「剣」と魔人⑭
「行こうか」
エックスは魔女の世界へと続く裂け目を開いた。ナイトと朝倉は昨日話したようにこちらに残ることになる。エックスは公平とミライを、ローズは吾我と杉本を手に載せ裂け目の向こう側へと進んでいった。その先で。
「っ!」
「地面がない!」
エックスとローズは落ちていく。想像通りにソードは空間を歪めていた。ワールドの時と同じように魔女の世界に入った瞬間に異変が起きた。
とはいえ二人は魔法が使える。咄嗟に手に載せた仲間を握りしめて、浮遊の魔法を発動させた。その瞬間に猛スピードで魔女たちの間を何かが通り抜けた。
「来た」
「ええ。来たわ」
魔女の目は当然のように高速起動体を追いかける。その正体は二人の魔人。ファルコとスタッグだ。
ローズは手を広げた。それに伴って吾我と杉本が外へと飛び出す。
「じゃあ任せたからね!」
エックスはソードの屋敷に向かって飛んでいく。ローズは追いかけようとして、一回止まって、振り返った。
「いい?負けちゃダメよ!あ、でも。もし万が一負けそうなら負けてもいいわ!その代わり絶対死んじゃあダメよ!」
吾我と杉本は苦笑いした。こんな時にもローズは相変わらずで。
「いい!死ぬくらいなら逃げたって……」
「うるさいぞ師匠!」
「ちょっとくらい弟子を信じて下さいよ」
それを聞いて、ローズは俯いた。どうしたって心配ではあった。だけど──と、顔を上げて「頑張って」と言い残しエックスの後を追う。
ファルコは彼らのやり取りを笑いながら眺めていた。
「全く……どこまで呑気なんだアナタたちは。負けるな?死ぬな?どっちも無理ですよ。彼女が離れた時点で。もうアナタたちの勝機はない」
「ローズが居たってお前らとは戦わないさ」
「人間を傷つけるのが嫌いな魔女ですからね」
杉本の言葉に、ファルコの隼の目が一瞬歪む。
「人間?ハッ。やれやれ。舐められたものだなあ。この前何もできなかったくせに」
「試してみますか?この前何もできなかった僕と。今の僕は違いますよ?」
ファルコは小さく奥歯を噛み締める。吾我は彼を嘲る杉本を制する。
「優。ファルコは俺の獲物だ」
「ああ。そうでした。まあ。あんな弱い鳥男仕留めても自慢にもならないですし。吾我さんに譲りますよ」
「……何?」
この時。スタッグは何か嫌な予感がした。ファルコを挑発する意味が分からない。これは前回のリベンジマッチではないのか。相手が違う。これはまるで、杉本がファルコと戦いたがっているような。
「ファルコ。リーダーの吾我レイジはお前が」
「スタッグ。特別だ。ヤツはお前に譲る」
「……何?」
「二度言わせるな。あの生意気な雑魚は──」
ファルコの姿が。消える。
「僕の獲物だあ!」
「『ハリツケライト』!」
杉本の周囲360度を取り囲むように『杭』が発生する。ファルコはそれを掻い潜りながら迫る。突き付けられる鉤爪を杉本は紙一重で躱し、その腕を掴んで地面に投げ落とす。『杭』を避けながら進むことでスピードは大きく落ちたのである。
「そうだ……。お前の相手は僕だ!」
ファルコは旋回しながら安定飛行に戻る。杉本は裂け目を開いて地面に移動し駆けだした。空を舞う魔人は彼を追いかける。
「さて。邪魔者はいなくなった」
「……これがお前らの作戦か」
スタッグは気付いた。確かにこれはリベンジマッチ。だが以前負けた相手に勝つのが目的ではない。魔人である二人を確実に倒すための作戦だ。
「煽りやすいヤツだ。簡単に乗ってくれたよ」
「フン。だが、あの男にファルコを当てたのは失敗だ。アイツは、俺より強い」
「どうかな」
吾我は斧を手に取る。
「ファルコ、か。なるほど。アイツの言った通りだ」
昨日の作戦会議で公平は言った。『ファルコは弱い。魔人の中で一番簡単に倒せるのは、きっとアイツだ』
『前に戦った時もそうだったけど。アイツ簡単に挑発に乗るだろ。すぐに頭に血が上って冷静じゃあなくなる。その瞬間にヤツの攻撃は単調になる』
話に聞いた通りであった。簡単にファルコは杉本を標的にした。上空から放たれる羽の散弾を『杭』でくい止める。
「逃げてばかりか!それでよく僕を倒すなんて言ったなあ!?」
それでもなおファルコが有利なのは事実だった。一方的に制空権を奪い超速度で地面を狙い撃つ。ローズに飛行の魔法を教わってはいるが、空中戦を挑むのは不利でしかない。逃げてばかりでは追い詰められていくだけ。杉本は突如走りを止め上空を見上げる。手を伸ばして魔法を唱える。
「『バララ・ギ・ハリツケライト』!」
ファルコの真上に巨大な魔法陣が広がる。そこから『杭』の雨が降り出した。通常の『ハリツケライト』でも複数の『杭』を展開できる。だが『バララ・ギ』というウィッチ流の魔法で言う『多重』を意味する呪文を付与することでより効率的に発動可能なのである。
しかし。
「冗談だろう?さっきのと何が違うんだ!?」
ファルコには変わらない。高速で動く魔人の身体は容易く『杭』の雨を掻い潜る。僅かにでも受ければ動きを封じることができる。当たれば必殺の魔法。だが当たらなければ無意味だ。
「……くっ!」
杉本はその場に膝をついた。同時に魔法陣が消える。ファルコの瞳はその瞬間を逃さなかった。一気に降下して、足の鉤爪を向ける。
「さあ!狩りはコレでお仕舞だ!」
杉本は辛うじて立ち上がり敵を見上げる。両腕を交差させてその攻撃を受け止める体勢を整える。
「はっ!」
ファルコのスピードは最高潮に達していた。自分自身でも止められなくなるほどの速さ。その腕が輝く『杭』を装備していようと、だ。
ファルコの一撃は杉本の腕、よりも先に『杭』にぶつかる。魔力により身体を強化しようと杉本は大きく吹き飛ばされた。
「……やれやれ。腕がちぎれるかと思いましたよ」
痛みをこらえ立ち上がり、顔を見上げる。翼を羽ばたかせて必死に動こうとするファルコの姿がそこにあった。
「……さて。どうします?スタッグみたいに足を引きちぎりますか?アナタの素のパワーで。アナタの回復能力でどこまでできるか」
「舐めるなよ……。それくらいは」
「へえ」
杉本は続けてファルコの翼に『杭』を打ち込んだ。これで敵はもう飛べない。
「くっ!くそ……!」
「『オーバーヒート』とか言うのを使います?別にいいですけど」
更にファルコの腕に『杭』を打ち込む。完全に敵の身体は磔にされた。最初に捕まった瞬間に足のダメージを無視して脱出していればよかったのだろう。こうなってはもうどうにもならない。
その気になれば、初撃を躱した瞬間にファルコを捕えることが出来た。だがあそこにはスタッグが居た。助け船を出されてはかなわない。
「クソ!クソォ!『オーバーヒート』!」
「『ギラマ・ジ・ハリツケライト』」
不死鳥のように燃えるファルコの両翼と四肢に『杭』を打ち込む。他の『杭』は燃え尽きても、新たなだけはどうにもならなかった。
「な、なんだ……!何だこれは!?」
「『オーバーヒート』を発動させれば、魔人の能力は一気に上がる。当然身体能力と回復能力も。僕たちはそう想定していました」
そうなれば。さっきの磔の状態から無理やり脱出し、一気に回復して襲い掛かることも出来たかもしれない。それを封じることも勿論考えていたのだ。
「僕が用意するべき魔法はたった一つ。『オーバーヒート』の状態だろうと完全に磔に出来る最強の『杭』だ」
ファルコの瞳は大きく見開いた。杉本の姿がそこに映る。
「……ところで。アナタ以前ぺらぺら喋ってくれましたね。『オーバーヒート』の弱点」
ファルコの身体から炎が消えていく。
「『オーバーヒート』は花火だ。ほんの一瞬燃えて、そしてそのまま消える」
そして。以前『オーバーヒート』を発動させたスタッグは暫く魔人化もできなかった。それは、つまり。
「反動で、もう暫く魔人の身体にはなれない。アナタの負けだ」
ファルコの悲鳴が響いた。人間の身体に戻り、四肢を『杭』で貫かれた痛みが襲い掛かったのだ。
「……!」
スタッグの視線はどこか遠くを見つめていた。それに吾我は気付いた。斧と剣で競り合い、互いに示し合わせたように飛び下がる。
「気になるか?弟が。だったらお前も『オーバーヒート』を出せ」
吾我の言葉に一瞬目を細める。分かっている。敵の狙いは『オーバーヒート』の反動で魔人化を解除させ、無力化させること。彼の発動させる武器は以前よりずっと強くなっていた。魔人の身体でもまともに打ち合えばただでは済まない。超速回復能力が無ければ既に死んでいる。ここで吾我を仕留めるにはスタッグも『オーバーヒート』を使わなくてはならない。
「……無理だな。アレを使えば反動で暫く……」
その時、ファルコの『オーバーヒート』が発動した。
「……ハッ。向こうは流石に優秀な後輩だよ。もうファルコを追い詰めた」
「バカな……」
問題なのはそれではない。杉本が未だに健在であることだ。万全の状態であれば『オーバーヒート』の発動から一秒未満で敵を仕留められる。そうでなくてはならない。あの状態はそう長くはもたないのだから。
暫くして魔人の気配も消え、ファルコの悲鳴が微かに聞こえた。スタッグの腕が小さく震える。
「さあ。もう一度聞こうか。どうする?俺はどっちでもいいぞ」
「ここで『オーバーヒート』を使えば、杉本優は殺せない……!」
圧倒的に距離が足りない。吾我を仕留めることが出来ても、ファルコを助けには行けないのだ。この状況で彼を救うには、このまま戦わざるを得ない。スタッグは覚悟を決め、目の前に敵を睨む。
深く息を吐いて、一気に地面を蹴る。吾我はカウンターのように呪文を唱えた。
「『ギラマ・ジ・オレガアロー』!」
放たれる光の矢。スタッグは両腕でその一撃を受け止める。
「……くっ!」
魔人のパワーで一歩前に出る。だか前には進まない。矢の勢いがあまりに強く、進んだ傍から押し返されるからだ。
「くそ……」
やがて──。
「くっそおおおおおお!」
矢が一気に吹き飛ばしていった。震える身体を無理やり立たせようとするスタッグは既に人間の身体に戻っていた。一歩一歩前に出る。吾我に向かって。その先にいる弟に向かって。
「俺が──」
スタッグは吾我の元にすらたどり着くことなく倒れこんだ。
吾我の息は荒くなっていた。少しだけ、最後の瞬間は少しだけ焦った。弟を守るという執念が意識を吹き飛ばしてしまいそうな痛みを無視して動く力をスタッグに与えたのだ。だが、それでも結果は。
「俺の……」
いいや──。
「俺たちの勝ちだ。魔人」