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未知との出会い  作者: En
第一章
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「勝利」の戦場⑤

「……何でさっき攻撃してこなかった。絶好のチャンスじゃないか」

「そんな事決まっているでしょう。本気のお前と戦いたいから」

「戦いたい?俺と?こんなところでじゃなくても、本気で戦うに決まってんだろ!何の罠だ!」

 ヴィクトリーが鼻で笑った。

「本気で戦う?この私と?あっちこっちにいる人間を守りながら?また随分舐められたものね」

「うっ……!」

 確かに、彼女の言うとおりだ。周りが気になって、本気で戦うことなど出来るだろうか。先日のナイトとの戦いですら、人の避難が大体終わっていたから出来た事。まして今回の相手はヴィクトリー。ワールドに並ぶ実力者。

「この戦場は、現実の世界とは切り離された空間。敵の魔力を奪い取り、有利に戦いを進めるための場所」

「魔力を奪う、だと……」

 公平の魔力はエックスからもらった限りある物。回復はのぞめず、魔力が尽きれば戦えない。

「けど、今回はあくまでもお前が本気で戦えるように連れてきただけ。その証拠に不自然な魔力の消費は発生していないはず」

「それは……そうだな」

 本当に、自分と戦う為だけにこの魔法を発動したのか。こんな大きな魔法、発動と維持で相応の魔力を消費しているはずなのに。自然と笑みが零れる。こういうタイプは初めてかもしれない

「面白い!やってやる!全力でてめえをぶっ潰す!」公平が右手を掲げる。

「さあ、来なさい!」ヴィクトリーは公平に右手を向ける。

「『裁きの剣!』」

 二人の魔法は同時に発動した。互いに剣を数百展開し、雨のように隙間なく、互いにぶつけ合う。

 ヴィクトリーはその瞬間に少し後悔した。自分の攻撃に対応してきたことは素晴らしい。だが、こんな大量に『裁きの剣』を出せばエックスからもらった魔力などすぐに尽きる。そしてその剣も、簡単に消えていく。戦術も能力も完全に期待外れだ。

 だから、一瞬気を抜いてしまった。公平の狙いはその気の緩み。彼は既に、時空の裂け目を開き、ヴィクトリーの背後を取っている。

「ここだぁああああ!」

「……へえ」

「『怒りの剛腕』!」

 エックスとの特訓で作った新しい魔法。公平は巨大な鋼鉄の腕を魔法で生成し、ヴィクトリーを背後から殴りつける。だが、その腕は巨大な剣に阻まれ届いていない。

「……ダメか」

「残念。私くらいならこれくらい呪文を唱えずに使えるのです」

 腕は剣にぶつかったが、破損はほぼない。これなら90%以上を魔力に還元できる。公平はそうして魔力を回復し、ヴィクトリーの正面に移動する。

「……なるほど。私の攻撃に乗ってきたのはブラフか。発動した剣を即魔力に戻せば、維持できないようにも見せられる。自分を弱く見せる事で私が気を抜くと思ったわけだ」

「どうだろうね。……さあて次はどうするかな」

「たっぷり考えなさい。ただ、残念だけど同じ手は喰わない。一つ一つ、あなたの策を潰し、完全に勝利します」

 先ほど生成した剣を手に持ち、公平に向けて宣言する。小細工が通じない。勝ち筋を必死になって考える。




 既にタイムリミットの5分は過ぎ去った。公平が消えてから20分は経っている。それでもなお『戦場』は消えていない。

「ヴィクトリーは何をしてるのです?」

「さあ。遊んでるんじゃないかなっ!」

『戦場』の維持には大量の魔力が必要だ。本来なら敵から奪った魔力でそれを賄う。だが、ヴィクトリーは今、公平から魔力を奪ってはいない。奪っていればとっくに決着がついている。となれば『戦場』の維持に使われる魔力はヴィクトリー自身の物のはずだ。それならば、公平にも僅かながら勝機がある。

 エックスは5分経った時点で方針を変えた。公平の勝利を信じ、ワールドの相手を最優先とした。彼女を放置すれば、また大勢が殺される。それだけは絶対にさせない。

「『炎の雨』!」

「効くもんか!」

 ワールドの魔法を片手で振り払い接近する。彼女の相手をするにあたって、絶対にさせてはいけない事は空に逃げられる事と移動用の魔法を使われる事だった。川に留めている間なら被害を抑える事ができるが、外に逃がせばその時点で大勢が犠牲になる可能性が高い。

「ちっ」

 距離を取ろうとするワールドをエックスは逃がさない。この際、橋が壊れたり水が溢れるのは無視する。ワールドとの接近戦を維持し続けることの方が大切だ。浮遊や移動の為の魔法は全力で魔力に還し、それ以外は自分で受け止める。

「どうしてそこまで必死になるのでしょう?あの人間が、ヴィクトリーを倒せるとでも思っているのですか?」

「勿論。公平は、世界最強の魔法使いになる男だからね」

ワールドの眉間が一瞬歪んだ。魔力を右手に集めていく。

「いい加減本当の事を話してほしいですね!あなたの目的は、この世界の人間を守る事じゃないでしょう!」

「なんだとぉ!」

 エックスはワールドに殴り掛かる。ワールドは足を思い切り振り上げて水を巻き上げ、目潰しした。

「うわっ!」

 一瞬後、視界が取り戻された瞬間に、ワールドは消えていた。ハッとして上空を見上げる。

「冷静さを失ったのは本当の事だったから、ですね。少なくとも最初はこんな世界を守る事より大事な目的があったはずです。だから魔力さえ与えれば魔法が使える人間だけが住むこの世界が標的になったことで姿を現した。そうしなければ私たちとは戦えないから。と、いったところでしょうね。。ところで今はどっちなのかしら。この子で見極めてみましょうか」

 彼女の手には光り輝く巨大な蒼い槍。それを投げるために構える。標的は──。

「止めろお!」

 エックスは走った。川を出て、木々や停車している車を踏みつぶしてしまう。どんなに足元を気にしても家や人をつぶさないようにするのが精一杯だった。槍を投げようとするその先はエックスではない。まだ多くの人がいる街並みに槍の先は向いていた。

「……そうですか。相変わらず甘いですねエックス。それ故にあなたは負ける。──『世界の蒼槍』」

 

「『炎の雨』!」

 矢の形をした炎をいくつも打ち出す魔法である。一つ一つの威力は弱いが、その分撃ち出される数の割に魔力消費も少ない使いやすい魔法である。

「……こんなもので私をどうにかできるとでも!?」

 が、それは相手にもよる。強い魔女──例えばヴィクトリーでは片手で弾けるレベルにしかならない。そして、それは公平も分かっていた。

「思ってねえよ!」

 公平はあちこち走り回って炎の雨を打ち続けている。何度か試したが、そのいずれも当然のように簡単に弾かれる。崩れたビル内に侵入し、様子を窺う。

 何度か攻撃してみて分かったが、ヴィクトリーには殆ど隙がない。だが、下からの攻撃にはほんの少しだけ対処が遅れていた。

 今のヴィクトリーは、口では何と言おうと本気ではない。まだ自分から攻撃してきていないからだ。様子見というよりは遊んでいるような状態である。仕留めるなら油断している今しかない。本気で攻撃されてはどうにもならない気がした。

「開け!」

 公平はヴィクトリーの周囲に時空の裂け目を開ける。彼女がキョロキョロと見回していた。当然、どれかから出てきて攻撃してくると思うだろう。だが、公平は、あえて魔力で強化もせずにただ走るだけで接近した。理由は一つ。ヴィクトリーに真下からの攻撃を悟られないようにするためだ。

 ある程度離れた位置からでも攻撃は出来るが、威力を上げるには近寄らなければならない。術者の位置は魔法のキャンバスの中心点。離れれば離れるほどに、描ける魔法はキャンバスの隅に寄り、小さなものしか使えない。

 公平はヴィクトリーの真下に到達した。スカートの下を楽しむ余裕はない。炎の雨を集中させて放つ。これはさっきまで撃っていた様子見の物とは違う。込められた魔力が単純に大きいのだ。魔法自体が弱いもの。故に込めた魔力を大きくしても威力の上昇値はたかが知れている。狙いは、魔法自体の強化とは別の所にある。

「そこか!」

 彼女の足が持ち上がる。「『怒りの剛腕』!」公平が叫んだその瞬間、炎の矢に込められた莫大な魔力は、それを別の形に描き替えた。

 炎の矢の勢いのままに、巨大な鉄の腕が駆け抜けていく。拳が彼女に足にぶつかり、そのまま。

「フフッ。ざあんねん」

 転ばせる、はずだった。彼女の足は容易く魔法の腕を踏み抜き、砕いていく。

「あっ……」

「付け入るスキを見つけたと思ったでしょう。こっちの思惑どおりに動いてくれてありがとね!」

 公平の策が簡単に踏みつぶされる。それこそ物理的に。一瞬反応が遅れた。とっさに脚力を高めて躱す。辛うじて直撃は免れた。だがその巨大な足が踏み下ろされた衝撃で、公平の身体は吹っ飛び、崩れたビルの壁に激突する。残った魔力を全部使って身体を強くして、多少ダメージを軽減できた。……その代償として──。

「……ガス欠かよ」

 エックスからもらった魔力を使い切ってしまう。ずんずんとヴィクトリーが近づいてくる。

「うん、すごいすごい。期待以上には楽しめた」

 考えた。次の一手を必死に考えた。だが、魔力は尽き、身体は痛みで少しずつしか動かせない以上どんな策も現実的ではない。殆ど詰みに近い状態だ。

「でも、ここまでね」

 目の前に巨大な足が現れる。公平はそれでもヴィクトリーから離れようとした。何か手があるはずだと信じた。しかし、そんな思いもむなしく、ヴィクトリーの手は公平を捕まえてしまう。その指は容易に公平を潰せる力がある。公平は死を覚悟した。

「流石エックスのお気に入りね。……うん。決めた。お前、私のモノになりなさい」



 『蒼槍』が放たれた瞬間、エックスは飛び上がり自ら槍を受け止めた。槍はエックスを貫いていく。痛みを無視し柄を握りしめる。エックスの身体は発射された槍の勢いのままに吹き飛ばされていく。必死に魔力に還していくが、消滅しきれない。槍から溢れる衝撃と痛みに意識の方が先に飛んでいきそうだった。──それでも、護らなければならない。槍の刃先を掴む。掌が切れて血が流れた。構わず腕を前に出し槍を引き抜いていく。

「ま、ける……もんかぁ」

魔力を腕に送り、力を振り絞り、槍を空に投げ飛ばす。蒼い槍は蒼い空へと吸い込まれていき、大きく爆ぜた。

「はぁ……あ……」

 本当に、意識が飛んでいきそうである。それでもエックスは、全てを護りたかった。ワールドの言ったとおりだ。最初にこの世界に来たのはもっと別の目的がある。けれど、今は違うのだ。

 逆さまになって落ちていく。真下に向けて腕を伸ばした。今日の朝からやっていたのと同じことをやるだけ。エックスは自分をそう励まし、指を地面に向けた。魔力を送りこんでいく。吹き飛ばされた先にはまだ人がいる。倒れれば、その人たちを押しつぶしてしまう。幸い垂直に落ちることが出来た。先ほどの爆発と落下するエックスを見て人も離れてくれた。指を置くだけのスペースは見えている。それでも、流石に痛いかもなあとエックスは思った。

「……くぅ」

 指が地面につく。想定外だったのは地下通路が下に広がっていたこと。そのせいで地面は砕けやすくなっている。当然魔女の巨体が落ちてくれば。エックスの指は地面を砕き、地下に侵入した。エックスはぎゅっと目を閉じた。崩壊に巻き込まれて落ちていく人、地下を歩いていた人を押しつぶす瓦礫と自分の身体。色々なものが思い浮かんで、泣きそうだった。同時に公平の顔が頭の中に浮かんでくる。公平はどうしたかな、最後にエックスはぼんやりと考えた。



「あ……?」

 ヴィクトリーの想定外の言葉に、公平は戸惑う。対する彼女はニンマリして公平を見下ろしている。

「お前みたいな面白い人間、殺すのはもったいないわ。別に悪い話じゃないでしょ?私のモノになれば当然命も助けてあげるわ」

「……それで……助けてくれるって?」

「ええ。当然よ」

 公平は二っと笑った。答えなんてとっくに決まっている。

「……やだ」

 ヴィクトリーの目が大きく見開かれる。

「正気?」

「当然だろ。俺は、エックスの為に戦うって決めたんだから。裏切るわけにはいかないさ」

「へえ。エックスの為にね。ますます面白いじゃない」

 ヴィクトリーが指に力を籠める。体がゆっくりと締め付けられ、呼吸ができない。

「けど私ももう決めたから。お前は今この瞬間から私の所有物よ」

「く……そ……」

 必死に押し返そうとする公平を、ヴィクトリーが嘲笑う。

「魔力がないお前に、何が出来るっていうの」

「魔……力……!」

 その時、その言葉が、公平にあるひらめきを与えた。確かに、エックスから貰った魔力は尽きた。ヴィクトリーから魔力を奪うことは出来ない。だが、まだここには、公平が使える魔力がある。

 魔力操作のスキルは、エックスが最初に教えてくれたものだ。始めは身体強化。次は魔力を奪う技術。それらは魔女との戦いを生き残るためだった。だが、もっと大きな意味がある。公平の住む世界の人間は魔力を既に持っているとエックスは言った。ただ使えない状態であるだけ。ならば──魔力操作を極めることの真の意味は──。

 公平は目を閉じた。痛みを耐えて集中した。自分の中のある魔力を必死に探し出した。エックスのお陰で、魔力を操る技術は十分にある。敵の魔力を奪うことも、魔法を魔力に還すことも並みの魔女以上に出来る。公平の両腕に力がみなぎる。

「……何っ?」

「魔力が無いって?あるじゃないかここに、こんな近くにたっぷりと!」

 ヴィクトリーの指を弾き、腕を前へ突き出す。「『怒りの剛腕』!」発動した魔法は、完全にヴィクトリーの想定外の事態であった。飛び出した魔法の巨腕をよけきることも出来ず、遂に、遂に彼女に、初めてダメージを与えることに成功した。

「……くっ!」

 ヴィクトリーは咄嗟に距離をとる。だが、公平は既に次の攻撃の用意を完了していた。落下しながらも弓矢を引くように両腕を構える。

「『炎の雨』!」

 一つ一つは弱い炎の矢。だが、それらを同時にいくつも展開すれば。それらを一つにまとめられれば。数千もの小さな炎の矢は一つに集まり、巨大な形になってヴィクトリーへ向かっていく。

 ヴィクトリーはすぐに裁きの剣を多数展開した。自分の目の前にいくつも突き立て、刃は幾重にも重なり盾となる。炎の矢が刃を一つ、また一つと溶かし、突き破っていく。

「ほう……!」

 全ての剣が突き破られる。ヴィクトリーは腕で受け止める。剣の守りのお陰で矢の威力は大幅に落ちていた。それでも。

「ふふ……ははははは!」

 その力にヴィクトリーは思わず笑いだしてしまった。想定外予想外。目の前の人間はまた強くなった。耐えきることは出来たものの、矢に吹き飛ばされ転がされた。

「お返しだ。やってやったぞ」

 呼吸も絶え絶えの状態。それでも、ヴィクトリーを吹き飛ばした。彼女は公平を睨み、ゆっくりと立ち上がる。

「やるじゃない。流石に想定外だわ」

「悪いがこっちは全部想定内だ」

 嘘を吐いた。どんな状況、どんな瞬間だって強くあり続けてやる。ヴィクトリーがまだ笑っている。そして、右手を天に掲げた。

「すごいすごい!これはご褒美。私の中の最強の魔法の一つを見せてあげる!」

 公平は一気に走り出した。次の魔法は、絶対に受け切らなくてはならないと思った。その為に、一歩でも前へ走る。

「『勝利の剣』!」

 それは、美しい剣であった。戦うためだけではない、見るものを引き付ける黄金の剣。ヴィクトリーはその柄を掴み取った。

「死なない程度に死になさい!」

 剣が振り下ろされ、巨大な光のエネルギーが放たれた。これがヴィクトリーの力。勝利の一撃。公平は必死に頭を回した。あれを受け止められるのは、やはり勝利の力しかない。

「けど俺が同じ剣を出したって勝てないだろうな」

 故に、創り出すのは剣ではない。必要なのは護るための力。

「勝利のぉ!」

 そのイメージは目の前の魔女、ヴィクトリー。

「鎧!」

 公平の目の前に巨大な黄金の鎧が顕現する。それはヴィクトリーの一撃を受け止めた。公平の意思で動く、護る為の力。

「へえ……面白いわ」

 剣からの光が強くなる。それでも公平は、まだ前に進んでいる。この光を抜け、必ずヴィクトリーを倒す。

「負けるなあ!」

 願いのような叫びに応えるように、黄金の鎧は両手を前に突き出し、光を引き裂いた。光の向こうの、ヴィクトリーが見える!

「いけえ!」

 鎧が走り出し、飛び上がる。そのまま、ヴィクトリーに向けて、その足を向けて落ちていく。

 ヴィクトリーは鎧を見上げて、一瞬両目を見開いた。だがすぐに小さく微笑む。

「……参ったなあ」

 鎧の飛び蹴りをまともに受け止め、地面に叩きつけられた。巨大な勝利の少女が倒れる衝撃で地面が揺れる。

「ははっ……。こんなに……か」

 そのまま、彼女は目を閉じた。

「どうだ……。文句ねえだろ。……俺の勝ちだ」


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