「剣」と魔人⑤
空の攻防。公平とファルコがぶつかり合う。
吾我はそれを見上げていた。
『必ずお前の攻撃に繋げてやる。俺を信じろ』
その言葉を思い出す。ならばそれを信じるのみ。いつでも攻撃ができる用意はしていた。ファルコに隙を作るチャンスは公平であってもそんなに多くはないはずだ。その瞬間を逃さず、必ず仕留められるように。
「ハハハハハ!威勢がいいのは最初だけですか!僕の速さにアンタは付いてこられていない!」
公平は奥歯を噛み締めた。ファルコの言う通り、そのスピードは空中でも変わらない。それどころか地上にいた時よりもずっと速い。攻撃を受け止めるのが精いっぱいだった。
「ハア!」
ファルコの鉤爪のキックを『裁きの剣』で受け止める。
「これならどうだよっ!」
剣のエネルギーを開放し、ファルコを吹き飛ばした。魔人は悠々と安定飛行に戻りそのまま旋回した。
「さあ!その胸を引き裂いてあげましょう!」
速度が更に上がる。ファルコの最大速度。魔力によって極限まで強化した目でも追いきれない。最早本人でももう止めることは出来ない勢いである。公平は迎撃の魔法を唱えた。
「『業火の嵐』!」
周囲が業火に覆われる。如何に強力であっても飛び込めばただでは済まない火力だった。
「無駄だァ!」
ファルコが翼を羽ばたかせる。同時に炎が消し飛んだ。多少速度は落ちたが、そこにいる標的を貫くには十分であった。鉤爪の一撃が、公平の胸を貫く。
「ハハハ!ハ、ハ?何だこれは?」
違和感があった。人間を貫いた感触ではない。その身体の色彩が薄くなったかと思うと、消滅してファルコの全身に走る雷撃に変わった。
「グ、アアアアア!なにぃ!?」
同時に、ファルコの両翼が背後から切断される。首だけ回してみれば、そこに居たのは殺したはずの公平であった。その手には銀色に輝く刃『レベル3』。
「魔法で作った、人形?」
相手は魔人。人間を超越した存在。それ故真っ向勝負では勝ち目が薄いと公平は判断した。魔女と同じように油断してもらわなければきっと勝てない。そして、とどめを刺し勝ち誇った瞬間こそ一番油断している時である。
いつかジャックにやったのと同じである。魔法の人形を倒させればきっとファルコは油断する。『業火』を発動させた直後ダミーを作成。同時に『レベル3』で炎を喰らった後、移動する。
自分の意識ですら置いて行かれそうなスピードではダミーに気が付くより貫く方が早い。
作戦が成功した公平は笑いながらファルコに声をかける。
「俺なんかに気を取られてていいのかな?」
その言葉にハッとして真下を見る。吾我が勢いよく跳びあがってきた。翼の回復は間に合わない。相手の左手が羽毛に覆われた身体を掴む。右手は、ファルコの胸に当てられていた。
「まっ……!」
「『ギラマ・ジ・メダヒード』ォ!」
魔人の身体を、魔女の炎が包み込んだ。
「……ファルコ!?」
ソードは魔人の異変に一瞬意識を持っていかれた。
「スキありぃ!」
ハッとして咄嗟にエックスの弓を受け止める。その緋色の瞳がすぐ目の前にある。
エックスの左手が弓を引くのに気が付いた。咄嗟にソードはエックスの腹部を蹴って飛び退く。同じ瞬間に矢が放たれた。
『断罪の剣』を手放し、矢がそれとぶつかり合って爆ぜる。次の剣を作り反撃に転じようとしたとき、ソードの背が矢で撃ち抜かれる。
「……な、に?」
二の矢。『未知なる一矢』の力で魔法に関する記憶を失っているソードには避けることは出来なかった。
魔法のエネルギーが炸裂して、ソードの身体を爆炎が包み込む。その向こう側に肩で息をするソードがいた。
「お、のれぇ。エックス、貴様……!」
「まだやるかい?ボクは全然構わないけど?」
「……っ!上等だ!その挑発乗ってやる!今のお前に、私が負けるわけがない!」
『断罪の剣』を構えるソード。互いに次で決めるという意志がぶつかっていた。二人が動き出した瞬間、エックスから見て右方向から閃光が走った。その一撃は『断罪の剣』を弾き飛ばす。視線の先でトリガーが引き金を引いていた。
「何の真似だ……。……トリガー!」
「目的は8割がた達成した。ここまでにしましょう」
「なに?」
トリガーはヴィクトリーの方に視線を向ける。ミライは殆ど互角にぶつかっている。その魔法は『完全開放』の一撃をも相殺していた。トリガーの方はナイトを既に下している。だがいずれ魔力を回復させたローズが戻ってくる。そうなれば勝負はまた分からなくなる。
「これ以上の長居は無用だわ。エックスを相手にしたくはないし」
「私がエックスに負けるとでも?」
「少なくとも、相打ちに持ち込まれる可能性はある。だって今のエックスは戦う理由がはっきりしているもの。ある意味千年前より厄介。万が一にでも魔法を取り戻されたら本当に勝ち目が無くなる」
エックスは動けなかった。トリガーは会話を続けながらも常に彼女を意識している。少しでも動けば、次は自分が撃ち抜かれる。
「……仕方ないな」
ソードは目を閉じた。どこかに連絡を取っているのだと分かった。恐らくは公平や吾我が戦っている相手である。
目を開いたソード手を掲げて下ろす。連動して魔女の世界への裂け目が作られる。トリガーはソードの元に寄って行くとミライとヴィクトリーの間を銃で撃った。それで二人の戦いが止まる。
「帰りましょう?」
ヴィクトリーはその言葉に無言で頷くとミライを無視して一気に上昇する。そのまま真上に開いた裂け目を通っていく。
「まっ……!」
伸ばしたミライの手は虚空を掴んだ。震えながら握りしめ、その手を下ろしていく。
「行くか」
「そうね」
「待った」
エックスの声に、ソードとトリガーは振り返った。
「ヴィクトリーの様子がおかしいと思っていた。でもそれ以上にトリガー、キミの方がずっとおかしい。一体何が……」
トリガーは無言で銃を撃った。エックスの真横を通り抜け、地上に向かっていく。
「しまっ……!」
エックスよりも早く、ローズが動き出し右手でその一撃を受け止めた。怒りを秘めた瞳で空を見上げる。ソードはそれを見て小さく笑った。
「次は。向こうでやろうじゃないか。こんな狭苦しい世界じゃあなく」
「向こう?魔女の世界で、ということ?」
「ああ。どうせいくら街を焼き尽くしたところでお前たちは止まらないだろう?」
その言葉はエックスにとっては非常に都合のいい物であった。この世界で戦えば、今回のように人間を巻き込んでしまう恐れがある。だが、それ故に拭い切れぬ疑念を抱いてしまう。
そもそもソードの目的は人間世界の侵略のはずだ。だからこそ防衛のためにここまで来た。彼女の提案は本来の目的からズレているように思えた。
何かがある。飛び込めば致命傷になりかねない危険な罠の香りがした。
──それでも。
「ああ。いいよ」
「望むところ、だわ」
それでも向こうでの決着を選んだ。こちらの世界を守ることの方が優先順位は上だ。きっと公平であっても同じ選択をしたはずである。
「うん。気持ちのいい返事だ。向こうで待っているさ。──と、言っても。ひと月もふた月も待ってやるほど気は長くないがな」
そして二人の魔女は去った。ソードにダメージを与えることは出来た。だがそれだけである。取り戻したものはなく。失ったものは多い。言い訳のしようはない。誰の目から見ても今回の結果は、完全に敗北である。
ファルコが落ちてくる。公平と吾我は殆ど同時に着地した。
「ファルコ!」
スタッグが彼に駆け寄る。吾我はそれを矢で止める。
「くっ……!」
「次はお前かデカブツ。それともまだやるかいハヤブサくん?俺は倒したと思っても油断して近付いたりしねえぞ。お前みたいな奴は死んだふりして虎視眈々と不意打ちのチャンスを狙ってそうだからな!」
公平が魔人たちに叫ぶ。吾我は小さく呟いた。
「自分に言っているのか」
炎に包まれた鳥人が小さく震えながら立ち上がる。回復しつつある翼を大きく広げた。
「誰が、貴様らごときに、そんな真似をするかァ!」
ファルコが両手を交差させる。魔人となった時と同じ。周囲の空気が歪むような異質な雰囲気が場を支配した。
「『オーバー』……」
そこで、ファルコが止まった。スタッグが耳に手を当て、空を見上げる。
「……ちっ」
舌打ちしたファルコは両手を下した。
「残念。帰還命令ですか。母さんからの指示なら仕方がない」
ファルコは傷ついた体で裂け目を開く。向こう側は魔女の世界らしかった。スタッグと二人で向こう側へと歩いて行く。
「待て!」
「逃げるのか!」
ファルコは僅かに振り返る。
「逃げる?……フッ。見逃してやったんですよ」
「……ま、って」
「ん?」
ファルコがその声に視線を向ける。高野が手を伸ばしていた。
「あ、たしも……」
「冗談じゃない。レオン、お前さえもう少し有能だったら、こんな結果には終わらなかった」
ファルコは羽を飛ばして彼女に攻撃する。咄嗟に公平はその前に走り攻撃を弾いた。
「てンめえ……!」
「ハッ。敵に助けられて。随分みっともないですねえ。もう貴女は必要ない。お前は母さんの子供にはふさわしくない」
「そん……な。ファルコ……!」
「では」
そして、魔女の世界への裂け目は閉じた。
そこで吾我は膝をつき地面を殴る。
「くっ……。くっ……!」
必死に声を抑えているのが公平には分かった。声をかけることは出来なかった。
二人。吾我の仲間が死んだ。ファルコにダメージを負わせることは出来た。だがそれだけだ。誰の目から見ても今回の結果は、完全に敗北である。
ツイッターでも書きましたが、ここで一区切りです。
次回の更新時期はツイッター上で告知しますのでまたよろしくお願いします。