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未知との出会い  作者: En
第一章
7/109

「勝利」の戦場④

 何かが欠けている。

 何が欠けているのかは分からないが確かに、心のどこかに穴が開いているのを感じている。

 あの夜に、それは埋まってしまったと思っていた。だけど実際は忘れていただけ。

 その穴が見えなくなるほどに毎日が楽しかっただけで、一瞬冷静になればその空虚は今なお残っていることが分かった。

 ただそれは、ずっと前から感じていた事。心の穴を感じる事は、別になんという事はない。

 怖いのは、この毎日でも心の空虚が埋まらないなら、この心が満たされる日は永遠に来ないのではないかという予感だった。



 冷蔵庫はいらないと思った。エックスの部屋に持って行っても使う事はない。だって電気が来ていない。もてあますだろうという事は簡単に予測できる。

 公平はエックスの部屋に引っ越すための準備をしていた。必要なものだけエックスの部屋に運ぶ。冷蔵庫や洗濯機などの家電はもう使わない。大学の教本やPCなんかはまだ使うので持って行く。困ったのはまだ捨てたくないけれど、エックスの部屋には置きづらい私物である。そういう性質のものなので実家に送ったりもしにくい。これは取りあえず保留だ。

 分別作業をしていると、突然部屋全体が揺れた。地震警報で携帯が鳴ったりしていないので、おそらく犯人は外で待っている女の子である。窓の向こうから「こーへー」と平坦な声が聞こえてきた。カーテンを開けると、緋色の目が何かを抗議するかのように覗いていた。公平は窓を開けて顔を出す。

「暇だよー。つまんないよー」

「そうは言ってもなァ。全部纏めて捨てたりとか無茶苦茶できないし、もうちょっと待ってよ」

「もう1時間経ったよ?指先だけで1時間。ボクの身体倒れちゃうよ?」

 公平が住んでいるアパートは生協に紹介された格安の物件である。部屋数は6つあるのに駐車場は2つ分しかないし、自転車6台が泊められる程度の駐輪場が1個置けるだけの幅しか余分なスペースはない。そんなところなので、エックスはつま先立ちすら出来ず、結局人差し指一本を魔力で強化して地面に逆立ちしている状態だった。通行人や近隣住民、他の部屋を借りている住人は皆エックスが突然倒れてくるのではないかと気が気じゃない。

「3日は余裕って言ったのはエックスだぞ。文句言うなら最初から俺に魔力をわけてくれればよかったんだ。エックスは部屋で待っててくれればさ」

「ダメ!それは絶対ダメ!魔力を預けた公平が何かの間違いで死んじゃったらボクがそっちに行けなくなる。そんなことになるくらいならここで待つ」

「小枝の駐車場……、もダメなんだよな」

「ダメ。ワールドの一件移行ボクがあそこにいたらお客さんが怖がるようになった。店長さんはいても良いって言ってくれたけど、あんまり迷惑はかけられない」

 ここで指先立ちの曲芸している方がよっぽど迷惑なのだが、という言葉は飲み込んだ。

 エックスは、自分が近くにいる時ではないと公平に魔力を分けてくれない。理由としてはさっき彼女が言った通りである。心配症が酷すぎると思うし、もう少し信頼してほしいという思いもあった。

何かが欠けている。心に空いた穴に風が吹き抜けたような気がした。


 作業が一区切りついたのは開始から3時間後。エックスが暇だと文句を言ってから2時間後の事だった。実際にはまだ作業は完了していない。ただ取りあえず必要なものだけは切り分け出来たのでエックスの部屋に運んで、今日の所はこれで終わりにすることにした。ゴミの処分・部屋の掃除・捨てたくない物をどうするか、諸々後回しである。もっとじっくりやりたかったのだが、外の騒ぎが大きくなってきたのでここまでである。

 携帯で時間を確認すると正午を回っていた。平日とはいえ流石に人も増えてきたし、これ以上はエックスがかわいそうだと思う。公平は窓を開けた。エックスは目をつぶって外のざわめきが聞こえないふりをしている。

「エックス。取りあえずここまでにして帰ろう。いる物だけ分けたし、部屋に運ばせてくれ」

「あーい……」

 公平の身体に魔力が送られてきた。まずは荷物をエックスの部屋に送る。それから公平は窓から飛び降りた。野次馬に対して「うるさいっ」と抗議する。

「いいから。もういいから帰ろう。なんかボクお腹痛くなってきたよ」

「ああ、ごめん。ひら──」

 そして、悩んだ。このまま下に裂け目を開けるとエックスの身体がアパートにぶつかって破壊してしまう。かといって縦に開けてもエックスは移動できない。

「……何してんの。早くやってよ」

「いや、どこに開けばいいかなって。どこに開けても上手くないというか……」

「どこだっていいよ!」

「えーでも……」

「じゃあ上!ボクの真上!」

 公平の開いた裂け目に、エックスは指の力だけで跳躍して入って行った。器用なモノだと感心する。

 そして、その時公平は気付いた。裂け目の向こうで、誰かの手が、エックスの手首を掴んでいる。「やばっ」とエックスの声が聞こえて、咄嗟に公平は魔法を使う。謎の腕はそのまま下に振り下ろされた。このままではエックスの身体は地面に叩きつけられ、同時に多くの物を押しつぶすことになる。だから、今公平が開いた裂け目の真下に、もう一つの裂け目を作った。エックスの身体はその裂け目を通って、公平の真上、高度100mくらいの所に落とされた。

「風よっ!」

エックスの身体は、そこで浮かび上がり、地面に落ちる事はない。ほうと一息つくと同時にある事を思った。上空でエックスも同じように考えているだろう。

「最初からこうしておけば良かった」


 裂け目の向こうに見える謎の腕。その正体は未だ不明。公平の操作により、エックスはゆっくりと地面に降りてくる。着地させると色々壊れるので適当なところで静止させた。今の一瞬の攻防で、周囲の人は逃げ出してしまった。公平にとっては好都合である。

「なあエックス。次またこういう機会があったらさっきので行こう。ふよふよ浮いてるだけなら誰も怒らないぜ」

 公平は軽口を叩いてみた。少し気が楽になったからだった。それにエックスは無言であった。じいっと怖い顔で裂け目の向こうの腕を睨んでいる。

「……エックス?」

「ごめん。ちょっとこの相手は気が抜けないんだ。……悪いけど集中してほしい」

それを受けて、公平は裂け目の中に目を向ける。その向こうにどれだけ強力な魔女がいるのか、まだピンとこなかった。

「出てきなよ。ヴィクトリー」

「……ふふ」

 魔女が裂け目から顔を出す。見覚えがある相手だった。ナイトと戦っていた時。戦いを見ながら何かをごちゃごちゃ言っていた金髪・金眼の魔女だ。

「流石、エックスのお気に入り。こっちの意図を咄嗟に読んで、しっかり反応してきた。うんうん。偉い偉い」

「戦いに来たんだろう。相手してやってもいいけど場所を変えないか」

「いいわ。あなたもよく知ってる場所で遊びましょう」

「ヴィクトリーは穴の向こうから手を伸ばす。

「ただし──」

 直後、エックスは気が付いた。公平に大量の魔力を送り、同時に叫ぶ。「公平!ボクをどっか安全なところに飛ばして!」

 その叫びに、公平はギリギリで反応出来た。エックスはスーパー小枝と公平のアパートの間に流れる川に落ちる事になるだろう。全身びしょびしょになったら怒るかなと考えた。だが、その魔法の結果を公平は見る事ができない。




 その魔法が動き出したその瞬間、公平の目の前がパッと耀き、一時的に何も見えなくなる。まずいと思った。目が使えなくてはヴィクトリーに勝てるわけがない。せめてと魔力で身体を強化し、防御能力を高めていく。

「そんな魔力の無駄遣いは止めなさい。心配しなくてもあなたの目が治るまでは何もしないから」

信用していいのか分からない。ただ、実際に何もされないので、恐る恐る魔力強化を解除していく。

「よろしい」

 公平はゆっくりと目を開ける。にっこりと笑うヴィクトリーが自分を見下ろしている。

 目の前に広がっているのは、燃え盛る街。崩れたビル。巨大な破壊の跡。何時の間にこんなところに来たのだろう。

「これは『勝利の戦場』という魔法。かつてのエックスとの戦いの風景そのものを作り出す。ここが、私の戦う舞台」

 この業火の地獄が、彼女と、エックスの戦場。何が起きたのかは分からない。それでも、エックスが傷つく「何か」があった事は分かった。




「ヴィクトリーの奴!やっぱり「戦場」を使ったのか!」

 焦りのせいか、心臓が早い。川の中に落ちて身体は冷えているはずなのに汗が止まらなかった。「勝利の戦場」はヴィクトリーの操る魔法の一つ。魔法で生成した特殊な空間に敵を引き込む。その世界は敵の魔力を無理やり奪う。

 魔女であれば自前の魔力を持っており、それも自動で回復していく。「戦場」の効力による魔力の消費量が回復量を上回っていれば、不利にはなるが致命傷にはならない。だが、公平の場合は話が違う。彼の魔力はまだ使える状態ではない。魔力が内から溢れてくることはないのだ。

 狙いが公平であることは魔法を使われる直前。この世界から彼が一時的にも消えれば自分にかかっている風の魔法も消えてしまう。周囲の被害も考えた結果、エックスは自分の持っている魔力を公平に託して適当なところに飛ばしてもらったのだ。だが「戦場」の力が発動すれば何もしなくても一時間以内に空っぽになる。当然、魔法を使えばもっと早くに使い切ってしまう。

 エックスはそれでも諦めずヴィクトリ―の気配を探った。目を閉じ、意識を集中させる。『戦場』は魔法で作られた異空間。世界の結び目がどこかにあるはずなのだ。魔女の世界にいても遠く離れた場所にいてもアウトだが、それはない事は分かっている。ヴィクトリーと『戦場』に引き込む相手はある程度近づいていないといけない。そして発動した場所のすぐ近くに結び目は出来る。必ず助けに行ける距離に公平はいる。

「──そこか」

 エックスは空を見上げた。思いのほか近く、アパートの上空に結び目がある。エックスは脚と両手に魔力を送りこむ。境界に向けて飛び上がり魔力を帯びた手刀を放つ。

 その瞬間、時空の裂け目が開き、そこから伸びた手が爆ぜる炎を放った。

「なっ!」

 その炎を受けてエックスは落ちていく。空中で逆さまになって右手に魔力を送る。それで地面につき、静止した。腕の力で飛び上がり、片足だけで埋まってしまう道路に立った。

「悪いけれど、やらせませんよ?エックス」

「ワールド……」

厄介な状況であった。ヴィクトリー一人ですら現状手に余る相手だというのに。

「随分必死じゃないか。ボク一人倒すのに君たち二人が出てくるんて」

「残念ですが今日の目的はエックスではないのです」

その言葉に、その微笑みにヒヤリとした。自分が目的でないなら、相手は一人だ。

「今日の目的は──」

 ワールドが言い終わるより早く、エックスは大きく跳躍して彼女に殴り掛かった。ギリっと音がした。エックスの拳をワールドは握りしめている。

「随分必死ですね」

「……公平はやらせない」

「残念ですが今日は本当に本気です。あんな危ない生き物、他の子の為にも絶対に生かしてはおけません」

 ワールドは魔法を解除し、自然落下した。エックスはハッとしてワールドを蹴る。攻撃が目的ではなかった。優先したのは彼女を川に飛ばし、被害を少しでも小さくする事だ。自分はさっきと同じように片手だけで着地し、ワールドは余裕の笑みを浮かべる。

「『戦場』に引き込まれた時点で、あの人間が生き残る術はない。分かっているでしょう」

「公平にはたくさん魔力を渡した。……1時間くらいなら大丈夫の筈だ」

「一切魔法を使わなければそうですね。けれど相手はあのヴィクトリー。それがどれだけ難しい事かあなたにだって分かってるはずです」

 ワールドの言葉は、正しかった。本気でヴィクトリーが公平を殺そうとしたなら、彼に渡した程度の魔力では5分ももたない。そして──。

「ところでそろそろ5分経ちますね。あなたが心配しなくても、「戦場」はあと数秒で消えるでしょう」


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