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未知との出会い  作者: En
第三章
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「未知」と公平①

「はあ……はあ……」


 10階建ての無人のビル。公平は8階に身を隠していた。ここまでずっと走りっぱなしだった。必死に呼吸を整えて窓の奥から外の様子を覗く。

 楽しそうに足元の建物を踏みつぶす巨人。「ここははずれー」なんて楽しそうにしている。狙いは公平だった。

ビルからは数キロ離れているというのにその姿は霞むことなくはっきりと見えた。緋色の瞳がひときわ輝いて見える。

 公平は街を壊して回るエックスの姿に複雑な気持ちになる。無人の箱庭の街とは言ってもあまり気分はよくない。まして標的は自分なのだ。窓から離れて手で顔を覆う。


「どうしてこんなことに……」


 始まりは前日の夜の事。公平はエックスと一緒に眠っていた。




 エックスと公平では身体の大きさがずっと違う。簡単に人間を潰してしまえる巨人だ。そんな彼女と人間が一緒に眠るというのは本当は非常に危険なことなのである。

 下敷きになれば死ぬ。叩き潰されたら死ぬ。食べられてしまったら死ぬ。睡眠時の無意識化では起こりうることだ。

 勿論事故が起きても問題ないようにはしている。エックスは寝る前に公平に魔力を送り身体を頑丈にしていた。万が一彼女の下敷きになっても死ぬことはないようにである。

 幸いエックスの寝相はいい。その上、寝る前には布団の状態を万全にし寝苦しくならないようにもしていた。これで寝返りをうつ可能性を減らしていた。少し動いても安全な程度には公平と距離を取ってもいた。

 全ては公平を殺してしまうことのないように。彼女の努力のおかげで今まで事故は起こらなかったのである。

 だが、その日は違った。別に何かが悪かったわけではない。敢えて言うならめぐりあわせが悪かったのだろう。


「うう……ん」


 エックスは一回寝返りをうった。仰向けからうつぶせになる。そして、ほんの少し顔を動かしてしまった。当然眠っているので意識していたわけではない。魔の悪いことにそこにたまたま公平がいた。彼女の頬に押しつぶされる形になる。魔力によって身体を頑丈にしていなければここで死んでいる。


「ぐえ」


 流石に公平も目を覚ました。重苦しい。上から聞こえてくるすうすうという寝息に目を向ける。状況はすぐに理解できた。自分は今エックスの身体に押し潰されている。


「え、っと……」


 公平は悩んだ。彼女を起こそうと思えば起こせる。魔法を使えばいいのだ。


「うーん……。ふふ……」


 エックスの寝言。何だか気持ちよさそうだ。ここで起こすのは忍びない。考えてみればエックスの魔力が続く限りは身体強化は維持され、潰されることもない。


「……じゃあ。いいか」


 公平は目を閉じた。再び眠りについた。

 翌朝。エックスは目を覚ましてすぐ、泣きそうな顔で公平に怒った。


「何で起こさないのさ!ボク、公平の事潰しちゃったって思ったんだよ!?」

「ご、ごめんて。なんかいい夢見てたっぽかったし……」

「そのせいでボクの現実が悪夢になるところだよ!」


 思わず公平は小さく笑ってしまった。直後エックスをますます怒らせたのではと思い直し彼女の顔を見上げる。

 予想に反して、彼の視界に広がっていたのは困惑の顔だった。


「……ねえ。公平?キミはボクのこと、恐いって全く思ってないの?」

「あ、いや。ゴメン。俺の事心配して怒ってるのに笑ったりして」

「そうじゃなくて。ボクに潰されたとき、恐くなかったの?」

「え?うーん。うん。別に恐くなかったけど……」


 エックスは気付いてしまった。感覚がマヒしている。

 恐くないという発言は素直に嬉しい。だが本当はちょっとくらい恐いと思ってくれた方が安全なのだ。これから一緒に生活をしていく中で、互いに注意していないと危険だ。睡眠時だけの話ではない。

 例えば他の日常の場面で、たまたま公平が床にいて、エックスがそれに気づかずに他の部屋に移動していたら。もしかしたら、あってはならないことではあるが、知らぬ間に踏みつぶしてしまうかもしれない。

 エックスの身体は公平を容易く殺せるということを忘れていた。

 それは公平だけではない。エックス自身も一緒に暮らす中でその意識が薄れていた。

 このままではいつか自分は公平を殺す。そう思うと恐くなった。なのに向こうがそのことをまるで恐れていない。


「……公平。訓練しよう」

「く、訓練?」

「ボクはこわあい魔女だってことを思い出す訓練だよ。最初から恐くなかったなんてないはずだ」

「はあ」


 公平はぴんと来ない様子で返事をした。




 公平が大学に行っている間、エックスは訓練の準備をした。彼の恐怖が薄れているのは恐らく二つの理由がある。

 一つ。エックスと長く生活していること。ずっと一緒に居るからこそ公平は彼女の事を恐いとは思わなくなった。それ自体は嬉しいことだ。恐いと思われるのは嫌である。千年前の嫌な記憶を思い出してしまう。

 一方で全く恐くないというのは、それはそれで問題である。ちょっとくらい恐がられた方がお互いのために良い。事故が起きる可能性が下がる。

 もう一つの理由は、公平が恐怖を克服するための経験を何度も積んでいることである。幽霊のいる廃墟を探検したり、人類の抱える恐怖の象徴であるウィッチを攻略したりと彼は恐怖に立ち向かう機会が多かった。それがエックスへの恐怖の希薄に拍車をかけているのだろう。


「よおし。こんなもんだね。我ながらよくできたじゃないか」


 エックスが魔法で創り出したのは彼が住んでいた精密に街を再現した箱庭である。人間世界で見たありとあらゆるものの形を模写した。流石に彼女が入ったことのない建物の中までは再現できないが、見た目だけなら十分である。

 本当は適当に動く人間や乗り物の模型も作ろうとしたのだが、色々考えて止めた。これから公平をこの街に放し、追い詰めていき、自分も恐ろしい魔女の一人であるという事を見せつけるために壊して回るのだ。流石に人間の模型を踏みつぶすのは嫌だった。


「……いや。自分で言うのもなんだけど。本当によくできてる。これは次回の特訓にも使いたいかも」


 ここであれば魔女が侵略してきた時に近い形で訓練が出来る。思い付きにしては悪くない。


「ああ。けどそれをやるならやっぱり人間の模型もほしいな……」


 エックスは街並みを見下ろして考えた。この街で魔女が攻撃を仕掛ける時、足元や建物の内部に人間がいないとは思えない。人間がいればそれを利用した戦法も取ってくるはずである。


「むー。でも模型とはいっても潰すのはなあ。気が引けるしなあ」


 そして、取り急ぎ保留とすることにした。今日の目的とは関係ない。今日は自身の力を見せつけ恐怖を思い起こさせるのが主目的だ。以前学生魔法使いを追い詰めすぎてトラウマを刻み込んでしまったことがある。その時は後悔したが、今回はそれを利用するのだ。




 準備が終わってからは暇である。エックスは机に突っ伏して公平の帰りを待った。ローズは出かけている。今日は一人だった。頭を左右にころころさせて時間の過ぎるのを待った。


「公平は、今日は何時に帰ってくるんだろう」


 こんなに独りが駄目な自分だっただろうかとエックスは不思議に思う。ほんの少し前まではどれだけ独りでいても平気だった。千年間の孤独に比べれば一瞬のような時間が、今では永遠よりも長く感じる。

 いつだったか公平は聞いてきた。自分がいない間寂しいかと。その時は「別に」と答えた。今同じことを聞かれて、自分はどう答えるだろうか。

 エックスは目を閉じる。時間を無為にしているような気がしたが、起きていてもやることがない。呼吸を整えて思考を止め、やがて夢の中に落ちていった。

 何かが自分の服を引っ張っている。微かな力だけど確かに感じた。エックスの意識は覚醒していく。半分寝ぼけながらそちらに目を向ける。


「ただいま」

「ああ……。こうへい」


 ふにゃふにゃした笑顔を公平に向けた。


「ふわあ……。おかえ……」


 そこでハッと気付いた。


「ち、違う!」

「へ?」

「違うって!だから!寝ているボクに近づいたらダメなの!危ないでしょ!」

「ええ……。そんな風に言わなくったって……。大丈夫だよ」

「ダメ!ダメダメ!ダメダメダメ!」


 公平は彼女が神経質になりすぎている気がした。朝の事があってからその日のうちに近づいた自分も悪いが、そこまで怒る事だろうか。

 一方でエックスは公平の不用心さに困惑した。朝の事があったというのにその日のうちに寝ている自分に近づくなんて。もっとしっかり注意しないといけないのだろうか。

 互いに極端なのである。公平はあまりに不注意で、エックスは気にし過ぎていた。


「こうなったらきっちりしっかり分からせる!今から訓練を始めるよ!ボクがこわいって所をよく見ておくように!」

「はあ」


 エックスは公平を拾い上げると手始めに彼の魔法を取り上げた。ぼんやりしていた公平は抵抗できずにワールドのものごと魔法のキャンバスを奪われる。


「お、おいおい!返してよ!訓練するんだろう!」

「今日は魔法の訓練じゃないから。戦える力は邪魔なんだ」


 そう言うとエックスは公平を持って立ち上がった。裂け目を開き、彼のいない間に作った箱庭に歩んでいく。

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