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未知との出会い  作者: En
第三章
82/109

「剣」と魔人④

 剣と弓がぶつかり合う。緋色の瞳は戦意を失くしてはいなかった。

 キングやジャックを殺された怒りは十分にあった。だというのにエックスの中で一番大きな感情は安堵だった。公平に関する気持ちが心の殆どを占めていて、その想いすらどんどん大きくなる自分に気付いていた。


「ボクは最低だ」


 思わず呟いている。ソードは訝しんだ。その一瞬の隙に相手の胸を下から上へと切り裂く。


「くっ……!」

「まだまだっ!」


 僅かに血が流れ出る。ソードはエックスの様子に違和感を持った。彼女は仲間の死にも動じず闘い続けることのできる魔女だっただろうかと。


「トリガーッ!」


 名前を叫ぶのと同時に剣を射出しローズとナイトをトリガーから離す。


「アレを使えッ!」


トリガーは無表情で手を空に掲げる。その瞬間、エックスの目が大きく開いた。


「『荒神の引き金』」

「まずい!」


 エックスはトリガーを止めようとする。が、目の前のソードがそれを阻んだ。


「行かせんさ!」

「そこをどけ!」


 振り下ろされる弓を剣で受け止める。倒すことよりも自分にひきつけ時間を稼ぐことを優先した。そのせいでエックスは先に進めない。


「『完全開放』」


 そして静かに。魔法が発動した。空を裂いて無数の銃が出現した。全てが地上に狙いを定めている。


「嘘っ!?」

「いけない!」


 ローズとナイトは咄嗟にトリガーを止めに戻ろうとする。ソードはエックスの相手をする片手間に二人を攻撃して妨害する。

 エックスは悔しさに奥歯を噛み締めていた。自分はきっと間に合わない。ソードはここから先へ進むことを許さない。無理やり振り切ることもできそうになかった。

『荒神の引き金・完全開放』。それはトリガー自ら封じた禁断の魔法である。練習以外で使用したのはたったの一度だけ。千年前、初めて守り切れなかった街を焼いたのがこの魔法だった。


「待て。待て!本気でそんなもの使う気か!?正気じゃない!」

「ナイト!ちょっと任せたわ!出来る限りトリガーを止めて!」


 そう言ってローズは地上へと向かう。ナイトは小さく舌打ちしてトリガーに攻撃を仕掛けた。あの魔法は発動から発射まで多少時間がかかる。その間、他の魔法は発動できない。


「今しかない……のに!」


 この瞬間だけがトリガーを倒せるチャンス。だが自分では片手間に放たれるソードの攻撃を突破することは出来ない。歯がゆさにナイトは唇を噛んだ。


「ごめんね。ちょっと色々壊しちゃうわ」


 ローズは地上に向かって言う。地上の人間たちは宙に浮く巨人を困惑と不安の色を浮かべて見上げる。

 いくら苛烈な攻撃を仕掛けようと、死なない限り今のトリガーは止まらない。ソードの守りを突破するのも難しい。ならば別の手段を選ぶべきだ。ローズは直感的にそう考えた。深く息を吸って、吐き出す。目を大きく見開いて、右手を上げた。


「『薔薇園の雨・完全開放』!」


 雨が降った。落ちた雫は地面に染み込んでいき、大地に根付く植物たちに届く。大きく、太く急成長した植物は地面を割って街を砕いた。天へ向かって巨大に伸びていき、手を繋ぐように絡まりあう。

 ローズの手が小さく震えた。決して少なくない人間が傷ついている。殺さないように制御はしている。それでもきっと彼らはこの魔女に恐怖を抱いているだろう。


「構うもんかっ!」


 眼下の街はローズの魔法によって急成長した植物に覆われる。殆ど同じタイミングでトリガーの魔法に力が十分に充填されたのが分かる。


「ナイト!トリガーから離れて!」


 その声に反応し、『引き金』の射線上から離れる。直後、銃口が光を放った。ナイトはその輝きに思わず目を覆う。

 ローズは街を見下ろした。


「……く」


 ローズの切札。彼女が用意できる最強の護りだった。人類の用意した戦略的兵器の火力もこの防御を突破することは出来ない。


「う、う……!?」


 だが今相手にしているのはトリガーのそれすら超えたエネルギーである。破壊力だけならばあらゆる魔法を上回る究極の閃光がローズの防御を燃やし尽くす。両腕を前に伸ばしありったけの魔力を送る。植物のドームの内部には再び雨が降り、焼かれた傍から次の木々が伸びてくる。


「うう……」


 腕に痛みが走る。幾度となく燃えては生まれる木々は人々と街を守り続けた。身体の限界を無視して魔法を維持し続ける。


「……あ」


 それでも。足りないと気付いた。魔力が尽きて、その瞬間に雨は止んだ。それ故これ以上木々は伸びない。当然、超高熱量の閃光はローズの守りを貫いた。


「あ、あああ……」


 魔法が解けたことでローズの身体が堕ちていく。炎の海となった足元を見下ろす。


「いや……。いやだ……」


 一時的に魔力の尽きたローズは回復するまで魔法を使えない。四つん這いになって必死に炎を叩く。トリガーの炎で手が燃えるのも構わず消そうとする。

 上空からその姿を嘲笑う声がした。


「ハハハハハ!そうだ!こうではなくては!ムシケラどもの燃える音が心地いいじゃないか!」


 エックスは燃える街を見下ろしていた。ソードからは背を向け、その声だけが耳に響く。


「……とはいえ。ローズのヤツもなかなかやる」


 ソードの言う通りだった。ローズの魔法は決して全てを守り切れなかった。だがそれは全てを焼き尽くされたという事でもない。


「半分以上。守るとはなあ」


 ギリギリになって、自身の魔力ではトリガーの魔法から全てを守り切ることは出来ないと気付いた。ローズは反射的に計算する。今の魔力を全てを街の三分の二に集中させれば、その区域だけならば守り切ることが出来る。


「う。うううう」


 判断は冷徹に。それでも焼かれた街を見てしまって心が張り裂けそうになった。涙を流しながら火を消して生存者を懸命に探す。拾い上げた人は真っ黒に焦げているか身体の一部が吹き飛んで動かないかのいずれかだった。トリガーの閃光に焼かれた街で生き残っている人間は存在しない。どこかでそれは気付いていた。


「とはいえ。また守れなかったなあ。エックス」


 ソードはそう言いながらエックスの傍に近づいていく。

 千年前はこれでエックスの心は折れた。今回もきっと同じ。一回でも街を焼けばこちらの勝利だ。


「何度やってもお前は守り切れない。次はどこを焼いてほしい?お前のお気に入りから順番に燃やそうか?フフ……。ハハハハハハ!」


 世界全体に響くような笑い声。ローズは地上でその声を聞いていた。ナイトはその姿を睨んだ。刀を握るミライの手は震えていた。そして。


「ハハハハ!……ハ?」


 エックスは。


「……なん、だ?この矢は」

「『完全開放』」


 一切構わずソードを至近距離から撃ち抜いた。


「……か」


 腹部から流れる血を抑える。ソードは奥歯を噛み締めエックスの瞳を見る。

 その目は未だ死んでいない。真っ白な翼が風を起こして羽ばたいた。

 『完全開放』の力で再び矢の記憶を完全に失い、一切反応できずに撃ち抜かれてしまった。だが撃たれた本当の理由はそれではない。もうエックスは戦えないと油断をしていたことが最大の原因である。


「ああ。そうか。そういう事か。ボクは。分かってしまったよ」


 エックスはソードに微笑んで見せる。


「……随分と余裕じゃあないか。エックス。千年前のお前だったら、『完全開放』の準備をやっている冷静さなんて無かったろうに」


 エックスは静かにソードを見つめる。友達が殺された。街が焼かれた。ショックがなかったわけではない。千年前と同じかそれ以上に傷ついてはいる。ただ、そんな心を支えてくれるものがエックスにはあった。


「つまりは。ボクは公平の事が一番大事なんだね。それ以外の全部と天秤にかけたって足りないくらいに。うん、よく分かったよ。確かにこれはすごく」

「ああ。実に魔女らしい」


 自由に生きるのが魔女。自らの欲望と快楽を、他の何もかも踏みつぶして壊してでも成し遂げるのが魔女。一つ言葉を発するごとに自分がそういう生き物であったことが納得できた。不思議と悪い気持ちではない。寧ろスッキリしたくらいだ。


「だからソード。ボクはこの世界は絶対に守るよ。何度焼かれたって諦めない。だってこの世界はボクと公平が一緒に生きていく世界だ。壊そうとするヤツは、誰であろうと許さない」

「ハハハ。いい。千年前よりずっといい。形のない使命感で人間を守るなんてふわふわした理由よりずっと素晴らしい!」


 ソードの高笑いが響く。エックスもまた、思わず笑っていた。




 ミライの心が震えた。

 また人が死んだ。自分のすぐそばで死んだ。街ごと丸ごと焼け死んだ。どうしてエックスは気にせず戦えるのか理解しきれなかった。

 ヴィクトリーの剣とミライの刀が競り合う。黄金に輝く『勝利の剣』が力を開放した。刀ごとミライは吹き飛ばされた。

 体勢を立て直し、ヴィクトリーに視線を向ける。


「……あ」


 黄金の剣の輝きが一層強くなった。担い手の背に白い翼が備わる。その姿をミライは知っている。


「『勝利の剣・完全開放』」


 ヴィクトリーは翼を羽ばたかせ上空へと上がった。輝く剣を振り上げる。

 この魔法の力は非常にシンプル。『勝利の剣』の力を極限まで高めること。単純な威力で比べればトリガーの『完全開放』には劣る。その分発動前の予備動作として力を溜める必要はない。狙いは既にミライではなかった。その真下にある、ローズが必死に守った街だ。


「……させない」


 ミライは刀に魔力を送る。この魔法は母であるヴィクトリーと一緒に作ったもの。目的は一つ。


『ミライ。アナタに宿題を出します。私を越えること。手始めに私の一番強い魔法に勝てる魔法を作るわよ!』


「──『聖剣』」


 ミライの身体の周りを蒼く輝く龍のオーラが飛びまわる。


「『蒼龍』!」


 その光がミライの剣と溶け合った。ヴィクトリーが剣を振り下ろした。ミライはその輝きの中へと飛び込んでいく。


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