「剣」と魔人⑦
ナイトとミライは朝倉の様子を見に一度魔女の世界へと戻った。だがすぐに帰ってきて、エックスの部屋を仮の拠点とするつもりである。ソードの力があらゆる意味で増している今、あちらの世界は危険でしかない。
公平はエックスの手の中から上半身だけ抜け出した。汗だくになって周囲を見回す。
「あ、あれ?ミライの奴ドコ行った?母さんってどういう事か聞いてないぞ」
「聞いてないのはお前だけだ」
吾我がまだエックスの手に半分捕らわれている公平を見上げて言う。その公平は自分を握りしめる手の主であるエックスを見上げた。
「な、なんで俺だけ除け者にするんだよ!」
「ごめーん。忘れてた」
「あのなあ……!」
「それはそうと」
「え?」
「ランク。98になったね」
緋色の瞳が妖しく光る。公平はその言葉に頷いた。
「よろしい。これでようやく『レベル4』の開発を始められる」
「『レベル4』……」
目指すところは一つ。その魔法一つで、魔女を倒せる力だ。
「少しいいか」
下からの吾我の声にエックスは視線を向けた。
「こんなことを頼むのは、筋が違うと思う。だが。もう俺には他の手段はない……」
そして吾我はその場で膝をつき頭を下げた。
「俺たちを強くしてくれ!アイツ等の仇を……!魔人を倒す力が欲しいんだ!」
その姿に杉本も続いた。
「お願いします!」
「エ、エックス……。どうす……」
「ゴメンね。ムリ」
「早い……」
一切迷うことなくエックスは答えた。見上げる吾我の表情は今まで見たことのないくらいに絶望しきっている。
「理由は三つ。一つは、ボクは今、公平以外には魔法を教えたくないってこと」
「そんな……!」
「二つ目。ボクは人間世界の魔法を教えられない。ワールドに出来たんだからボクにも出来るかもしれないけど、きっと付け焼刃にしかならないだろう。そんなの何の役にも立たない。それから、三つ目。これが一番大事なんだけど」
エックスは少し視線を逸らした。どう言えばいいのか彼女は一瞬悩み、そして口を開く。
「ボクが今公平との特訓でやっているのはキャンバスを広げるための模擬戦。『レベル4』の開発も同様にしてやるつもりだ」
「え」
またアレやるの、と公平は思った。アレは本当に命を削る特訓だから出来ればやりたくないのだ。エックスは公平の反応を無視して続ける。
「二人を鍛えるなら、公平と同時進行になる。だけどね。本当に申し訳ないんだけどね。二人は多分今のレベルにはついてこられない。二秒以内に殺してしまう気がする」
ピンと人差し指を立てた。
「一秒以内で一人。やる前から分かるさ。だからムリ」
吾我は顔を落として手を強く握りしめた。もっと強くならなければいけないのに。自分が強くないせいでその特訓すらできない。
エックスは更に続けた。
「今のキミたちじゃあ、もっと優しい魔女じゃないと危ない。例えば、ローズとか?」
二人がローズを見上げる。当の本人は目を丸くしてぽかんとしている。エックスの言葉を一瞬理解しきれなかったらしい。
「え?どういう……。え?アタシが?本気で言っているの!?アタシだって人間世界の魔法を教えられないけれど!?」
「それは仕方ないよ。ボクだってちゃんと指導できないんだから。そういう意味なら誰がやったって同じだ。ランクを上げるために徹底的にイジメてやることはできるでしょ?」
その言葉にローズはムッとした顔で言い返す。
「そんな酷いことアタシはしないのだけれど!?」
「うん。それくらいでちょうどいい。きっとローズはキミたちを強くしてくれる」
ローズはハッとした。エックスに丸め込まれていることに気付いた。
「ちょ、ちょっと!勝手に話を進めないで……」
言いながら机の上の二人と目が合った。その目を見てしまって言葉が止まる。期待するような祈るような。応えてあげなければならない。そう思ってしまった。
「~~~!わ、分かったわよ。やるわ。やればいいんでしょう!でもアタシがやるからには覚悟してもらいます!エックスが二秒で殺すならアタシは一秒で終わらせてしまうけれど!?」
言いながら自分でもおかしなことを言っていることに気が付く。殺しちゃあダメのだ。
「ち、ちがう。要するに」
「構わないさ」
吾我と杉本は立ち上がった。
「魔人を倒せるのなら、死んだって構わない」
「うっ……。うう。間違ったのよ。殺すわけないじゃない」
ローズは二人を両手に乗せる。
「……うん。強くしてあげる。言っておくけど、こう見えてアタシだって魔女の中じゃあ強い方なのよ?そこまで優しく特訓してあげるつもりはないからね?」
そう言って手の平の上の二人に微笑んだ。
そんな様子をエックスは笑顔で見つめている。それから握りしめた公平を顔の前に連れてくる。
「公平。ボクたちも負けていられないよ。魔法使いも。魔人も。魔女も。キミが越えていくんだ」
「ああ。勿論だ」
その後、公平とエックスは二人で『箱庭』へと移動した。
「……吾我のヤツ強くなるな。俺も頑張らないと……」
「そんなに焦らなくていいよ。時間は十分にあるんだから」
「いや……というかこんなに悠長にしてていいのかな。いつソードが攻めてくるかも分からないし」
「次は魔女の世界で戦うことになる。ソードの方から提案してきたんだ。そんなに気は長くないからひと月は待ってくれないそうだけど」
「ひと月」と公平は呟いた。何か違和感がある。
「……ひと月ってそういう期間の引合に出すにはそこそこ長くない?気が短いなんてウソだろ」
「魔女は寿命が長いからねえ。人間に比べれば時間に関しては優しいと思うよ」
「なんか舐められている気がする。どうせその程度で強くなれるわけねーだろ、的な」
「そう思うなら、強くなるしかないね」
『レベル4』の方向性を再確認する。求めているのは純粋な攻撃能力。それ一つで魔法使いだろうが魔人だろうが魔女だろうが倒せる必殺の刃だ。
「既存の魔法をパワーアップさせるのがいいのかなあ。『裁きの剣』とか」
「うーん。それはおススメしないな」
「え。なんで」
「『裁きの剣』は他の魔法とは成り立ちがちょっと違う。アレはソードの使う『断罪の剣』を他のどんな魔女でも使えるようにした廉価版なんだよ」
エックスの言葉に公平は思い当たるところがあった。
「言われてみれば。『裁き』と『断罪』。ほとんど同じ意味じゃねえか」
「パワーアップしたってソードのオリジナルには敵わない。ボクは別に構わないけどその程度の魔法に『最強の刃』なんて名付けるのかい?
「……付けない」
「そうだね。じゃあ別の方向性を見出そうか」
模索のやり方はいつもと同じ。本気で戦いあうというものである。もっと他にスマートなやり方はないのかと公平は疑問であった。
「本当にこのやり方しかないのかな……。俺いい加減エックスに殺される気がするんだけど……」
「殺さないよお」
エックスはニコニコ顔であっけらかんと言う。公平も気付きつつあった。このやり方は身体に相当の無茶を強いるが、その分やったらやった分だけちゃんと強くなれる。だがその前に。これはかなりの大部分を彼女の趣味が占めている。
結局のところ、エックスは魔女なのだ。他の魔女と同じように、抑えてはいてもその身体が持つ圧倒的な力を振りかざしたいと本能では思っている。そして今、それをぶつけられるのは公平だけだった。
「さあ。そろそろ始めようね」
「……まあ。いいか」
自分はそれで強くなれる。エックスはそれで楽しんでいる。それでいいならそれでいいかな、と思った。