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未知との出会い  作者: En
第三章
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「剣」と魔人⑨

 高野は再び目を覚ました。そこは公平の部屋。数学の参考書が入った本棚やパソコンや漫画本が置いてある。一度ならず二度までも破れてしまった。吾我の想定以上の強さに混乱してしまう。


「ああ。起きたんですね」


 声の方に目を向ける。


「杉本優……」

「へえ。僕の事も知っているんですね」


 一瞬高野の身体から魔力が漏れ出すのを感じた。杉本はそれを遮る。


「よしましょうよ。僕は戦うのは苦手なんです」

「忘れたんですか。私は貴方たちの……」

「もう敵じゃあない。聞いた話じゃ貴女のせいで怪我人も出てないって言うし。ファルコは貴女を切り捨てた。情報を話せとは言わないですが戦う必要もないでしょう」


 杉本の言葉で高野は力の開放を抑えた。


「だったら。ここでアナタは何をしているんです」

「ただ話がしたいんです。吾我さんから聞いただけですけど、貴女はどこか他の魔人とは違う気がする」

「話すことなんて何も……」

「僕の話をしたいんです。もう知っているかもしれないけど」


 高野は静かに杉本の話を聞いていた。概ね知っていることではあった。ワールドという魔女に攫われたこと。自分と仲間の命を賭けて魔法を習得させられたこと。死の恐怖と血の匂いだけがその時の杉本たちの日常だった。

知識として知っていることと実際に経験した話を聞くのとでは違う。少なくとも高野はそう感じた。


「正直に言えば。忘れたい記憶ではあります。事実、あの時一緒に帰ってきたみんなは、魔法の事なんか忘れて普通に生きていこうとしています」


 だが杉本は魔法と一緒に生きていくことを選んだ。この力で出来ることがきっとあると信じた。


「この話を誰かに聞いてほしかった。誰かとこの過去を共有したかった。みんなはもう忘れようとしているから話すことなんかできません。他の人は話したところで分かってくれない」

「……私は違うと言いたいんですか?」

「何となく。そんな気がしたんですよ」


 言うと杉本は立ち上がった。高野はそれを見上げる。


「それじゃあ。僕も特訓がありますから」


 無防備に背中を晒し、扉へ向かって歩いて行く。今なら。簡単に殺せる。首一つ持って帰れば、もしかしたらファルコやソードは自分の事を許してくれるかもしれない。そう考えながらも、その手を動かすことは出来なかった。

 その代わりとして。


「待って!」


 声をかけた。杉本はそれに視線を向ける。




「俺の考えが正しければ」


 吾我は言った。その場にいた公平やエックスの視線が彼に向けられる。


「魔人の、彼女の両親は死んでいて、それにソードが関係している」


 公平の目が見開かれた。


「うん。そうかもね」


 更にエックスを見上げる。


「そ、そうなの!?」


 二人の視線が突き刺さる。どこか呆れたような目である。


「お前……」

「ああ。そうか。公平はミライちゃんの話聞いてなかったっけ」

「ミライの話?」


 エックスの手の中に居たので全く聞こえていなかった。そしてそれ以降教えてもらっていなかった。


「あの子何歳か知ってる?」

「16歳くらい?」

「肉体はそうだね」

「人間世界での法的な年齢は6歳だ」

「嘘つけえ!?」


 事実である。彼女は今年、ヴィクトリーによって人間世界から魔女の世界に連れていかれた六歳児だ。そちらの世界で時間の流れる早さがズレた空間で育った。内部の十年は外側のひと月。よって彼女の年齢は、戸籍上はまだ六歳である。


「そんなのあんの……。ずるくない?」

「ソードも同じ空間を使ったんじゃないかな。中に子供を入れて育てた」

「その時親を殺したか、或いは……」


 公平の部屋から杉本が出てくる。吾我の予想が正しければ彼は高野と近い境遇にある。だからこそ、二人を会話させれば何か進展があると考えた。


「成果はあったか」


 杉本は一瞬目を落とした。高野に言ったように、本当は自分の事を話したくはなかった。彼にとっても忘れてしまいたい過去だった。だが手段は選んでいられない。何をしてでも魔人も魔女も倒さなければならない。その為に使えるものは何でも使う。その目と吾我の目が見つめあう。


「ええ。一応は」




 魔女ウィッチがソードに手土産として渡した六人の人間。三組の男女。ソードはそれらに子供をつくらせることを思いついた。

かつてワールドが実験的に作った時間の流れがズレた空間魔法──『乖離の世界』。人間を入れて中の時間を100年に設定すれば食料や水がもたず、一か月後には自動的に勝利するということを考えて作った。だがこの魔法には二つの制限があった。一つは発動者である魔女も一緒に入らなければならないということ。もう一つは一度入ったら時間が終わるまでは出られないということ。

仮に全人類と『乖離の世界』で一緒になれば結局自分の魔法や身体で蹂躙することになる。そう考えたワールドは実践には用いなかった。どうせ踏みつぶしていくのだから同じことである。

魔女との特訓用にも使えない。どうせ寿命は幾らでもある。一か月に圧縮なんてしたら退屈な時間が増えるだけだ。

だが、人間世界の魔法使いを育てるために使うなら話は変わる。あちらの魔法使いが持つキャンバスは広がるのが魔女のものに比べて早い。これを利用すれば僅かな時間で充分な性能の魔法使いを鍛えることが出来る。

同じように人間の魔法使いを育てる必要のあったワールドは、彼らを順次戦線に投下することを考えていたのでやはり使用しなかった。長時間人間と一緒の空間に居たくなかった、というのも理由の一つである。

だが、ソードはこの世界を利用して自分のために戦う魔法使いを用意することにした。取り急ぎ必要な人数は三人。それだけ手駒が居れば十分だった。


「済まないな。私は最低だ。酷いことを強要している」


 三人産ませる。その為にならば人間相手に優しい顔もしてやれる。申し訳ないように見せてもやれる。設定時間は20年。それだけならば食料はもつ。水分は魔法で用意してやればいい。

 『乖離の世界』の内部は自然に満ちている。穏やかな風だけが吹く温暖な気候。生まれた子供を育てるには十分な環境だった。

手駒は大人より子供がいい。物心つく前に自分が親であると認識させれば簡単に洗脳できる。恐怖で縛り付けるより自由意思で強くなってもらいたい。その方が強くなれるからだ。

ソードが『乖離の世界』に入り、体感時間で二年経った頃、一人目の子供が生まれた。新しい命の誕生に感動したような顔をし、生まれてきたメスをあやすような真似をしてみせた。

適当な年齢に成長するまで、親である人間に育てさせることにした。流石に赤子を潰してしまわない繊細さは自分に期待できなかった。

その更に二年に二人目が生まれた。こちらはオスである。三人目は既に三つ目のグループの母親に宿っていた。

一人目が物心つく前に、彼女の親を外に出すと言って手の平に乗せた。瞬間握りつぶしてしまいたい欲求に駆られた。だがまだ他の人間がいる。彼らの目に付くところではそれは出来ない。


「ここでは、外への道を開くことは出来ない。悪いが少し移動する。……本当に済まない。ここで貴方たちの子供とはお別れだ」


 足元で他の人間たちが泣いている。子供は自分たちが面倒を見るなんて言っている。手のひらの上にいる二人は足元に向かって大きく手を振っていた。必死に自分の中で暴れる欲求を鎮める。ここで潰してしまったら全部水の泡だ。

 他の人間から見えない位置まで移動してから手の上の二人に微笑みかける。


「うん……。ここなら良いだろう。ここで。私ともお別れだ」


 人間が何かしら言っている。ソードはそれを無視して言葉を発した。


「ところで。私には一つ、隠していたことがある。実は、この世界から任意のタイミングで出る手段はないんだ。適切な時が来るまで出口は開かない」


 その言葉に、二人の人間は尋ねる。


「どういうこと?」


初めて、ソードは彼らの言葉をしっかりと認識して、返答する。


「こういうことだ」


 笑顔のままで手がゆっくりと握られていく。大きく見開かれた瞳を近づけて、抵抗虚しく潰れていくその姿をじっくりと観察する。悲鳴がソードの鼓動を早くする。骨の砕ける音が身体を熱くさせた。困惑が恐怖に最後に絶望になる姿に悦びを感じた。完全に手が閉じられて、隙間から滴る血に、ソードはほうと息をこぼす。


「いい……。気持ちのいい最期だったぞ」


 魔女に飼われて何世代か経た人間では絶対に味わうことの出来ない娯楽だった。

 二人目・三人目の子供が適当なところまで育ったので、父親を一人踏みつぶした。残りの三人に血しぶきがかかる。一瞬呆けていた彼らだったが、ソードが頭上に足をかかげたことで慌てて逃げ出した。

 笑いが止まらない。なんてノロマなのだろうか。わざとすぐ後ろに足を踏み下ろし恐怖を煽る。一人、女が転んだ。その身体に足を乗せる。力はまだ入れていない。ただ自然に立つだけ。それだけで足の下にいる虫けらは重みに耐えられず叫んでいた。何度かつま先を上げて落として、と繰り返してみる。足元から聞こえる微かな声と弱々しい抵抗、『乖離の世界』の穏やかさとはアンバランスな足元の惨状がソードの心を高揚させた。反応が薄くなったところで体重を乗せ、その存在を踏みつぶす。


「ああ……。しまった。遊びすぎたかな」


 残りは二人。ゆっくりじっくりと弄んでいたせいで見失った。もしかしたら木々の影に隠れているのかもしれない。それらを踏みつぶして探し出す選択肢もあった。だがソードにはもう我慢が出来なかった。彼女の魔力が世界全部を満たす。すぐに二人の位置を探知できた。全くバラバラの個所にいる。それぞれ別々に逃げだすことで少なくとも一方の生存確率を高める作戦だろうか。


「無駄なことを」


 クスクス笑いながら、ソードは目の前で右手を広げた。その少し上に二つ裂け目が開いて人間が落ちてくる。その顔を認めた二人から悲鳴があがる。


「ああ……。いい声で鳴くじゃないか」


 ソードはその手を少しだけ傾けてみた。二人は斜面に沿って落ちそうになる。悲鳴が大きくなって必死にソードの指にしがみついて落ちないようにと重力に抗う。


「ふふ。そうかそうか……。そんなに私の手が愛おしいか……」


 手の傾きは元に戻り、代わりに握りしめられていく。器用に手と指を動かして、一人だけ握りつぶした。骨が砕け肉が潰れる音。最期の声。耳を抑えても聞こえてくるそれらは最後の一人の心を破壊した。


「さて。残りはどう遊ぶか……」


 そこで、ソードは視線に気付いた。そちらに目を向けると、子供が一人。見られていた。いつから見ていたのだろうか。


「……まあ。どうでもいいか」


慌てることなく、笑いかけながら歩み寄る。慌てて逃げようとするもほんの少し強めに足を下ろせば、地面が大きく揺れて転んでしまう。左手でそれを摘まみ上げた。親役の人間は、この子供に『レン』と名付けていたはずだった。


「悪い子だ。見てはいけないものを見てしまったな」

 

 握りしめた右手をレンの目の前に近づける。その中に最後の一人が震えている。


「私は子供は三人欲しかった。最初は。だが今では、二人で良いかもしれないと思っているんだ」


 言いながら右手に力を籠めていく。今まで自分を育ててくれた人が、その中で潰れていく。


「どうだろう。どっちがいいかな。言う事を聞かない悪い子はいらないと思うな」


 一方的に、ソードは話を続ける。摘まみ上げたレンに向かって手を広げた。血と肉で真っ赤に染まった光景が広がる。


「舐めろ」


 レンは言われるがままにソードの手を舐めた。その顔が血の赤に染まる。この瞬間、彼女はこの子供に戦力的な期待はしなくなった。代わりとして、教育をさせようと。残りの二人がちゃんと動く手駒に育つように、レンには模範になってもらうことにする。

 同時に湧き上がってくる、指を離してしまいたい欲求は心のうちに抑え込んだ。




「はあ……はあ……」

「……なるほど。これが『レベル4』か」


 公平は手に握った刃を解除する。その斬撃を咄嗟に躱したエックスは、代わりに犠牲となったビルの惨状を見る。


「コレは。危ない魔法だねえ」


 斜めに綺麗に切断された巨大建造物。公平が発現させた『レベル4』はビルより頑丈な魔女の身体ですら同じ形にしてしまう力を持っていた。

 杉本は高野の話をした。彼女が見た覚えている一番古い記憶。ソードに惨たらしく殺された、他の二人の親。同じように殺された彼女の生みの親。その時の事を面白可笑しく語るソードの姿。高野はその全部に心をズタズタにされていた。二度と癒えることのない傷を刻み込まれ、ソードに従う以外の選択肢は捨てるしかなかった。

 杉本からの又聞きでも心が暗くなった。怒りのような感情が公平の心を満たした時、『レベル4』への扉が開いたのであった。


「教え子の魔法を見て冷や汗流すことになったのは初めてだよ」

「ごめん」

「いいさ。それよりも確認させて」


 エックスは公平を拾い上げ、手のひらに乗せると真剣な面持ちで見つめてくる。


「その魔法。魔人や魔女にちゃんと当てられる?」


 その言葉に。公平は一瞬、言葉を返せなくなった。暫く考えてようやく口を開く。


「無理だと思う。相手が誰であっても、俺はそいつを殺したくない」


 公平の答えにエックスは微笑んだ。


「うん。そう思うならきっとそうなんだろうね」


 もしここで公平が迷うことなく『当てる』と返していたら、そこで『レベル4』は完成していた。確実に敵を殺す一撃。これ以上ない攻撃の魔法として完成していたはずである。

 だが、公平は迷った。迷った末に『無理だ』と答えた。


「なら。まだ『レベル4』は真の意味で完成できていない。それはまだ公平の魔法じゃない。キミが誰を相手にしても使えるようにする」


 今の『レベル4』はむき出しの力でしかない。触れたものを傷つけ切り裂き、殺すことしかできない。だが公平の必要としているものはそういう力ではないのだ。


「完成させよう。本当の『最強の刃・レベル4』を」


 エックスの言葉に公平は頷いた。

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