「未知」と公平②
「すげえ。めっちゃ街じゃん」
IQの低いことを言いながら公平は辺りを見回した。彼のすぐ近くにエックスの両足が地面を踏みしめ、その先に続く脚が天高くへと聳え立っている。
「フフフ。すごいだろう?ボクもなかなかよくできたと思って……。……違うったら。もう……ボクのばか……」
公平が楽しそうだとつい自分も楽しくなってしまう。思わず笑顔になってしまう。でも違うのだ。今日はそういう事をしたいのではない。それが出来れば楽しいだろうけど目的は別にあるのだ。
「きょ、今日はこの街を使って訓練します。って言ってもやることは簡単だ。ボクが街を壊しながら公平を追い詰めるから、頑張って逃げる。それだけ」
「え?でも俺魔法ないよ?魔法なしでやるの?」
「もちろん。ちなみにボクが本気で探知したらすぐに居場所が分かっちゃうからそれはしないでおこう。10分待っててあげるから頑張って逃げてね」
そう言うとエックスは目を閉じた。公平は言われるがままに彼女から離れるように走り出した。魔力までは奪われていない。身体強化は可能だ。脚力を強化してどこまでも遠くまで走っていける。適当なところに見えたビルに飛び込んだ。中は簡素なつくりだったが階段はあった。8階まで登って外を見る。既にエックスは動き出していた。
「さあて。どこかな公平くん。ボクのおっきな足で踏みつぶしちゃうよー」
エックスは足元をきょろきょろと見回した。実はエックスは魔力探知を使って公平の居場所を掴んでいた。万が一にも彼を踏みつぶしてしまわないように、だ。一瞬彼の隠れているビルに目を向ける。ちゃんと見ているかな、と。
「……ふふん。公平の事だから案外近くに居たりして。例えば……こことか!」
手近な家屋を踏みつぶす。特に何かを生き物を踏みつぶした感覚はなかった。
「ここははずれー。じゃあ次はー」
公平の潜んでいるビルはエックスから随分と離れている。だがそれでも、彼女が足を踏み下ろすごとに地が大きく揺れた。魔女の身体が持っている巨大な力をひしひしと感じた。
辺りの建物を概ね踏み潰し、エックスは前進し始める。彼女の歩みだけで小さい家屋は崩れる。
「アハハハッ!なかなか面白いじゃないか!こうやって玩具みたいな建物を壊して回るのもさ!」
言いながらエックスは足を思い切り振り上げ、足元のコンビニを蹴り飛ばした。数百メートル先のガソリンスタンドに落っこちた。流石に中身までは再現されていないただの張りぼてなので爆発まではしない。
公平はその光景をビルから見つめていた。あそこにいたらきっと死んでいただろうなと考える。ただ不思議と恐くなかった。そんなことを言ったらエックスは怒るかもしれないが、本気で自分の事を狙っている気がしない。
エックスの進む先にラーメン富士がある。そのすぐそばにはスーパー小枝。通り道にあるものを全て破壊しながら彼女は前進している。このままいけば行きつけの店の模型を壊すことになるが。
「お、おっと……」
何の気なしに掲げた足。その先にあるものが富士だと気付いたのか一瞬動きが止まる。
エックスの眉が下がった。模型とは言え潰したくない。顔だけでそう言っているように公平には見えた。
「い、いやいや」
少し迷って、足を下した。行きつけのラーメン屋がその足の下で粉々になる。
「ど、どうだ!ボクは何でも壊しちゃうんだから!」
公平はビルの中で辛くなった。エックスが富士を壊したからではない。それは別にどうでもいい。どうせ作り物なのだから、いっそ躊躇わず壊せばいいのにそれを出来ずに苦しんでいる。どうしても一瞬迷ってしまうようだった。そうやって辛そうにしているのが辛かった。
次に近づいたのはスーパー小枝である。エックスは足元のスーパーに明らかに迷っている。本当なら壊すべきものだが、なかなかその一歩を踏み出せない。一回足を持ち上げて、また元に戻した。駐車場に足跡が付いたくらいである。張りぼてでしかない小枝を見下ろして泣きそうな表情になる。
「~~~っ!」
が、遂に意を決して再び足を掲げた。殆ど同時に公平はビルの窓を殴り破っていた。そのまま地上へと飛び出す。
「……え?」
踏み下ろす直前、公平が走ってくるのが見えた。身体強化の影響で猛スピードである。それを見ていたせいで脚を揚げた体勢のまま動きが止まってしまう。
ある程度までエックスに近づくと、公平は地面を思い切り蹴って跳びあがった。そのまま彼女に向かってくる。
「え、え?え!?」
完全に想定外の動きだった。逃げろと言っているのにどうして向かってきたのか。慌てたエックスはよろめいてしまう。元々片足で立っていた彼女は必死に転ばないように腕や頭を動かしてバランスを整える。
公平がエックスの胸元に飛び込んだ。そういえば魔法が使えないんだった。このままだと落ちる。そう気付いたエックスは彼をぎゅっと抱きしめる。
「わ、わあ!?」
そしてとうとう尻もちをついた。落下地点の駐車場が崩壊した。
「びっくりしたあ……」
エックスは立ち上がって言った。それから胸元にいる公平を摘まみ上げてキッと睨む。
「もう、何してんの。そっちから来たらダメじゃないか。訓練の意味が……」
「お願いだからもう終わりにしようよ。俺が見てて辛い」
「つ、辛い!?恐いじゃなくて辛い!?何でそうなるの!?」
「エックスが辛そうだったから」
エックスは一瞬押し黙ってしまった。そんなに顔に出ていたのだろうか。
「い、いや。けどさ。ちょっとくらいボクの事を恐いと思ってもらわないと危ないというか……」
「ちゃんと注意する。反省したよ。俺がちゃんとしていればエックスに嫌な思いさせずに済んだのに……」
エックスの事は今でも全然恐くない。例えば突然彼女が自分の事を食べようとしてきたらびっくりするだろうがきっと恐いということはないと思う。ただそれより恐いものには気が付いた。
「エックスが辛そうにしているのは嫌だ。なんか分からないけどそっちの方がずっと恐い」
エックスは暫く公平を見つめていた。その顔がひどく辛そうで、胸が痛い。一瞬目を逸らして、それと殆ど同時に世界が崩れていく。
「……ちゃんと注意してよ。ボクだって公平の事傷つけたくないんだからさ」
公平は安堵の息を吐く。それを見て思わずエックスは笑った。
その日の夜。また同じようにエックスは公平と眠ることにした。注意すると言ったからには信用しようと思っている。
先に眠ってしまったその寝顔に思わず笑みが零れた。つんつんと突っついてみる。
「楽しそうね」
背後からの声に驚いて振り返る。帰ってきていたローズだった。
「な、なに。急に。ノックくらいしてよお!」
「したのだけれど……」
「ぜ、全然聞こえなかった……」
ローズが眠っている公平を覗き込む。咄嗟にエックスは手で彼を覆い隠した。
「だ、だめ!なんか分からないけどだめだよ!」
ローズはそんなエックスの姿に目を丸くする。それから小さく笑って言った。
「なんだか変わったのね。エックス。彼の影響かしら」
「変わった?ま、まあ……」
それは自分でも感じていた。公平と一緒に居る時間が長くなればなるほどに自分の中の何かが変わっていく。
ローズは更に続けた。
「言葉を選ばずに言うなら。魔女らしくなった」
「……うん?いやいやボクはずっと魔女だけど……」
「じゃあね。おやすみー」
「ちょっとー!?」
エックスの言葉を背後で聞いて、ローズは寝室を出て行った。取り残されて一人呟く。
「どういう意味なの……」
魔女らしくなった。意味が分からない。エックスは身体を横にして、枕もとの公平を見つめる。
「まあ……いいか」
そして彼女も目を閉じた。
「だから気を付けてって言ったじゃないか!」
「ご、ゴメン!なんかすごいぐっすり寝てたから……」
「それより自分の身を大事にしてってー!」
朝起きてエックスと公平の騒ぐ声がローズには聞こえた。二人の声はどこか楽し気で羨ましくなる。
次回更新は来週になると思います。
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