「剣」と魔人⑧
「う、ううん」
目を開く。身体はボロボロだったはずだ。公平に負け、ファルコに攻撃され、それから自分はいったいどうなったのか。最初に視界に飛び込んできたのは巨大な顔であった。
「ま、魔女……!」
咄嗟に身構える。その緋色の瞳はどこか心配そうに自分を見下ろしていた。その顔に見覚えがある事に気が付く。
「……あ、貴女は」
「や、やっほー。高野サン。お久しぶり」
一日だけバイトに来ていた女性。その時は気付かなかったが、彼女は魔女のエックスである。
「目が覚めたみたいだな」
聞こえてきたのは別の声。彼女を倒した男、公平のものであった。
「なんのつもりっ!私は貴方たちの敵!魔人レオンですよ!」
エックスは寂しそうに眉をひそめた。
「そんな寂しい事言わないでよ……。一緒にお仕事した仲じゃないか」
「関係ない!だって私は」
「高野サン三日も眠っていたんだよ。公平、ちょっとやりすぎなんじゃない?」
「いや……加減してやれる相手じゃなかったし……」
事実彼女は強かった。力比べならば完敗である。ランクが上がらなければギリギリで敗れていたかもしれない。
「私はレオン!いい加減に……!」
「レオンレオンレオン。高野レオンサン?」
「……あそこでは高野レンと名乗っていましたが。それは偽名です」
「でもそっちのがいいよ。ねえ公平?」
「……人の名前に文句付けるのはどーかと思うよ俺は。けどまあ『レオン』って男性名だしね」
「え?」
その言葉を聞いて彼女は戸惑いの色を見せた。俯いて困惑している。
「そ、それがどうしたと……」
「ボク高野サンのが慣れてるしなあ。そっちの名前で呼びたいなあ」
「か、勝手にどうぞ……」
高野は俯いたまま言った。
「魔人が目を覚ましたというのは本当か」
言いながら吾我が現れた。その手には既に斧を携えている。
「吾我レイジ……!」
「貴様には聞きたいことが山ほどある。本当ならその首叩き斬っているところだが……。うわっ!」
後ろからエックスに摘み上げられてしまった。吾我は両手を動かし必死にもがいている。
「くそっ!はなせっ!」
「まあまあ。少し落ち着いて」
その身体を振り子のように左右に揺らす。そうして遊んでいるとエックスの背後からもう一人の魔女が現れその腕を掴む。
「アタシのお弟子さんにイジワルしないでほしいのだけれど」
ローズはエックスの手から吾我を取り返した。
「アナタも。気持ちは分かるけど少し落ち着きなさい。冷静さを失えば隙が生まれる。常に心を静めること。この前そう教えたじゃない」
「……す、みません」
「うん。よろしい」
ローズは最初に吾我に敬語を使うように指示した。公平にとっては珍しいモノが見られて愉快である。
「おー。ローズったら師匠っぽい。そういう精神的なことボクあんまり公平には教えてないよ?」
「ふふん。アタシだって色々考えているのよ。精神論を語ると師匠みたいに見えるでしょう?」
「……あ?アンタそんな理由で俺に冷静になれとか言ったのか!?」
「……あっ。い、いいえ。違います。これは言葉のアヤというか?そんなわけないじゃない。師匠よアタシは!」
吾我はそれ以上何か言うことはなかったが、その目には疑念が生じていた。最初の「あっ」にローズという魔女の全てがつまっている。本当にこの魔女を信じていいのか。無理を言ってでもエックスに師事してもらった方が良かったのではないか。
「こ、こらっ弟子!この際敬語を使わなかったことは許してあげるけど、その目は止めなさいっ!アタシを疑うの!?忘れたのかしら!?アタシは師匠よ!?」
「……そうですね。すいません」
「で、弟子!もうちょっと元気に返事をしなさい!どうして急に感情を感じない感じで返事をするの弟子!」
「……取り敢えず下ろしてくださいよ。俺はそこの魔人と話があるんだ」
「い、いいわ下ろしてあげます。その代わりにちゃんと師匠であるアタシを敬って……」
「下ろせっ!」
「うう……。怒らないでよお」
改めて、吾我は高野のもとへと歩み寄る。彼女は怪訝な表情で二人をそれぞれ見た。
「アナタと彼女と一体どういう関係なんですか?」
「師匠と弟子……」
ローズの顔がぱあっと明るくなった。
「だった」
ローズの顔がずうんと暗くなった。
「そんなことはどうでもいい」
「どうでもいい……」
吾我にはローズの反応がいちいち気になってしまう。気を取り直して高野に向き直る。
「俺はお前に聞きたいことがある。答えてもらうぞ」
「……答えると思いますか」
「本来なら拷問してでも聞き出すところだが」
吾我はちらりと横に目を向ける。
「魔女に保護されているアンタをどうこうできないしな」
吾我にはこれ以上できることはなかった。半分諦めたように言う。公平は二人の会話に割り込んだ。
「……なあ。こういうとアンタに悪いけど。ファルコはアンタを見捨てたんだろう?今更奴らに義理立てすることなんて……」
「……義理はなくても情はあります。弟を裏切れるわけがありません」
「あるのは情だけ。義理はない、ね。弟……。ファルコもそんなことを言っていたな。あの口ぶりだと育ての親はソードか?まさか本当の親ではないだろう?」
「当たり前です。ふざけたことを言わないで」
高野の言葉にはどこかただならぬ感情が籠められていた。少なくとも吾我はそう感じた。ミライとヴィクトリーのような関係性ではない。
「なら実の親はどこにいるんだ」
「……っ」
「生きているのか?」
「やめてください……」
「死んだのか」
「やめて」
「殺されたのか」
「やめろ!」
直後、高野の全身から弾けるような魔力が流れ出す。彼女の息が一気に荒くなる。
「分かりやすいな。その反応だけで答えがわかる」
「うるさいっ!殺すっ!」
止めに入ろうとする公平を吾我は手で制した。その視線はエックスを見上げる。
「殺しはしないさ。さっきも言ったがお前が守っているんだからな。けど落ち着かせるだけならいいだろう?」
エックスは答えなかった。吾我が煽ったとはいえ、こうなったら戦って止めるより他ない。自分が出てもいいが、それが出来ない一つの理由があった。背後から感じる気配に声をかける。
「止めるの?ローズ」
「ええ。ほんの三日だけだけど、それでもアタシの弟子もちょっとは強くなった、はず。その実力を確かめておきたいの」
「ふうん。……ま。確かに」
エックスにだって分かる。吾我もまたランク98の領域に入ってきた。
「『変われ、LEON』!」
「『ギラマ・ジ』」
魔人お得意の戦法。姿が消えたような錯覚さえ起こすフルスピードの一撃。高野の姿が消えた次の瞬間、吾我は後ろに振り返った。それと同時に高野が崩れ落ちる。
「『オレガブレイク』」
その手にある新たな『斧』から煙が上がった。エックスは小さく口笛を吹いた。ローズは満足げに頷いている。
「いい魔法だね。ウィッチと吾我クンの呪文を組み合わせたのか」
「そう。『ギラマ・ジ』はウィッチ流の魔法で『最大』を意味するわ。そしてアタシの弟子たちの魔法は彼女のそれにかなり近い。ランクさえ上がれば組み合わせることは可能だと思っていたのよ」
これにはもう一つの効果がある。『オレガブレイク』は元々吾我の魔法。それ故ウィッチ流で強化しても身体にかかる負荷が少ない。
「斧の腹で殴っただけだが問題なく鎮圧出来た。これなら安定して魔人とも戦える。今はまだ『ブレイク』だけだが、『アロー』と『フライ』もすぐに用意するさ」
吾我はどこか得意げに公平を見た。
「お前はどうだ。『レベル4』の用意はできたか」
「……まだだけど」
「……ははっ。そうかそうか」
「てンめえ!」
思わず掴みかかりそうになる公平をエックスが摘み上げる。
「どうどう」
「離せ!俺は吾我の野郎に文句を言わなきゃいけないんだ!」
「そんな事言ったって『レベル4』がまだなのは本当だろ」
そう言ってエックスは公平をその手に握りこんだ。もごもごと声が漏れ出る。
「うん。分かった。魔人の力も今の吾我クンの実力も」
エックスは人間の姿に戻った高野を公平の部屋へと送る。
「フフフ。冷静な顔してその実焦っているわね。もっと焦っていいのよ。アタシの弟子はすごおく強くなったんだから」
ローズは嬉しそうに言う。指先で吾我の頭を撫でて、鬱陶しそうに払いのけられていた。少しは立ち直ったようでエックスは安心した。特訓という形とは言え人間と触れ合えるのが楽しくて仕方ないのだろう。その時間が彼女の心を癒していると分かった。
「さて。ボクは焦っているのかな。どうだろうね」
エックスは意味深にローズに言ってみる。