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未知との出会い  作者: En
第三章
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「剣」と魔人⑫

 公平は魔女と戦っている。上空が舞台の戦闘だった。魔法により自由に宙を駆け、的確に攻撃を当てている。


「『レベル4』!」


 これで決める。エックスと創り出した必殺の一撃。公平は一気に加速した。

 その瞬間、魔女が不敵に笑った。サッと手を振った瞬間、身体を浮かす力が消失する。

 落ちていく。飛行の魔法を打ち消された。慌てて再度発動しようとするも上手くいかない。地面がどんどん近づいていく。こんな形で死ぬ?公平の悲鳴が響いた。


「うわあああ!」


 そこで、目覚めた。息が荒い。すうすうという音に振り替えるとそこには大きなエックスの寝顔。すぐそばに彼女の手がある。昨夜そこで眠っていて、寝返りを打ったせいで落ちたようだった。


「……夢でよかったあ」


 思えば、こういう戦い方を魔女がしてこないとは言い切れない。急に、空を飛ぶのが恐くなった。

翌朝。その夢をエックスに話してみる。彼女はけらけら笑った。


「そんなしょうもない戦い方しないしない。どうせすぐ飛行魔法を発動しなおされるし。やるだけムダじゃんか」

「そういうもんかなあ。俺めっちゃ恐かったんだけど。もう飛べないかも」

「あははは。大げさだなあ」


 言うとエックスは公平の身体を掴んだ。


「あ?」

「ぽーい」


 下手投げでベッドの上から公平を放り投げる。放物線を描いて上昇し、頂点で一瞬止まる。そして。


「うわああああ!?」

「飛べるって。大丈夫大丈夫」


 エックスはあっけらかんと言った。だが公平にはただ事ではない。飛べ飛べ浮かべ浮かべと念じているが、まるで魔法が発動しない。床はどんどん近づいてくる。このままだと死ぬ。


「『裁きの剣』!」


 咄嗟に『裁きの剣』を発動させ、地面に向かって思い切り斬撃を撃った。衝撃で公平の身体は浮かび上がり、ベッドの上に帰ってくる。


「え、え、エックスお前なあ……」


 カタカタ震える公平を、エックスは怪訝な表情で見つめる。


「……大丈夫、じゃないの?もしかして」


 コクコクと公平は首を縦に振る。所謂イップス。即ち、彼は飛べなくなってしまったのである。


「うーんどうしようか。空飛べないんじゃ魔女と戦えないよ」

「そんな……。こんなことで飛べなくなるなんて……」


 公平は俯いた。このままではエックスを守ることができない。情けない。たかが恐い夢を見たくらいで。

 そんな姿をシュンとした表情で見つめるエックス。少し考えて解決策を模索する。ピースの形で手を掲げた。


「公平が飛べるようになる方法。ぱっと思いつくだけで二つある」

「二つ?」

「一つは時間が解決してくれるのを待つ。もう『レベル4』は完成したんだ。急ぐことはない。ソードに戦いを挑むまでに治ることを祈る」


 公平はエックスを見上げた。


「……もし治らなかったら?」

「置いてく」


 再び顔を落とす。それはイヤだった。エックスと一緒に戦いたかった。


「……じゃあ。もう一つ。あんまりオススメしないけど」

「なんでもやるよ。俺は一緒に行きたいんだ」


 その言葉にエックスは不安げな顔で「本当に?」と返した。




 とある旅客機が雲の上を飛んでいる。雲の切れ間から見下ろす町並みはミニチュアの模型みたいに小さい。


「……あれ?」


 飛行機が海の真上に来た頃に、乗客の誰かが気付いた。何かが垂直に下から昇ってくる。だんだんと大きくなっている「それ」は現在彼らが乗っている旅客機よりずっと大きい。もうひとつの問題として、このままだとぶつかる。

 機内には少しずつパニックが広がった。人型の巨大な物体。あれがぶつかったらどうなるのか。高度一万メートルから落ちたら死ぬに決まっている。

 そして。それはついに彼らのすぐ近くまでやってきた。


「うわあ!」


 あんまり周囲の様子を確認せずに飛んできたエックス。すれすれに近づいた飛行機はエックスの身体が通り抜けた気流の乱れで体勢を崩した。


「あ、あっぶなっ!」


 エックスは無意識にそれの頭と尻尾を手に取る。大きく広げた腕の間。ほっと一息ついてふと思った。


「あれ……?これ離して大丈夫なのかな?」


 飛行機は必死に前に出ようとするが、エックスの自然に腕を広げているだけの力を前にびくとも動かない。完全に速度を失ってしまった。ここで手を離されたらただ落ちるだけだ。

 そんなことは分からないエックス。物は試しと手を離してみる。当然のように飛行機は落ちていく。中の狂乱は最高潮となった。


「おっとっと」


 一方のエックスは呑気な声で再び飛行機を掴む。このままだと落ちることは分かった。


「……仕方ない。目的地まで連れて行ってあげよう。公平ちょっと待っててねー」


 エックスの服のポケットの中。公平は酷く震えていた。高度による寒さのせいではない。それは魔法でどうにかなっている。問題なのはここから二人でスカイダイビングするということ。当然パラシュートのような装備なしで。魔法で頑張ろう!と彼女は言った。なんでもするとは言ったが、ここまでやるつもりはない。


「さあ行きましょー!……どこに行けばいいんだろう。まあ空港に行けばいいんだろう。今この高度で進行方向はあっちだったから……」


 そう言いながら自分のカンに従って飛行機ごと飛んでいく。目的地に、目的の時間で到達したのは殆ど奇跡であった。




「マジでやるの……?」

「やる。このためにいろんな人に迷惑をかけてしまったんだ。今さらやらない理由はない」


 再びやってきた高度一万メートルの空。真下にあるのは雲。その先には海が広がっている。この高さは修学旅行で飛行機に乗った時くらいしか経験はない。今日は生身の身体。魔法で身体を包んでいて、寒さ対策をしているとは言ってもそれだけだ。どんなに身体を強化しても海面にたたきつけられたら公平は死ぬ。


「え、エックスは恐くないの?」

「恐いよ。だって落ちたら公平は死んじゃうしねー」


 『ボクは平気だけど』という声が聞こえた気がする。実際のところ、彼女はこの高さから海面にぶつかってもけろっとしているだろう。


「エ、ックスが平気なら。俺だって……」

「よしよし頑張れ。後からボクもついていくからね」


 言いながら手のひらを大きく広げた。その淵に公平は歩いていく。下を見下ろす。雲に覆われていて、その先は見えない。ここから飛び降りたら。最悪の場合は助けてくれるだろうけど。だけどもし万が一。

 最後の一歩がなかなか踏み出せない。ついこの間まで平気な顔で飛べていたのに。


「早く行きなさい」


 そういうとエックスは手のひらをくるりと反した。急に地面がなくなって。公平は大空の中に放り出される。


「うわああああああ!?」

「ホッと」


 その身に纏う浮遊の力を解除して公平の後を追った。正確には落ちる方向に力を向けている。彼女は身体が大きい分、受ける空気抵抗もずっと大きい。自然な状態では落ちるスピードが遅い。追いつくためには少し細工をする必要があった。


「おーい。平気かーい」

「あああああ!」

「おー。元気そうだねー。てっきり失神しているものかと」

「あああああ!」

「あれ……。錯乱してる……?」

「だああああいいいいい」

「だい?die!?待って待って!諦めるのが早い!」

「じょおおおぶうううう」

「ああ。大丈夫?なあんだ」


 エックスは呑気に言った。しかし公平は必死である。とっくに雲を通り抜けて、海はどんどん近づいてくる。だというのに。何もできなければ死ぬというのに。どれだけ飛ぼうと思っても上手くいかない。

 エックスにも理解できていた。彼の状態は普段とはまるで違う。魔力の流れが乱れている。飛ぶときだけこうなるようだった。この決死の状況でも変化はない。泳ぐようにして公平の真下に来る。それからくるりと仰向けになった。


「な、なにを」

「言っておくけど。流石にボクだってあの高さから落ちたら死んじゃうからね」

「え……」

「けどまあ。ボクの身体がクッションになったらもしかしたら。公平は助かるかもね」


 無理だろ。そんな言葉が出そうになって止まる。そんなことより言うべきことがある。


「じゃあ飛べよ!俺なんかどうでも……」


 そこで言葉が止まる。彼女は何も言わずに、バツが悪そうに笑っていた。それを見てしまった時、公平はダメだと理解してしまった。ここで何を言おうと彼女は飛ばない。自分と一緒に落ちていくつもりだ。


「く、く、くう!」


 必死に手を前に伸ばして。身体を少しでも先へ先へと進ませる。エックスはせっかちで彼が来るのを待たない。大きな手が伸びてきて彼を捕まえて、その胸に抱きよせる。


「大丈夫?」

「大丈夫」


 公平は目を閉じて魔力を集中させる。エックスは横目で下を見た。あと一分もしないうちに海に落ちてしまうだろう。だが、公平は大丈夫だと言った。だからきっと大丈夫だ。


「『飛べ』」


 変化はない。


「『飛べ』!」


 何も起こらない。


「『飛べ』ってんだよバカ野郎!」

「あ」


 突然エックスは懐かしいような気分になった。そうそう、確かこんな感じだった、と。


『いやだー!ウソツキー!バカー!飛んでー!』


 そんなことを口走ったなと、可笑しくなってクスっと笑う。彼女が初めて飛んだ時もひどくドタバタしていた。今の公平はまさしくあの時のそれに近い。

 エックスの身体を風が包み込む。姿勢は直立になってそして少しずつ速度が落ちていく。胸から手を離してみた。そこで公平も一緒に、自分の顔と同じ高さまで昇ってくる。

 ぜいぜいと激しく息切れしている。その顔は酷く青ざめていて汗もだらだらと流れ落ちていた。


「アハハ。上手くいったとは思えない見た目だね」

「ホント。上手くいってなかったらと思うとぞっとする」


 エックスは公平を改めて手に取った。その顔を人差し指で撫でてみる。


「よろしい。多少強引だったけどちゃんと飛べるようになったね」

「……一つ確認させて」

「うん?」

「あの高さから落ちたってエックスは平気だよね?」


 よくよく考えたらそんなことでどうにかなるとは思えない。そして実際に。


「当たり前じゃん」


 あっけらかんと答えた。


「やっぱり……。なんか損した気分」

「損なんかしてないよ?」


 エックスは公平の身体を握りしめるとそのまま彼を放り投げる。


「ぽーい」

「うわああああ!?」


 くるくると回転する姿勢を魔法で整え、空に留まる。その状態のまま「何すんだテメー!」と叫んだ。


「ほら。ちゃんと飛べるようになった。何も損なんかしてないよ?」

「……ぐ、ぐううう。確かに」


 言いくるめられてしまった。嬉しいけれど悔しい。エックスが空を泳いで公平の傍に近寄る。


「これで改めて。ソードと戦えるね」

「……そうだね」


 公平は苦笑いを浮かべた。

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