2』による防御は意味を成さない。相手はもう魔法を使ってこないからだ。必然的に『レベル3』も無意味である。魔法を喰らわなければ威力の出ない魔法ではもう戦えない。つまり。
「やるしかない……!」
トリガーが走り出す。頭に浮かんだのは『レベル4』。特訓中は制御出来た。だがまだ魔女の身体に当てたことが無い。その危険性を熟知しているからこそ誰かに当てることは出来なかった。
『レベル3』を持った手を前に出す。トリガーを睨んだまま後ろへと下がる。エックスの話が正しければ、彼女もまた魔法で操られている可能性がある。言ってしまえば被害者の一人。出来れば使いたくはなかった。だが最早手段は選んでいられない。勝ち方を選ぶ余裕はない。まずは勝たなくては話にならない。
「『最強の刃・レベル4』!」
『レベル3』の刃の先に黒い輪が生じて、柄の方へと回転しながら進んでいった。それに伴って歪な形をした刃は細く研ぎ澄まされていく。完成したのは『黒い刃』。
『レベル4』の発現とほぼ同時に、トリガーは地面を蹴りぬいた。地面が浮き上がり津波のような黒い土の壁が襲いくる。公平は思い切り刃を振り抜いて土の壁を真っ二つに切り裂いた。
「はっ!?」
トリガーの姿がない。反射的に上を見上げる。上空から巨体が勢いを付けて落ちてくる。魔力強化+落下の力で強化された飛び蹴り。さっきの踏みつけなんかとは力の桁が違う。アレを受け止めることは不可能だ。深く息を吐いてトリガーを睨み、彼女に向かって振り抜いた。
『刃』は空を切った。だが公平の瞳に映る軌跡は、確かにトリガーの身体を切っている。その光景と同じように、トリガーの腹部は切り裂かれ、血が雨のように流れた。斬撃の勢いで彼女の巨体はあらぬ方へと落ちる。
『最強の刃・レベル4』は空間そのものを斬る刃。対象が誰であろうとどんなに離れていようと、公平の瞳に映る限りは射程圏内。彼の見たままに空間ごと敵を斬り裂く。
本来は空間ごと完全に切断する威力を持っていた。ソードに対する殺意がそのまま形になったような性能。魔女の身体ですらも真っ二つにしてしまう必殺の一撃だった。だが完全に使いこなした今は違う。
「う、う……」
トリガーの意識はまだ辛うじてある。服は裂け、肩から胸へと続く大きな傷も切断されたような痛みも与えた。だが完全に切断はしない。殺しもしない。そういう魔法へと昇華していた。
裂け目が開いてエックスが現れる。倒れているトリガーと健在の公平の姿にほっと胸をなでおろす。
「うん。よし。合格!」
エックスは公平を見下ろしてVサインをして見せた。
公平はその場でへたり込んでしまう。エックスに笑って返すのが精いっぱいだった。