「剣」と魔人⑥
公平は吾我と杉本と一緒にエックスの部屋に戻った。意識を失った高野も背負っている。既にそこには三人の魔女と、ミライがいた。
「あ……。おかえり」
「うん……。ただいま」
敗北を認めて、それでも次の手を打たなければならない。彼らは互いに起こったことや見知ったことの情報を交換し合った。
『魔人』と名乗る未知の敵。ヴィクトリーやトリガーの異変。敵による被害の程度、など。
「まさか……ヴィクトリーが敵に回るなんて」
公平は呟く。エックスは少し迷って口を開いた。
「実は、さ。それはまだ理解できるんだよ」
「え?」
「な!?」
咄嗟にミライが反応した。
「勿論、事を起こす前にボクに相談してくるはずだ。ヴィクトリーなら戦いになる前に、それを起こさないようにボクに協力を頼んでくると思う。だけど万に一つくらいの確率で攻撃してきてもおかしくはない」
彼女はあくまで魔女の世界を守る者だ。人間世界が脅威になったと判断すればソードと組んででも襲ってくることはあり得ないことではない。
だが、しかし。
「トリガーがソードと組むことは絶対にあり得ない。あの二人は犬猿の仲だから」
『引き金を引くのは、これが最後。これ以上やる気はないしやる意味もないんじゃない?』
千年前、魔女の世界で。焦土になった街を呆然と見下ろしながら、エックスはトリガーのその言葉を聞いていた。
それから先、彼女たちが何を言っていたのかよく覚えていない。エックス自身はすぐに部屋に帰ってしまったはずだった。
「もともとトリガーは人間を全部殺すことまでは了解していなかったわ」
ローズが口を開く。
トリガーという魔女は穏健派に近い存在だったらしい。魔女は人間から生まれる。新たな仲間が生まれる可能性を絶やすべきではないと考えていたのだ。
人間と魔女とで領土を分け、互いに干渉せず、人間が魔女になればそれを預かる。そういう手法で共存していく道を模索していた。
突っ込みどころのない主張ではなかった。
仮に人間と領土を二分割しようとした場合、人間側の人口密度は単純計算で二倍になる。それを相手が了承するだろうか。
『手段は後で考えればいいわ。それよりさっさと終わらせるべきよ』
トリガーは自身の魔法の破壊力を誇示することによって戦いを終息させようしていた。
「実際それは上手くいったわ。あの一撃で人間側の士気はだいぶ削がれた。けど」
魔女は殺戮を止めなかった。当然トリガーは抗議した。これ以上追い打ちをかけるのは本意ではない。そんな事のために『引き金』を引いたのではないと。
「ワールドから聞いた話だけど、結局トリガーが折れた……というより、諦めたらしいわ。ワールドは完全に強硬派。人間なんて全部殺すべきって考え。ソードはそれに同調して、ヴィクトリーは我関せずといった感じ」
賛同する相手がおらず、トリガーは孤立した。自棄になったトリガーは話し合いを放棄した。
『もう知らない。そんなに人間を皆殺しにしたいなら好きにすればいいわ。それが魔女の総意ならそれでいいんじゃないの。代わりに二度とアタシを誘わないでね」
そして、トリガーは他の魔女と袂を分かったらしい。次にワールドたちと会ったのはエックスのキャンバスを奪う時だった。
話を終えたローズの瞳はどこか赤く腫れぼったかった。気丈に振舞ってはいるが深く傷ついていて、それが心配だった。
「……トリガーとソードは殆ど同じタイミングで魔女になった。空に連れて行ったのは確か同じときだよ。その時は仲良かったんだけどね」
後を引き継ぐようにエックスが言う。初めは互いに切磋琢磨するライバル。だったのだが、その関係性が少しずつ歪んでいった。
「言ってしまえば、全然性格が合わなかったんだよね」
几帳面で厳しいソードとどこか適当で人当たりのいいトリガー。始めは仲良くしようとしていたのだが関係性が少しずつ悪化していった。考え方、物の見方。魔法の扱い等々で。
「……あの二人についてはエックスも悪いと思うわ」
「う……」
当時競い合うように成長したソードとトリガー。他の魔女に教えることも修行、という考えで途中からエックスは後進の魔女に関しては二人に魔法を教えさせることにした。
「私はエックスに教えてもらったけど……。それより後の子はかわいそうだったわ。いつもピリピリしている二人の間に放り込まれたんだもの。どっちがより上手く魔法を教えられるかってまた競いだして。代理戦争みたいになって。険悪なムードが他の子にまで伝播して」
「あー。あー。聞こえない」
エックス自身も失敗だったと感じていた。五人くらい育てたところでワールドとヴィクトリーに交代した。
「あの世代だけ今でも仲が悪いな。この前もナックルとライフが大喧嘩していた」
ナイトが二人の会話に入ってくる。エックスはしゅんとした。
「それは確かにボクのせいだけどさ……。でもボクだけのせいではないと思う」
「そんなことどうでもいい。とどのつまり、トリガーという魔女がソードに協力するはずがないという事だろう」
吾我の言葉に三人の魔女は頷く。
「……エックス。貴女は、母さんがソードに与する可能性はあると言いましたけど、娘である私が断言します。それは絶対にあり得ません。きっと母さんは魔法で操られているんです」
「え?母さん?娘?」
公平が聞き返す。エックスは彼を摘まみ上げて右手に握りこんだ。
「それは後で」
エックスの手の中で公平が藻掻いている。そのくすぐったさを楽しみながら言った。
吾我はミライの言葉に言葉を返す。
「エックスの作った魔法には『心を支配する魔法』はないらしい。出来てもせいぜい心を完全に止めてラジコンのように操るくらいだそうだが」
「それは……。けど、トリガーは自分の意思でソードを制していたように見えました。本当に彼女にとって都合のいい人格になっている可能性はないですか。例えば全く新しい形式の魔法を作ったとか……。魔人になる魔法だって形式が違うものでしたし……」
「うーん……。それもなんか変なんだよねえ」
エックスは口元を手で押さえながら疑問を口にする。
「ソードには独自の魔法体系を作るような才能はない。というかボクの教えていた子は公平も含めて殆どそういう才能はない。既存の魔法を使うスキルは高いんだけどね」
「殆ど?」
「うん。一人だけ。そっちもできそうな子はいる」
「じゃあ。ソイツが黒幕では」
杉本の言葉にエックスは頭を振った。
「キミもよく知っている子だ。ワールドのことだよ」
その発言に杉本はハッとする。実際、彼が使用している魔法はウィッチ式に近いものであるが、指導したのはワールドだった。彼女が使うエックス式の魔法でなくてもある程度解析し教えることが出来る。独自の魔法体系を作る才があったとしても不思議ではない。
だが彼女は今魔法を失い人間世界にいる。ソードと協力することは出来ない。
「それに、ワールドでもやっていたことは吾我クンの言っていたラジコン操作だ。心を完全に支配できるならあの時に使っているはずじゃない?」
「……確かに」
議論がそこでストップする。結局何が起きているのか判断が付かない。ミライはその静けさの中で口を開いた。
「それでも、私はお母さんを信じたいです……」
ぽつりぽつりとミライは自分の過去を語る。実の親から暴力を受けていたこと。死にかけていたところをヴィクトリーに救ってもらったこと。ミライという名前をもらったこと。一か月が十年に引き延ばされる世界で本当の親子のような絆を築いたこと。
後半になればなるほどその言葉は震えていて、だからこそその想いが伝わる。
ローズは目頭が潤んでしまった。ついさっき泣いたせいで涙腺が緩んでいるのかもしれない。そう思っていると隣のナイトも目元を隠している。
「え……。ど、どうしたのかしら。ナイト?」
「う、うるさい。私だって二人の事はよく知っているんだ。悪いか」
「悪くないけど……。変われば変わるものねえ」
そんな二人をエックスは見つめている。本当に、変われば変わるものだ。吾我はエックスを見上げた。
「……俺もミライの言う通り未知の魔法の可能性があると思う」
「ふうん。なんで?」
「一つ。敵の使っていた『魔人』という魔法。ミライの言っていたように、アレがそもそも未知の魔法だと俺は考えている。間近でぶつかって分かったが、あんな力今まで体感したことはなかった。少なくとも俺の知る限りでは。それからもう一つ。奴らは最優先でキングを狙った。俺にとってはそれが一番大きな理由だ」
魔人と戦った四人。あの時、敵は誰からであろうと殺せる力があった。その気になればリーダーである吾我から仕留めることもできたはずだ。しかし、彼らはキングから狙った。ファルコの口ぶりからも彼が最優先のターゲットだったと思われる。何故か。
「アイツなら時間さえかければあらゆる魔法を解析し、打ち消すことができる」
魔人化は公平の『最強の刃』でも無効化できない。彼らの魔法は『魔人になる魔法』。その身体や能力はそういう生き物になる魔法の結果でしかないのだ。
だが、相手がキングであれば話が変わる。あらゆる魔法を解析し、開発できる彼であれば、『魔人化』の魔法も解析してしまえる。そうなれば時間はかかるだろうが、『魔人から人間に強制的に戻す魔法』まで創り出してしまえる。同様に、もしもヴィクトリーやトリガーの異変が魔法によるものであれば、それを無力化する魔法もキングであれば作ってしまえるのだ。
「奴らが最優先でキングを狙ったのはそれを防ぐためだと俺は思う」
推論でしかない。それも相当に強引な。筋は通っても確かな証拠はない。だが。
「……うん。なるほど。吾我クンの言う通ことも一理あるね。思えばこっちの世界にウィッチがいたみたいに他所の世界に未知の魔女がいるかもしれないし。『心を完全に操る未知の魔法』がある前提で考えた方がいいかもしれない」
それでも警戒する理由としては十分だとエックスは判断した。どのみち敵を攻略するとっかかりはないのだ。
ミライはエックスを見上げた。彼女は微笑んで返す。
「絶対。ヴィクトリーを助けようね」
ミライは無言で頷いた。