「未知」と公平④
「ふうん。エックスさんに追い出されたって?」
公平はエックスのバイト先から出て行った後、大学へ向かった。適当なところに隠れて魔法を使って。授業には遅れたが一応参加は出来た。
「まあ。当然だよ」
「うん……。でもまあ、授業終わったらもう一回顔出そうかな」
「おいおい……。マジでキモイな。お前」
「ほっとけ」
いっそエックスと同じところでバイトしようかと思っている自分がいた。それを言ったらいよいよ本当に田中から距離をおかれそうなので言わなかったが。
お昼の休憩時間。エックスは事前に用意してきたお弁当を食べている。あの高野という女の子は何者なのか。休憩時間が被らず、お昼が近づくにつれてお客さんも増えて忙しくなったので会話ができなかった。
向こうはエックスが魔女であることに気付いていない。この身体は魔法で作ったもの。必要ないのでキャンバスを持ってきていない。それ故こちらの正体も分からないのだろう。
一方で、エックスは一目で高野が魔法使いだと分かった。大きなキャンバスと強い魔力。少なくとも以前戦った学生魔法使いのような付け焼刃の性能ではない。
「まあ、公平ほどじゃあないけど……。それにしたってあんなに強い魔法使いそんなにいないぞ」
どこかで話をしたい。彼女はどこでそんな力を手に入れたのか。
もくもくとおにぎりを食べてお茶を飲み、レジに戻る。代わりばんこに高野が休憩に入ってしまう。また話をするタイミングを逃した。
隣のレジには帰宅した店長の代わりに岩井という女性が立っていた。
「よろしくお願いします。今日から入った……」
「はい。よろしく。岩井です。分からないことがあったら聞いてね」
岩井はにっこりと笑いかけてくる。優しそうな人だ。エックスはほっとする。ふくよかな体型で背の低い、笑顔の素敵な人だった。
お昼時なのでお客さんは兎に角多い。エックスはてんやわんやになりながらレジ打ちをしていた。岩井は横目でその様子を見る。
慌ててはいるけれど笑顔は維持している。スピードは遅いがその分丁寧に袋詰めしてお客さんに渡せている。お金の受け渡しは間違えないように慎重に行っていた。
店長は昨日トンデモない子が面接に来たと言っていた。実際、岩井から見た第一印象もあまり良くなかった。まず目の色がスゴイ。カラーコンタクトはしていないらしいがちょっと信じられなかった。
しかして仕事は一生懸命で真面目そうである。なんだかそれがアンバランスに見えた。
暫くすると高野が休憩から戻ってきた。客足も落ち着きつつある。
「それじゃあ私は商品入れ替えてくるので。レジは二人にお任せします。分からないことがあったら呼んでください」
二人は岩井の言葉に頷いた。
商品の入れ替えは説明してあげないとできない。レジ打ちの方がまだ簡単だ。今日は岩井しかベテランがいないので業務を教えることもできない。しかし商品を入れないわけにもいかないので新人二人がレジに残ることになった。
お昼を過ぎて店内は大分落ち着いた。この隙にエックスはこっそりと高野に話を聞こうと思った。彼女はフライヤーでホットスナックを揚げている。
「あの……」
「はい?」
「高野さんは……」
「あっ!いらっしゃいませー!」
「へ?ああ。い、いらっしゃいませっ!」
「ごめんなさい。アタシこっちしているから……」
「あ、ああ。はい……。そうですね」
どっちに集中したらいいのか分からない。仕事か。高野か。考えていてもお客さんはやってくる。商品を持ってレジの前に来たらレジ打ちをしなくてはならない。エックスは高野に話しかけるタイミングを逃し続けた。
またお客さんがエックスのレジの前にやってくる。
「収入印紙下さい」
「はあい!……しゅうにゅういんし?」
収入印紙って何だろう。エックスが困りながらきょろきょろした。お客さんはいぶかしんで彼女を見つめる。そんな様子に高野がフライヤーから離れて助け船に入った。
レジの後ろにある棚から緑色の切手みたいなものを取り出し袋に入れてお客さんに手渡す。エックスはそれをぽかんと見ていた。最後の挨拶だけは元気にやった。
高野は切り取った一枚の収入印紙をエックスに見せる。
「収入印紙ってこの緑のヤツだよ」
「へえ……。……あの。収入印紙って何ですか?」
「実はアタシもよく分からなくて。多分切手のすごいヤツだと思うんですけど」
「切手のすごいヤツかあ……」
二人はクスクス笑った。今がチャンスだとエックスは思った。
「あの……」
「あっ!ゴメン!揚げ物冷めちゃう」
「ああ……」
エックスの手が虚空に伸びる。また行ってしまった。
もやもやした気持ちが解消しないまま高野とは会話できずに時間だけ過ぎていく。エックスは二回目の休憩に入っていた。
「はあ。結局ほとんどお話できなかったなあ」
こくこくとお茶を飲む。一瞬でも高野と休憩のタイミングが被ればよかったのだがそんな時間はなかった。元々三人しかいないのだから当然である。
十分経ってエックスは制服に着替えた。少し早いが休憩はおしまいだ。タイムカードを押すと店内が騒がしいことに気付く。監視カメラから様子を窺った。
お客さんと岩井さんが揉めている。何が出来るか分からないがエックスは急いでレジに戻る。
「この女!商品はレジ袋に入れるなんてこと常識だろ!」
「も、申し訳ありません!」
背の低い男の人がよく分からないことを喚いている。岩井がクレーム対応して高野が必死に会計をしている。こんな時に限ってやけに長い行列が出来ていた。
騒いでいる客はバックヤードから出てきたエックスに気が付く。
「なんだぁ!そのデカ女!」
「デカっ……!」
思わずそっちが小さいんだろうと言い返しそうになる。我慢我慢。
「その目は一体なんだ!?変な色付きコンタクト入れやがって!外せえ!客に対して失礼だろうが!」
「こ、これは裸眼なんですけど……」
「うるせえ!客に対して文句言うなあ!」
そんなことを言われても困ってしまう。この緋色の瞳は魔女になってから変化したものだがまぎれもなく本当の目なのだ。
その客は手に空っぽになったお酒のワンカップを持っていた。レジに置いてあるのもお酒のワンカップ。まだ日も暮れていないのにしっかり酔っ払っている。
岩井はエックスに声をかけた。
「アナタは下がっていて。ここは私が……」
「客の前だぞぉ!ちゃんと謝れぇ!」
「す、すみません!」
他の客は明らかに不快な顔をしているが、それだけで特に何もしてこない。見てみぬふりをしている。だから警察を呼んでいいのかエックスは図りかねていた。こっちの世界のルールは分かっているようでよく分かっていない。
「デカ女!お前もちゃんと謝れえ!こいつ買ったモンを袋に詰めずに渡してきたんだぞ!連帯責任だ!」
「そんなことで……。第一ボクはそんな名前じゃ……。あ」
コンビニの扉が開いて、そこに公平が立っていた。店内の様子に気が付くと意を決したように前に出る。
「ちょっと!何してるんですか!」
騒いでいる客の方に向かっていく。相手は公平の声に気付くと振り向いて怒鳴ってくる。
「なんだあ!文句あんのか!こっちは被害者だ!第一てめえは関係ねえだろ!」
「いやまあ。関係はないですけど……」
エックスの頭に公平の声が聞こえる。
『警察呼んだ方がいい。番号分かる?』
エックスは公平に頷いた。ニッと笑う彼を見てこっそりとバックヤードに戻っていく。そこにあった電話で変な客が来て騒いでいると通報した。コンビニ住所を告げるとすぐに来てくれると答えてくれた。ホッとして電話を切る。監視カメラを見ると公平が殴られていた。
「てめえ何ニヤニヤしていやがる!」
エックスは慌ててバックヤードから飛び出した。
「ちょっとッ!」
客は馬乗りになって公平をぽかぽか殴っている。魔力で身体を強化していたので痛くなさそうだ。エックスに気付くと笑顔を向けて平気であることを教えてくれている。
だがエックスは、思わずレジの外に飛び出していた。
「やめて!」
エックスは客の背後に回り、相手の胴に腕を回して軽々と持ち上げた。
「いい加減にしないと怒るよ!」
その瞬間、店内がしん、とした。持ち上げられた客ですらその力に困惑している。腕や足で必死にもがいていた。
この状況にエックスは「やらかした」と気が付く。思わず手を放していた。そのまま公平の腹に落ちる。
「ぐえっ!」
「あ、ごめん」
「な、な、なんだお前……」
「え?なんだ、って……」
客は少し震えてエックスを見上げた。直後自動ドアが開いて警察が入ってくる。騒いでいた男はわあわあ喚きながら連行されていった。
「お巡りさん!この人さっきの人に沢山叩かれて……」
岩井が警官に言う。
「い、いや俺は別に……」
「本当ですか!?取り敢えず病院連れて行った方が良さそうですね!?」
「ああいや」
エックスは思わず割り込もうとしたが、彼女の言葉は届かない。公平は抵抗したがそのままパトカーに乗せられて連れられて行った。
「……行っちゃった」
病院で一切問題の無いことが分かった公平はコンビニに戻ってきた。エックスは17時までの予定である。今の時間は少し17時ちょっと過ぎ。
彼女は店の駐車場で座って待っていた。公平が帰ってきたことを気付いて、ぱあっと明るい表情で立ち上がる。
二人で並んで、裂け目を開いても問題なさそうな場所を探して歩く。
「大丈夫だった?」
「うん。まあ。そっちは?」
「うん。あの後は特に何もなく。あー……でも」
「うん?」
「ボク辞めちゃった」
「え。なんで?」
怪我をさせなかったとはいえ乱暴してしまった。騒ぎを起こしてしまった。いたたまれなくなったエックスは今日限りで辞めることにした。紹介してくれた小枝の店長には後で直接謝りに行くつもりである。
「別にエックスが悪いわけじゃないのに」
「いや。悪いよ。ボクの方がずうっと強いのに手を出してしまった。またあんな人が来たら同じことをしてしまうかもしれない」
人間を傷つけることをエックスは恐れている。だからそういう可能性のある仕事はしない。それが彼女の出した結論であった。
「店長さんは恐い想いしたからしょうがないね、なんて言っていたけど。今日の分のお給料だけ貰った!ご飯奢ってあげようか?」
「そんなんでお金使っていいのか?」
「いいのいいの」
近くにあったラーメン屋で公平とエックスはラーメンを頼んだ。
「けどボクこれからどうしようかなあ。このままだとまたお金無くなっちゃう」
「いっそ前みたいに幽霊退治の仕事をしたら?その方が楽に稼げそうじゃないか?」
「ああ……。それもいいかも」
自分にしかできない仕事である。建物の解体は相場が分からないから断っていたが、幽霊退治であればどんな価格でやっても問題ないだろう。
「明日社長さんに連絡してみようかな」
「いいんじゃないかな」
そんなことを話しているとラーメンが完成して運ばれてきた。食べながら公平はエックスに尋ねる。
「そういえば。あそこにいた店員だけど……」
「ああ。高野さんの事?うん。そうなんだよね」
結局彼女から魔法に関する話を聞けなかった。
「近いうちに話を聞こうとは思ってるけど……。でも暫くお店に入りにくいなあ」
「俺も暫くあそこには行けない……」
ラーメンは美味しいが、高野の事が気になってどこか集中できない二人だった。
話題を変えたくてエックスは口を開く。
「そうだ。公平、収入印紙って知ってる?」
「知っているよ。切手のすごいヤツだろ?」
「ああ。やっぱり切手のすごいヤツなんだ」
そんな感じの名前じゃないと気がするけどな。エックスはそんな風に思いながらラーメンをすする。