「剣」と魔人②
後書きにとある登場人物の補足的エピソードを置いてあります。
魔女同士の戦い。二対一ならばどうにかなると思っていたのだが。現実はそう上手くはいかない。キャンバスの広さも数の上での有利も覆されてしまった。
「どうしたエックス!そんなに他が気になるか!」
気にならないわけがない。相手は目の前にいるソードだけではないのだ。
「このまま。蜂の巣にしてあげるわ」
「……くっ!ねえトリガー!?アナタこんな子だったかしら!?」
トリガーの銃弾をローズは辛うじて受け流した。彼女が一緒に居るだけでも厄介だ。それなのにまだもう一人──。
無言で振り下ろされる黄金の剣。ソードの銀色の剣と連携を取りながら襲い来る。精神的に余裕のないエックスには躱すのが精いっぱいだった。
最後の一人はヴィクトリー。その気になれば単独で人間世界を破壊しつくしてしまえる強力な魔女。それが三人。
全ての魔法を取り戻した万全の状態であれば三人を相手にしても一方的に勝つことが出来た。だが今は半分の力も取り戻せていない。悲しいほどに力が足りていなかった。
「……せめて。もう一人」
その瞬間、ヴィクトリーの『勝利の剣』が振り上げられる。避けることも出来るが、それではジリ貧だ。この身を斬らせてでも隙を作って、一人でも倒す。
攻撃を受ける覚悟をした時、空間が裂けた。その向こうから『裁きの剣』が飛び出す。ヴィクトリーは反射的にそれを切り伏せた。
「……おや。これはこれは。ふふ。千年も追放されていた割には友人が多いじゃないか。助太刀らしいぞ」
「……うぅ」
どこか頼りない声。
「ナ、ナイト!?アナタ何しにここに」
ローズがトリガーを相手にしながら叫んだ。
「う、うるさい。朝倉美緒に呼ばれたんだ!ヴィクトリーの様子がおかしいって!ま、まさかこんなことになっているとは思わなかったがな!」
その姿を見た瞬間、心が跳ねた。公平が繋いだ縁が、この土壇場でナイトを呼んだのだ。
だが一方で焦ってもいた。彼女の実力では誰を相手にしても敵わない。勿論ナイトもそれを分かって来たのだろう。既に小さく震えているのが見える。
「アサクラって誰!?い、いや。とにかく!アナタ弱いんだから帰りなさいな!」
ローズはストレートに言った。ナイトはキッと彼女を睨む。言われなくても分かっているとでも言いたげである。
「私だって来たくはなかったさ!だが……。美緒だけじゃなくて、あの子にまで頼まれては仕方がないだろう!」
ナイトが通ってきた裂け目から小さな影が飛び出す。それは青い力を纏って叫ぶ。
「『宝剣/鳥海』!」
切り払った斬撃が鳥を形どったオーラになって、エックスとヴィクトリー・ソードの間を駆け抜けた。
「……なんだ。このコバエは」
彼女は刀をソードに向ける。
「過去、現在、未来のミライ。そちらのお名前は周知しています。名乗らなくて結構」
言い終えたミライの視線は、ヴィクトリーに向けられる。虚ろな瞳をどこか寂し気に見つめた。
彼女はまた強くなった。エックスには一目で分かった。既に公平を越えてランク98に達している。だがそんな彼女でも、この三人を相手にするのは危険である。
「ナイト。助太刀はありがたいけど。今は……」
「ああ。すぐに退散するさ。私の家に逃がした美緒も心配だ。……だけど。ミライは問題ない」
弾けるようにミライの魔力が爆発した。エックスとソードはその思惑に気付く。
「ヴィクトリー!」
ソードの指示でヴィクトリーがミライに向かった。眼前にナイトが立ちはだかる。彼女はソードの剣を鎧で受け止めた。刃を握りしめ強く叫ぶ。
「やらせませんよ、ヴィクトリー!貴女にだけはっ!この子はっ!」
「……ちっ!」
ソードが『断罪の剣』を構える。エックスは彼女の背後に回った。
「『未知なる虚空』!」
「なにっ!?」
開いた黒い穴が『剣』を飲み込む。エックスは即座に魔法を解除し矢を構えた。
「邪魔はさせないっ!」
「エックス貴様っ!」
トリガーが銃をミライに向ける。引き金が引かれる直前、ローズの鞭がそれを弾いた。
「いきなさい!ええとミライサン!?」
「あああああっ!」
ミライの身体が光に包まれる。燃えあがるような輝きの向こう側。ミライは、魔女になっていた。
「……ちぃ」
ソードは小さく舌打ちした。ミライは魔女になる訓練を積んでいた。そしてそれは既に花開いていた。ヴィクトリーに刀を向ける。
「行きますよ。お母さん」
その言葉に思わずエックスとローズはミライに視線を向けてしまう。勿論ミライはヴィクトリーの本当の娘ではない。血の繋がり以上の絆があっただけだ。
二つの刃がぶつかり合う。
ヴィクトリーに何が起きたのかミライには分からない。ただ彼女が、母が人間世界を攻撃することはあり得ないと信じていた。
「だから!」
何があったかは分からないが、何かがあった。ヴィクトリーの心を変えてしまう何かが。ミライにはそれを解決することは出来ないかもしれない。彼女が学んできたのは戦う魔法だけだ。だからこそ、出来ることを出来る限りやりぬくだけ。
「お母さんがくれたこの力でお母さんを止める!絶対に人間世界を攻撃させたりしない!」
ナイトはミライの戦う姿を横目に見た。突然ヴィクトリーが娘と言って連れてきた人間。最初は気に入らなかった。早く飽きてくれないだろうかと思っていたくらいだった。それが、魔法の訓練を付けてやっているうちにだんだん可愛く見えてきてしまった。
『そうよ。私の娘は世界一可愛いんだから』
ヴィクトリーはそんな風に言ってミライは照れていた。そんなことを無意識に思い出す。
自嘲するように笑い。そして、ローズの隣に並んだ。
「……アナタ帰るんじゃないの?」
「そのつもりだったが。私もヴィクトリーを助けたい。それにミライが頑張っている。逃げるわけにはいかないさ」
「……ねえ。その前ミライという女の子の事で聞かせてほしいことが」
「いいから前を見ろ!……アンタの方が強いんだから真面目にやってよ!」
迫りくるトリガーを指差して言う。
「……これは。どうしたことだ」
「逆転とまではいかない。けど。拮抗状態には近づいたんじゃない?」
ソードの瞳がエックスに向く。右手に『断罪の剣』を携え迫ってきた。
向かってくる刃。ヴィクトリーと二人を相手取った時には避けるので精いっぱいだった。だが、一対一であれば話は変わる。
「っ!」
「捕まえた」
剣の一撃を避けながらソードの腕を掴む。そのままの勢いで放り投げた。
ソードは体勢を立て直し視線を戻す。見たことのない『弓矢』を構えるエックスがそこにいた。
「『未知なる一矢』」
ソードはもう一本の剣を出した。古い方を放り投げて矢にぶつける。剣と矢はそこで炸裂した。
立ち込める煙を裂いて、エックスが姿を見せた。弓の両端は刃になっていた。ソードの剣とぶつかり合って接近戦に持ち込む。
「やるね。初見だったろうに。ボクの矢に対処してくるなんてさ」
「お前は常に未知の攻撃を撃ってくる。ある程度警戒するさ」
言いながらも既に『未知なる一矢』の記憶は失われつつある。発動している限り敵の記憶を侵食し続ける。そうやって隙を作り、再び矢を打ち込むことを狙っていた。
「だがその弓。『完全開放』ではないな。それだけの力を感じない」
「どうかな」
平気な顔を保ったが少しだけ焦る。
「どうして『完全開放』を使わないか。不完全なキャンバスでは魔法を描き切るのに時間がかかるからだ」
「だから、どうしたって言うのさ!」
エックスは弓で切り払って矢を撃つ。二本目の剣がそれを相殺した。今、ソードには武器がない。ここが最大のチャンスだ。
エックスは空を蹴り一気に近づいた。殆ど同時のタイミングでソードは手を前にかざす。
「『断罪の剣・完全開放』」
エックスの真後ろに13本の剣が展開する。それぞれが光の線で繋がり、球体上のネットワークを構築する。その内部では特殊な力の場が形成される。捉えた獲物の動きを鈍らせるだけではない。魔力さえも滅茶苦茶に掻き乱してしまうので、魔法や身体強化も封じられてしまうのだ。
「でもこの距離なら!ボクを中に入れることは出来ない!」
「ああ。千年前と同じならな」
再びソードの手に魔力が送られる。
「『星の剣』」
ソードが発動した輝く剣。千年前にエックスが切り札として使用していた魔法の一つだった。その一閃が剣のネットワークの中へと吹き飛ばす。
ソードはエックスのキャンバスを奪っている。『完全開放』を使いながらでも奪ったキャンバスを起動させれば強力な魔法が使えるのだ。
「……くっ」
エックスは剣のネットワークの中に捕らえられてしまった。同時に手の中にあった弓も消失する。
「勝負だエックス!」
エックスの全身を剣が発生させる力が縛り付ける。内部では魔法を使うどころか動くことすらままならない。必殺の魔法だった。逃げることも生還することも不可能である。
──普通の相手ならば。
エックスは大きく深呼吸した。吸い込んだ息に連動するかのように魔力が全身に行き渡る。
「えいっ!」
「なにっ!?」
自身を拘束する大きな力を、それよりも強くなった身体の力だけで無理やり破った。
「……はっ。相変わらずイカれているな……。千年前からまるで鈍っていない」
「そっちは鈍ったんじゃないかな。千年前から殆ど進歩がないじゃないか」
かつてあった魔女の世界での戦い。当然ソードともぶつかり合った。この魔法も受けたことはある。対策として内部で魔力を操る方法も熟知していた。当然身体を強化することだってできる。
このままでは脱出される。そう判断したソードは手を握った。その動きに反応して剣たちが一斉に切りかかってくる。
エックスは慌てない。敢えて剣に向かっていった。ぎりぎりで攻撃を避けるとそのまま柄を手に取る。暴れ回る剣を強引に黙らせてコントロールを奪い、残りをその一本で切り伏せる。
ソードは苦笑いしていた。こんな無茶苦茶な対処はエックスにしかできない。
剣のネットワークから無傷で抜け出してソードに向かう。剣を横一文字に振り抜く直前、ソードは『断罪の剣』を解除した。その攻撃は空を切る。
「だろうね」
エックスは攻撃の勢いのままに身り、体を捻り相手の腹部を蹴り飛ばす。ソードはその一撃を防ぎきれず吹き飛ばされ体勢を崩してしまう。
「『未知なる一矢』!」
再び弓を発動させ矢を引く。ソードの集中は切れている。必殺の魔法を破られた以上、冷静ではいられないはずだ。今ならこの一撃で。指を離すだけでソードを倒せる。
「……え?」
その直前。魔女たちがぶつかり合う上空からずうっと離れた異国の地。そこで起こったことをエックスは感じ取ってしまった。ほんの一瞬、矢を放つタイミングが遅れる。
「ふっ」
ソードが『断罪の剣』を射出する。エックスの矢と相殺し打ち消される。
汗が一筋、頬を流れて落ちた。
「どうやら。本命のタスクは果たされたようだな」
ソードの言葉が耳に残った。
「未来」と「勝利」
ミライがミライという名前を貰うずっと前のこと。彼女の人生は最悪だった。そうだったはずだとぼんやり記憶している。
その女はいい母親になろうとしていた。17歳の時に望まぬ形で子を授かりそれでもその子を産み落とした。そこからの5年間。女と子供は確かに親子だった。ほんの少しの時間だった。小さなアパートの一室に幸せはあった。
ただ。その後二人の家庭に変化が起きた。男が来たのだ。
当時の記憶はあいまいである。遥かに昔であること以上に、自分の心を守るために記憶を失くしてしまったのかもしれない。ただ身体中があざだらけで、いつもお腹が空いていたことは覚えていた。
母親は、母親ではなくなった。母親だった女が連れてきた男は、最初から父親ではなくそうなる意志もなかった。
ある日。夏が近づいてきた日。その日は酷く暑かった。少女はしつけと称して外に放り出された。風は吹いてこない。まるで炎の中にいるようだった。喉がからからに渇いていく。6歳の少女は死の概念をまだ知らなかったが、感覚的に終わりが近いことを知った。
こつこつと、誰かが階段を登ってくる音がした。助けてと叫べばいいのにそれが出来ない。体力が低下しているだけではなく、うるさくしたら中の二人に叩かれるような気がしたからだ。
登ってきたのは金髪の女性だった。髪の色より金色な、輝く瞳が少女を見下ろした。
「みいつけた」
少女の傍に座り込んで抱きかかえる。女性の身体はひんやりと冷たかった。それが何だか優しい気がした。
「悪いわね。この身体だと簡単な魔法しか使えないから。すぐに戻ってあげる」
そう言って女性は来た道を戻っていく。その先にトンネルみたいな穴を見た。女性は少女と一緒に穴を通っていく。
少女を拾った女性は、本当は巨人だった。
「アタシの名前はヴィクトリー。最近、友達が人間の魔法使いを育てているの。面白そうだからアタシもやろうと思っているわ」
少女にはヴィクトリーの言っていることがよく分からなかった。
ヴィクトリーはぽかんとしている少女にその巨大な顔を近づける。
「魔法。使えるようになりたくない?きっと楽しいわよ」
ヴィクトリーは人間を捕まえて魔法使いに育てようと思いついた。ただ、どこでも誰でもいいというわけではない。出来ればいなくなっても自然に思われる人間がいい。虐待を受け、死にかけているこの少女はその条件を満たしていると思った。魔女の感性で殆ど衝動的に動いた結果である。
ヴィクトリーは魔法を使って先ほど通ってきたものと似たの穴を開いた。
「この先に入れば貴女の感覚で十年出てこられなくなる。勿論アタシも一緒に入るわ。貴女みたいに小さな人間に一人で生きていけと言うほど残酷な魔女ではないのよ?」
その裂け目の先には草原と青空と木々が広がっていた。優しい風が吹き抜けている。
「外とは時間の流れがズレているから、中で十年経って出てきたときにはこっち側は一か月しか経っていないわ。今の貴女の人生は大きく変わる。過去も現在も捨てて、未来の貴女になる」
少女にはヴィクトリーの言うことはよく分からなかったが、未来の貴女になるという言葉の響きは何だか素敵に思えた。反射的に少女は「いきたい」と言っていた。
ヴィクトリーはにっこり笑う。
「うんうん。いい返事。貴女……。これから十年一緒に生きる相手の名前を知らないのは不便じゃない?うん。不便だと思う。貴女名前は?」
少女は困ってしまった。男が来てから「おい」とか「こら」としか呼ばれていない。自分の名前を思い出せなかった。
ヴィクトリーはにこにこしたまま首をかしげる。名前を聞いただけなのに何を困っているのだろう、と。
未来の貴女になる。少女の頭をその言葉が走った。咄嗟に「ミライ」と答えていた。
「ミライ。ミライね。うん。うん。いい名前じゃないかしら?ちょっと皮肉な感じもするけど。まあこの際気にしないことにしましょう」
ヴィクトリーはミライを拾い上げると裂け目の向こうに入っていく。
「では行きましょうか。ミライ。過去、現在、未来のミライ」
ヴィクトリーは歌うみたいに言った。
それが二人の始まり。ともすればどちらかの気持ち一つで終わってしまう関係性。それが十年続いて、本当の親子のようになっていた。
「ああ……。不覚だわ。きっとワールドに嫌われる。けど。それでもいいと思っている自分もいるのよ」
穏やかに眠るミライの寝顔を愛おし気に撫でる。彼女を攫ってしまったことに後悔はない。この子をあのままあそこに置いておくなんて今では考えられないことだ。
ただ。彼女の人生を壊した自覚はある。他の選択肢だってあったはずなのに、自分が全部踏みつぶして二つに一つの道しか残してあげられなかった。ふと思い出した吾我の顔。
壊れた人生でも、それはそれとして生きていけるはずだ。
来るワールドとの戦いで活躍すれば。吾我の所属する組織に雇ってもらえれば。普通の人生を与えることは出来ないけれど。誰かと生きていける人生を与えてあげたい。
「そうね。一番いいタイミングで助けに入るようにすれば……。まだまだ時間はあるんだもの。色々考えないと」
今からでも。きっとこの子を幸せにする。ヴィクトリーは、偽りだと分かっていたが、母親としてミライの未来を想っていた。