「剣」と魔人③
大空を自由に飛び回る魔人。鋼鉄の鎧を纏う怪力の魔人。
長距離射撃の出来る吾我とキングがファルコを、パワー特化のジャックにサポーターの杉本がスタッグを相手に戦闘が始まった。
だがしかし。
「攻撃が……」
「……当たらない」
「フハハハハッ!そんなのろまな攻撃では、この僕を射抜くことは出来ませんよ!」
二人の想像を遥かに超えてファルコは速かった。吾我の矢もキングの銃もまともに狙いを定めることすら出来なかった。
「では。こちらの番です!」
ファルコは二人の攻撃を掻い潜り、一気に地上へと迫ってくる。大量に『オレガフライ』を出して弾幕を張ろうと思ったがそれでは間に合わない。代わりにキングの前に立った。
「『ガガガ・オレガブレイク!』」
弓は斧に変わる。ファルコの足の鉤爪とぶつかり合った。ピシッっという音と共に斧に罅が入る。
「なにっ!?」
「脆いですねえ」
ファルコが足を振り上げた瞬間に斧が砕け散る。その一瞬に吾我は隙を見出した。
「『メダヒード』!」
ウィッチの魔法。最上級のものではないので威力はそこそこだが、負荷も殆どない。放たれた炎の球がファルコに命中する。
「……ちっ。バケモノめ」
「クククク。クハハハハ!無駄。無駄!無駄ァ!」
その両翼が身体を覆い隠し、炎は完全に防がれてしまった。最大魔法でなければこの翼を突破することは出来ない。鉤爪が吾我の喉元を狙う。
「『ジェット・アーム』!」
キングの魔法により吾我の背に機械の翼が装着される。ブースターは炎を吹いて彼を上空へと逃す。自身も同じ魔法で空へと飛ぼうとする。
「おおっと」
その直前に、ファルコは翼を羽ばたかせた。刃のごとき羽が発射され、キングを切り裂いた。その身体を貫いて背中の『ジェット・アーム』を破壊する。
「……あ」
「キング!」
慌てて彼の助けに向かう。それに気付いたファルコは翼で強風を起こし吾我を吹き飛ばした。
「くそっ!」
「駄目ですよ。今来られては困る」
膝をつき、ファルコを見上げるキング。鉤爪のついた左手がその喉元を掴んで持ち上げる。
「やめろー!」
「ふんっ!」
ファルコの右手が左胸を貫いた。キングの口から大量の血が噴き出す。赤く染まる手を引き抜き、もう動かない身体を雑に放り投げる。
吾我の背から『ジェット・アーム』が消失する。身体を強化していても、まともに着地は出来なかった。手が震えた。ファルコはキングの命を絶った鉤爪を見せつける。
「まずは。一人」
「貴様ァ!」
斧を振り上げてファルコへと向かう。
「うおおおお!」
ジャックが叫びながらハンマーをスタッグに叩きつける。仲間を殺害された怒りと恨みを込めた渾身の一撃も、その黒い鎧を傷つけることは出来ない。
「くっそぉ!」
何度も何度もハンマーを叩きこむ。スタッグはビクともせず、無言でジャックを斬り飛ばした。
「ジャックさん!」
杉本吹き飛ばされたジャックに駆け寄った。その手を振り払い立ち上がる。
「下がってろ……。コイツは俺が仕留める!」
「でも……!」
「お前の魔法はヤツには効かなかった」
杉本の杭もスタッグの鎧を貫くことは出来なかった。それどころか磔効果ですら意味を成さなかったのだ。
「まさか……あんな滅茶苦茶なやり方で……!」
スタッグは杭を避けることはしない。ただ腕で受け止めるだけだ。そうして固定された腕を自ら切断しその力から抜け出していた。スタッグは魔人の中でも特に優れた回復能力を有していた。切断された腕は瞬時に再生してしまう。
「だからアイツは、俺に任せろ!」
ズンと前へと踏み出す。スタッグは悠然とそれを見つめていた。
「キングの仇だあ!『ギガ・クラッシュ』!」
より巨大なハンマーで殴りつける。両手の刃で受け止めたスタッグはその一撃に初めてよろめいた。
「うおおおお!」
思い切り地面を叩く。アスファルトが砕け大地が隆起した。それにより漆黒の身体が上空へと跳ね上げられる。ジャックは岩盤を蹴りながらそれを追いかけた。
「……ランクが上がったか」
スタッグが真下に迫るジャックを見下ろし、二本の刃を振り下ろすその瞬間。
「!」
その手に『杭』がぶつかる。そのせいで一瞬動きが止まった。腕を引きちぎり脱出するよりも、ジャックのハンマーの方が早い。初めてクリーンヒットした一撃。それにより魔人の身体は地に堕ちた。
スタッグはゆっくりと立ち上がる。腕は既に生えていたが痛みは残っていた。ダメージは消えていない。
「まだだァ!」
ジャックは足元を蹴って地面に降りる。ハンマーと刃がぶつかり合う。
二人の攻防を横目に、吾我をあしらいながらファルコは高笑いする。
「ハハハ!いいぞスタッグ!そのままソイツを引き付けて……」
「すまない。無理だ」
「お、け……?なんだって?」
魔人の聴力で、ファルコはスタッグの言葉を聞くことは出来た。だがその言葉の意味が理解できなかった。
「コイツは本気で、全力を越えて全力だ。だから俺も全力でぶつかる」
「スタッグ……?おい……!ちょっと待て!」
「よそ見をするなァ!」
「くっ……!」
吾我の攻撃を受け止める。彼もまた力を増していた。集中しなければ決して少なくはないダメージを負う。てこずりながらも上空のスタッグに叫んだ。
「よせぇ!スタッグ!」
「『オーバーヒート』!」
ジャックのハンマーが振り下ろされる。その一撃はどこにも届くことはなく、空を切った。そこにいたはずのスタッグは真っ黒な鎧だけ残して消えた。
背後に気配を感じて振り返った直後、腹部を燃えあがる足が蹴りぬいていた。
猛烈な速さで、杉本のすぐ横を、何かが燃えながら通り抜けていく。背後のビルの壁が壊れる音がした。
「え?」
反応すら遅れた。杉本は慌てて振り返り走り出す。そこには黒く燃える何かがあるだけだった。
「ジャックさん……?」
その黒く燃えるものが彼だと、ようやく気付いた。
「ジャッ……!」
また一人。仲間が死んだ。
「お前ら……!」
「スターッグ!貴様何を考えている!」
ファルコは吾我を蹴り飛ばし、燃える身体のスタッグへと駆け寄る。たどり着いた時には人間の身体に戻っていた。
「作戦を忘れたのか!話を聞いていなかったのか!どっちかそれとも両方か!今すぐ答えろ!」
「どちらでもない。ただ本気で当たらねばならないと思っただけだ」
「それが……それが?僕の作戦を無視した理由か?ハ、ハハハ。ふざけるなァ!どこまで愚鈍なんだ貴様は!ハッ。全力を越えて全力?本気で当たらなければならない?何を言っている?仲間が死ねば怒りで力が上がることもあるさ。それくらい計算に入れて対処できないのかお前は!」
「できなかった」
「死ね!」
ファルコは吾我を指差す。ゆっくりと彼は立ち上がる。
「お前ら……!」
「見ろ。最早怒りで我を忘れる段階を振り切った」
激しく燃える怒りは熱量を上げ、静かに燃える青い炎になる。
「最優先は『開発者』。次が『リーダー』だ。一人殺され、冷静さを欠いた時こそ容易くしとめられる瞬間だったんだ!その順番こそが最も美しいんだ!それをお前は台無しにした!あんなでくの坊は一番最後でも構わなかったんだ!」
「本当に悪いと思っている。詫びにヤツの相手は俺が」
「悪いと思うなら二度と前に出てくるな!オーバーヒートの反動で魔人化も解除されたヤツに何が出来る!僕の作戦をこれ以上邪魔するな!」
ファルコはスタッグを蹴って突き放す。直後放たれた閃光を翼で防いだ。
「作戦会議は終わったか……?ならさっさと続きをやるぞ」
これ以上仲間を侮辱されて我慢なんて出来ない。
「ええ。続きを。貴方もあと数分で仲間の所へ……」
ファルコの姿が消える。
「送ってあげますよ!」
高速で吾我の眼前まで迫る。吾我はそれに反応し、斧で相対する。
二人がぶつかり合う直前、その間に衝撃が走った。同時にその一撃が放たれた方向を見る。
そこにはもう一人の魔人がいた。人間とライオンの混じった姿。彼女は地に倒れ人間の姿に戻る。そしてもう一人が裂け目から飛び出してくる。『裁きの剣』が夜の街を照らした。
「お前らかあ!」
「どうやら。向こうは成果を出したようですね」
「……!」
学生たちを守りながら公平とレオンは戦っていた。見える範囲では最後の一人がようやく逃げた。これで周りを気にすることなく戦える。
「次は、貴方の番です!」
魔人の爪が迫る。公平は小さく呟いた。
「『業火の嵐』」
公平の周囲に炎が吹きあがる。エックスの教えてくれた魔法の一つ。『炎の雨』よりもずっと強い業火の魔法。レオンは咄嗟に腕で庇った。
「目くらましのつもりですか……!」
飛び込む覚悟を決め前に出る。突如、炎が一気に消滅した。自分自身の魔法を喰らった『レベル3』が輝きを放つ。
「なっ……!」
レオンの計算では、今『レベル3』が使えるはずはなかった。ランク97ではキャンバスの広さが足りず、『業火の嵐』と併用して使えない。だが目の前の現実は違う。即ち。
「コイツランクが……!」
「ハアアアア!」
エックスとの特訓でランク98は眼前に迫っていた。そこへと届く最後の一歩を、キングとジャックの死に対する激情が後押しした。
周囲に広がりあらゆるものを焼き尽くす強力な炎の魔法。その全てを喰らい、一つの刃に集中させた。刃の軌跡が魔人の身体を切り裂く。回復能力ですら追い付かない痛みに意識は遠のいていった。
公平は『裁きの剣』をファルコに向かって振る。放たれた斬撃をギリギリで避けた。
「お前……」
吾我はその後ろ姿を見つめる。ファルコは公平の顔を見てその顔を手で覆った。その口から笑い声が漏れ出す。
「クックックックッ……。ハッハッハッハッ。全く……どいつもこいつも……!作戦を理解できない愚鈍の兄!成果一つ上げられない無能の姉!どいつもこいつもバカばかり!母さんの子供じゃあなければ僕が首を撥ねているところだ!」
吾我は前に出て、公平の隣に立つ。
「今日はお前がサポートだ。絶対に。奴らは俺が仕留める」
「ああ。分かっているよ。その代わり絶対にヤツを倒せよ」
公平と吾我。二人は殆ど同時に武器を構えた。
ファルコが翼を広げる。空気が張りつめて、時間が止まったみたいに誰も彼も動けない。
一秒と一秒の狭間。その刹那に、ファルコの姿が消えた。
公平は咄嗟に前に出て足の鉤爪を用いた攻撃を受け止める。ほう、とファルコのくちばしから息が漏れる。
「吾我!」
その言葉に反応して矢を放つ。右の翼がそれを防いだ。公平は剣を切り払いファルコを遠ざける。
もはや速度を競うことは諦めていた。どれだけ魔力で身体を強化しようと、魔人と人間とでは身体能力に大きな差がある。相手も同じだけ身体を強化していたら絶対に追いつかない。
代わりに強くしたのは『視る』力。公平の動体視力は極限まで高まっている。ファルコのスピードが相手であっても、その動きを見切ることができた。
「……はっ。なんだ。お前も高野と同じかよ」
「なにぃ?」
「目にもとまらぬスピードで。相手の懐に入って急所を突く。何度も受ければいい加減対策も考えるさ。ワンパターンなんだよな。頭悪いんじゃないか?」
「……貴様!」
「大体なんで高野がライオンなんだよ。『タカ』ならあっちのが鳥じゃねえの?」
「ぼ、僕は」
ファルコがわなわなと震える。
「僕はファルコ!隼の魔人だあ!」
そう叫んで飛び上がる。公平と吾我はそれを見上げた。
「上手いこと空に行ってくれたな」
「お前まさかわざと挑発したのか」
「まあね。いくら何でもあのスピードとまともにやりあったらどっかでジリ貧になる」
公平にはファルコが頭に血が上っているように見えた。ほとんど言いがかりのような挑発でも乗ってくれると確信していた。
「だが。それでどうする。飛行速度も相当だ。下手したら飛んでいる時のほうが早いぞ。ましてヤツは上空の安全圏から攻撃してくる。不利なのは変わらない。寧ろ状況は悪化したように思うが」
「だからいいんじゃないか」
公平の身体を風が包み、浮き上がる。
「必ずお前の攻撃に繋げてやる。俺を信じろ」