「剣」と魔人⑩
「それで新しい魔法は完成しそうなのかしら」
「うん。もう大体完成しているよ。あとちょっと」
「でも最近特訓していないじゃない」
「いいの。これは必要なことなんだ。今は仕上げの段階」
「ふふ。まだそんな段階なのね。……もぐもぐ。アタシの弟子は二人とも新しい魔法をマスターしたわ。このままいくと魔女とだって戦えるかもね」
「それはすごいや」
エックスとローズの二人は魔法で人間大の身体を作ってラーメン富士に来ていた。一人も魔女がいないと危険なのでナイトは留守番である。どこかで埋め合わせはするつもりだ。
ローズは初めてラーメンというものを食べた。魔女の世界にはこんな刺激的な食べ物はなかった。
「ごちそうさまでした。はあ今日も美味しかった」
店主がぺこりと頭を下げる。
「いつもありがとうございます」
「こちらこそありがとう。……そろそろ富士山ラーメン解禁してくれない?」
「いや……それは。あれ?そちらの人……」
店主はローズの顔に何か思うところがあるらしい。彼女の方はそれに気付いて困惑している。
「どこかで会ったことありましたっけ」
ローズは首を横に振る。
「絶対どこかで見たと思うんだよなあ」
「あー。分かっちゃった。ナンパだ!」
「違う違う!違いますって!」
店主とエックスは楽し気に会話していた。そんな姿にローズは目を丸くする。
「いつの間にそんなにコミュニケーション能力が上がったの……」
「普通だよ普通。さあて出ようか」
エックスはそう言うと席を立ち店から出ようとする。あとに続くローズは名残惜し気に券売機を見つめた。
「おかわり食べたきゃ自分でお金を稼いで来なさい」
幽霊退治のお仕事で稼いだお金がエックスにはあった。おかげさまで懐が暖かい。かと言って油断して食べ物をいっぱい買ってしまうとすぐに無くなってしまう。ローズにご馳走するのはやぶさかではないが何杯も奢ってあげるつもりはなかった。
「いいなあ。アタシもこっちのお金が欲しいかも。……ねえ。弟子に修業を付けてあげるのにお金を要求するのはどうかしら?」
「多分吾我クンは払うと思うけどいよいよ本当に嫌われるんじゃないかな」
「そう。なら止めておくわ」
ローズはエックスの隣に歩いてくる。どこに向かうのかは分かっていない。
こうやってかりそめの身体でとは言え、歩いてどこかに行くのは久しぶりであった。疲れたような気持ちがあるけれど新鮮で楽しいかもしれない。
「あんまり人がいないのね」
「あんなことがあったからね」
異世界の魔女、ソードの攻撃。それによって某国の都市の三分の一が崩壊した。そのニュースは世界中に流れていき人類に衝撃と恐怖を与えた。
次は自分たちの番ではないか、そういった言いようのない不安が世界を包んでいて、そのせいか人通りも少なくなっている。
「ええと。ところで今どこに向かっているのかしら」
「うん。ちょっと公平の顔でも見に行こうかなって」
「弟子二号は高野って魔人サンと仲良くやっているみたいよ」
「そうだね。ボクともちょっとだけ話してくれるようになった。昨日は収入印紙について話したよ」
「なにそれ」
「詳しくは分からない。ボクはてっきり切手のスゴイヤツだと思ってた。公平も高野サンもそう言ってたしね。けど本当は違うんだって。吾我クンが教えてくれた。よく分からなかったけど切手ではないらしい」
「流石アタシの弟子だわ。かしこい」
急こう配の坂道を平気な顔で歩いて行きながら大学へと向かう。冬が近づいている。吹いてくる風は冷たかった。
「けど、魔人の魔法については詳しく教えてくれないんだよね」
「仲間の魔人に気を遣っているのかしら」
そんな話を続けている。やがて学校が見えてきた。
「ふうん。これが学校。思ったより大きいのね」
ローズは学校に通ったことがない。魔女は全員そういう経験はない。彼女たちの世界では学校に通えるのは名前を与えられた上級国民だけであった。
なんでもないような顔をしながらも、ローズはどこかわくわくしている。周囲をきょろきょろしてあたりを観察していた。
「そ、そういえば。勝手に入っていいものかしら」
「いいんだって。公平が言ってた」
公平自身もはっきり確証があるわけではない。多分大丈夫だろうと思っている。エックスはあっち、と指差す。そちらの館は公平が授業を受けている教室がある。授業中とはいえ人通りが少ないのはやはりソードの件のせいかもしれない。
理工学部の建物は改装されたばかりで綺麗である。白を基調にした内装でどこか研究機関的な雰囲気を醸し出している。
「ふわあ……。すごおい……」
「ええと。今日は303だったっけ」
エックスは慣れたような顔でローズの手を引っ張って階段を登っていく。三階まで行って、公平が授業を受けている教室まで向かった。音をたてないようにこっそりと扉を開ける。教室の机は三分の二ほど空いていた。
教壇に立つ教授は一瞬こちらを見たが特に何も言うことはなかった。公平の後ろ姿を見つけると静かに近づいて後ろの席に座る。ちょんとその背中を突っついてみた。公平が振り向くと二人の姿にぎょっとした。
「……え。え?なんで」
「来ちゃった」
「……そう」
色々理解を拒んで、公平は前を見る。途切れた集中を戻そうと黒板を睨む。エックスはそんな姿を微笑んで見つめた。
ローズは最初のうちは頑張って授業を聞いていたのだが、いつしか眠ってしまった。彼女には少し難しい内容だったようである。エックスは筆記用具を持ってきていないので、頭の中だけで授業内容を整理している。必死に黒板の内容をノートに書き写してどうにか付いていっている公平が気付いたらショックを受けるかもしれない。
授業が終わって改めて後ろに振り向いた。
「どうしたの急に?」
「様子を見に来たんだ。ちゃんとやってるかなーって」
公平の隣の席で田中も後ろを向いた。エックスと、その横で居眠りしているローズに怪訝な顔をする。
「授業は真面目に受けてるよ」
「それは何より。日常生活を普通に楽しく生きるのは大事な事だ」
「どういうこと?」
田中が聞いてくる。「あとこの方はどなた?」とくうくうと寝息を立てるローズを指差す。
「この子はボクの友達。日常生活云々は、魔法の特訓だよ」
『レベル4』は危険な魔法だった。あらゆるものを切断する力。魔法も魔人も、魔女も容易く破壊してしまう一撃。そういう形になったのは魔人やソードへの怒りや殺意のせいである。
公平が魔女を殺してでも倒すことを選んだのであれば、今のままでいい。だが彼はそれを良しとはしなかった。
「なら。まずは心の中でトゲトゲしている感情の方を何とかするべきだ。一回日常に帰って嫌なことを忘れよう。そろそろ一週間くらいかな?」
「ちょ、ちょっと待って。なんか大分物騒なお話じゃないです?」
田中はエックスの説明に困惑していた。公平が魔女との戦いに巻き込まれていることは知っていた。魔女の攻撃で街が焼けたのも知っている。だがそれでも。殺意に溺れそうになるくらいに追い込まれているとは知らなかった。
「いいだろ別に」
「いやいや。お前、さ。だって。そんなにお前が頑張る事ねえだろ。吾我レイジに任せておけって」
「弟子一号!」
吾我の名前にローズは反応して頭を上げる。その顔を見た田中は一瞬何かを思い出すように顔をしかめる。やがて大きく目を見開いて小さく震えた。
「ば、薔薇の女神……?」
「うん?」
「なにそれ?」
「知らねえのかよ!ほら!」
田中はスマホを取り出した。必死になって街を守ろうとした姿。それでも守りきれなかった悲しみに涙する姿。それらが色々なメディアで取り上げられたらしい。結果として本人もあずかり知らぬところでどこか崇められているような状況にまで上り詰めたようである。
「嘘じゃん……。何でこんなトコで寝てんのこの人」
「……つまりどういうこと?」
ローズは殆ど寝ぼけていて状況を整理しきれていない。
「つまり!めっちゃファンがいる人気者ってことですって!」
「……まだ夢を見てるのね」
そう言ってローズは再び机に突っ伏した。田中は青ざめている。色々と説明はしていたが、『薔薇の女神』の詳細は口では表現しきれない何かがあるようだった。
「こ、こんなトコにいていい人じゃねえぞこの人は……」
「ちょっと待って!ボクだってずっと頑張っているのに何でローズのが!」
公平は田中のスマホを覗き見てエックスについての感想を見つけ出した。
「えーっとね。……『どこかこわい』って書いてある」
「なんでぇ……」
エックス顔を落とした。
「うう……。そんな事言った人をいつか見つけだして分からせてやる……」
「そういうとこだろ」
公平は呟いた。