Project "WW" ⑮
「『ラビル・ラ・ガーズ』」
十個の銃口が公平と吾我に狙いを定めている。アリス自身も二人に向かってきた。
相対する二人は、それぞれ武器を構え相手を見上げる。
公平は吾我をチラリと見た。彼が魔女に対して有効打を与えることが出来るのは一つ。ウィッチの使っていた魔法『ギラマ・ジ・メダヒード』。
強力である一方で致命的ともいえる欠点がある。人間の身で使うにはあまりに反動が大きいという事だ。回復魔法を使ったとしても疲労や痛みが残る。短期間では何度も使えない。精々3回使うのが限度だろうと思えた。
「吾我。お前は今回もサポートだ。フィニッシュは俺がやる」
公平の言葉に対し、吾我は何も答えなかった。無言は肯定であると判断し、手に持った『裁きの剣』に魔女の魔力を込めた。それを巨大化させて放つ。
アリスに迫る剣に向けて十丁の銃が同時に火を噴いた。怒涛の早さで連射される十の銃の弾丸が『裁きの剣』を破壊しながら公平たちに降り注ぐ。
「げえ!?」
「ちっ。『ギラマ・ジ・メダヒード』!」
吾我は痛みに顔を歪めながら、炎で弾丸を焼き尽くした。そのままアリスに向かっていく。彼女はそれを蹴り破り巨大な握り拳で地面にいる二人を殴りつけてくる。咄嗟に左右に分かれてそれを躱す。
この攻防で公平は違和感を感じた。あの炎はそんな簡単に破られるものではない。あのエックスですら大きく傷ついたのだ。
「しっかりしろフィニッシャー」
「悪かったな!」
吾我の軽口に言い返す公平。二人は裂け目を利用して再びアリスから離れた。ガラス管の支柱であった部分の影に隠れ様子を窺う。
「まいったな……」
今のアリスから一切感情を感じない。攻撃に遊びがない。魔女であればそういう相手が一番戦いにくい。油断して遊んでくれているくらいでなければ付け入る隙が無い。
「スーツの機能で動かされているんだろうな」
同時にそれはアリスがまだ魔女として完全ではないことを意味していた。本来ならば魔女には魔法以外のあらゆる攻撃は通らない。いくら明石の技術力が高くとも、完全な魔女をコントロールできるとは思えなかった。
不完全であるがゆえに、明石はアリスを操作できるのである。
今のアリスの動作は人間というよりロボットに近い。地面を殴った状態で俯いて、金色の長髪で顔を隠したまま機能を停止していた。そこにいたはずのターゲットが不自然な形で消失したために自動操縦のプログラムにエラーが起きている。
「銃弾の雨さえなんとかできれば」
魔法であれば対処のしようがある。『最強の刃・レベル1』及び『レベル2』だ。前者は敵の魔法攻撃を自動で追尾し破壊する機能、後者は身体に覆う事で魔法攻撃を完全に防ぐ絶対防御機能がある。どちらを使ってもどれだけ銃弾を連射されようと無力化できる。相性は悪くない。
「やっぱ作戦変更だ。俺がサポートに回るからお前が倒せ」
「……いいや。フィニッシャーはお前のままでいいよ」
その言葉に公平は自分の耳を疑った。
「い、いや……。だって。俺がサポートの方がいいって。俺ならアリスさんの魔法もどうにかできるし」
「俺には自信がない」
吾我は小さいがはっきりした声と言った。
「やれるつもりでいた。だがこうして対峙して分かったよ。俺はアリスに、本気であの炎を撃てな」
それで公平は合点がいった。さっきの魔法もそのせいで十分な威力が出なかったのだ。
気付いてしまってはこれ以上何も言えなかった。公平にだってその気持ちは分かる。思い浮かんだのはエックスの顔。特訓であれば彼女と戦える。だがもし、万が一にもあり得ないことだが、彼女と本当に敵対することになってしまったら。自分には彼女を倒す一撃を放てるとは思えなかった。仮に人類が滅びることになっても、自分はきっと躊躇うだろうという確信があった。
「……最悪あのスーツだけぶっ壊せば。魔女の身体よりは簡単だと思うけど」
「それでも。俺はきっとアイツの顔を見ると躊躇ってしまうはずだ。それではアリスを止められない」
吾我が公平をまっすぐに見つめる。
「お前がアリスを止めてくれ。アイツを助けてやってくれ。ウィッチを倒したあの魔法ならきっと」
「アレは……」
まだ克服しきれていない欠陥がある。キャンバスの広さが不十分だ。今のままでは『レベル3』を使っただけで他の魔法は一切使用できない。
だが。今自分の目の前に吾我がいる。
「……分かった。しっかりサポートしろよ。……あ、念のため言っておくけど」
「俺たちは仲間じゃあない。分かっているよ。分かっているから何度も何度も確認するな」
「ならいい」
肩の痛みが酷い。慣れない実戦はするものではないと反省した。
アリスは動かなくなっている。これもまた慣れない仕事の結果であった。明石の専門はあくまでも生命科学。ロボットスーツを作り、動作のプログラミングを行うのは専門外だ。
敵は魔法使い。スーツでも予測しきれない動きをしてくる。自動操縦のままではバグが起きてしまいとどめを刺しきれない。
明石はパネルを取り外し、コマンドをスーツに送った。アリスの動作が自動操縦から手動のマニュアル操作に切り替わる。それに伴い彼女は再び動き出した。地面にいる明石を拾い上げると、スーツの胸部分のカバーを開き、その内部に運び入れる。外の様子はそこから窺うことが出来た。パネルで直接操作し、戦闘指示を出せるはずだ。
「レイジ。これで終わりにしようじゃあないか」
アリスが動き出した。もうすぐに決着はつくことを公平は予感した。
「いくぞ。作戦通りに頼むぞ」
「ああ」
二人はガラス管の影から飛び出した。アリスの青い瞳が、遥か高みから二人を見つめている。
「『ガガガ・オレガアロー』!」
「『最強の刃・レベル3』!」
公平は刃の封印を外す。ゲラゲラと剣が嗤いだす。
「……いい加減うるさいぞ。それ黙らせろよ」
「俺だってめんどくせえなって思ってるんだよ!」
この魔法が黙った瞬間なんて、エックスとの特訓中に渾身の一撃を外した時以外にはない。黙らせる方法が公平には分からなかった。
アリスはこちらに向かってくる。同時に彼女の銃が弾丸を放ってきた。先ほどまでとは動き方が違う。あれはこちらの攻撃を迎撃するものだったはずだ。
公平と吾我は走りながら銃撃に対処する。あの銃の真骨頂は連射性能にある。一方で命中精度はそこまで高くないのだ。嵐のような弾幕も冷静に観察すれば致命的なものは僅かしかない。
問題は魔女になったことで魔法の威力が高まったことである。吾我の矢では弾丸一つ破壊することも困難である。弾いて躱すのが精一杯だった。
「ちっ。これじゃあそのうち当たるな」
「しっかりしろサポーター!」
公平は前に出て弾丸を『刃』に喰わせる。こうして威力を上げなければ『レベル3』は無力だ。辛うじて弾幕をやり過ごしアリスに目を向ける。彼女は床を踏み砕いて大きく跳びあがっていた。スーツの背面から噴き出した蒸気が巨体が落下する勢いを増す。そのまま二人に向かって蹴りこんできた。
「っ!」
「早い!」
裂け目ではギリギリ間に合わない。二人は同時に魔力強化を足に集中させ一気に距離を取った。アリスの蹴りは床を破壊し、二人を吹き飛ばす。痛む身体を無理やり立たせ前を見る。
「あっ!」
再び弾幕が放たれた。『刃』でも全てを喰いきれない。吾我の矢でも間に合わない。
「くそっ!」
吾我は手を前に出した。弾丸は全て着弾する。二人を避けるようにして。周囲の床はボロボロにだが、彼らは健在である。
「これ……。まさか『魔力の掌握』?」
「へえ。そういう名前なのか。ついさっき使えるようになったよく分からないものだからあまり頼りたくなかったんだが」
つい先週までローズの『還元』にも対処できなかった男が。魔力操作の訓練も詰んでいなかった男が。公平が数週間かけてようやく習得した技術だったに。段階をいくつかもすっ飛ばして平然と使っている。下手をすると扱いは向こうの方が上かもしれない。公平はまだ実戦で使う勇気はないのだ。
エックスが言っていたことを思い出す。吾我は公平以上の才能の持ち主であると。
「俺やっぱお前のこと嫌いだ……」
「あ?聞こえないぞ。なんて言った?」
「何でもねえよ。それより『掌握』だ。それが使えるんなら何とかなりそうだ」
弾幕はこれで無力化できる。既に『刃』は十分に魔法を喰らった。アリスを倒すには十分である。
「俺はこっから攻撃に集中する。防御はお前に任せた」
「いいのか。これに頼って。俺もどこまで使いこなせるか分からないんだが」
「何とかなるだろ」
公平はアリスに向かって走り出した。対するアリスは手を前に突き出した。再び銃弾の嵐が公平を襲う。
吾我は弾丸のコントロールを奪っていくつかをぶつけ合い相殺させた。それと同時にいくつかを空間に固定させる。
公平は固定された弾丸から弾丸へと飛び移りアリスの元まで駆け上がる。
彼女の腕が公平を振り落とそうとした。吾我はその攻撃を矢で弾く。
そして遂に、公平はアリスの視線と同じ高さまで至る。
「行けえ!」
「おおっ!」
『刃』の輝きが大きくなった。アリスの巨体が攻撃から逃れようと後ろに大きく下がる。
「逃がすかあ!」
公平は地面となっている弾丸を蹴って空に身体を投げ出した。輝く『刃』を振り上げる。
「これで──!」
その時。再びアリスの銃が弾幕を張った。弾丸は吾我にコントロールされているようには見えない。彼はサポートに徹するために動けていない。そのせいで『掌握』の有効距離から離れてしまったのである。
「やばっ!」
アリスの弾幕は『レベル3』でも喰らいきれない。公平は咄嗟に溜め込んだ力を開放し、弾幕を相殺する。その勢いで彼は地面に落ちていった。アリスの足が自分に向けて掲げられるのが見える。
「あっ……!」
「くそっ……。つっ!『ギラマ・ジ・メダヒード』!」
吾我の炎がアリスに向かって放たれた。痛みのせいで狙いが定まらず、炎はあらぬ方向へと向った。アリスは避けることもせず、その足を振り下ろす。
「くそっ!『開け』!」
地面に足が付く直前に、公平は魔法を利用して脱出した。アリスはそのまま吾我に向かって歩いて行く。
吾我は痛む腕を抑えアリスを見上げた。明石の声が聞こえてくる。
『ハッ。この視点からだと本当に虫のようだな。レイジ』
「くっ……」
『キミと語りたいことはまだある。だがあの男もまだ生きている。溜め込んだ力は全部使ってしまったのだろうが、それでも厄介なことには変わりない。長々会話している余裕はないんだ』
吾我は動けない。痛みに魔法を使う余裕もない。今まさに踏みつぶされようとしていても、逃げることはできなかった。
『サヨナラだ。レイジ』
「……それはどうでしょう」
『……?レイジお前何、をッ!?』
明石の死角。アリスの背後から打ち込まれた一撃によりスーツが大きく破損した。
内部で爆発が起こる。明石は手元のパネルでアリスのバイタルを確認した。
『コレは……。魔女の身体が安定しない。何が起きた!』
このスーツごと魔女を倒す一撃。彼女の知る限りでは公平の『レベル3』か吾我の『ギラマ・ジ・メダヒード』以外には存在しない。だが吾我は動ける状態ではなく、公平の魔法は弾幕を打ち落とすために力を使い果たしたはずだ。
『ハッ!?』
そこで彼女は思い至る。一つ。再び『刃』に力を与える手段があった。
吾我の撃った『ギラマ・ジ・メダヒード』。あれはアリスに攻撃するためのものではない。始めから公平に託したバトンだったのだ。
『レベル3』の一撃を、わざと失敗する。それが公平の作戦だった。
「魔女に勝つのは最初っから難しい。相手が万全の状態じゃあまず無理だ」
「今までもそうだったな。強者であるが故の慢心を突いて、どうにか切り抜けてきた」
「けど今のアリスさんにはそれが無い。だから油断したのと同じ状態に仕向ける」
「『レベル3』を囮に使えばお前はアリスの眼中から外れる……。だが決め手に欠けるな」
魔女の魔力を用いた『裁きの剣』でも、魔女に傷をつけたことはない。強い痛みを与えるのがせいぜいだったはずだ。明確に傷つけることが出来たのは今のところ『レベル3』だけである。
「だからお前のサポートがいるんだ。『ギラマ・ジ・メダヒード』。攻撃に失敗した俺を助けるふりして撃ってこい。痛みで狙いがズレて当てなくたっていいから全力で撃て。『レベル3』でそいつを喰って俺がとどめを刺す」
そこまで聞いて吾我も納得できた。この作戦ならば恐らく、アリスを止めることが出来る。
そして実際に。彼らの策は成った。
アリスの踏みつけを裂け目を開いて躱した公平はそのまま火球の真下に移動し、思い切り跳びあがった。火球の傍に直接裂け目を開いてしまえばこちらの行動が気付かれる恐れがある。こうやって喰わせる方が確実だ。。
落下しながらアリスの巨体を睨む。『レベル3』をもう一段階開放し、銀色に輝く剣を構える。
「──っ!」
吾我の魔法を受け取り、その力を解放した斬撃はスーツごとアリスを切り裂いた。公平はスーツの爆発に彼女が包まれるのを見つめていた。