表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未知との出会い  作者: En
第二章
68/109

Project "WW" ⑪

 そして。時間は刻々と過ぎていき、また週が巡って、火曜日が来た。即ち明石四恩が講師を務める『人類の進化』の講義日が訪れたのである。吾我の言うことが正しければ今日、彼女は現れる。即ち今日こそが決戦の日なのである。その大事な日に、公平は落ち込んでいた。


「……はあ」

「どうしたの。元気ないじゃない」

「だってさあ」


 ここまでの特訓で、成果があまり出ていない。キャンバスは広がっていないし『最強の刃・レベル4』なんて完成していない。『魔力の掌握』は前回の訓練でギリギリエックスに合格点を貰ったくらいだった。しょんぼりしている姿を見た彼女はクスっと笑った。


「なんだよお」

「いや。そんな事気にしてるのかあって。成果なんか出ていなくったっていいんだよ。元々今日に向けて調整していたわけじゃないしね。それに、必死に鍛えたことは公平を裏切らないよ。どっちももうすぐに成果になるはずさ」

「そうかなあ」

「そうそう」


 エックスはあまり心配していない。彼女は吾我の話を100%信じてはいないからだ。

 彼はああ言っていたが、本当に今日明石四恩が現れるかどうかは分からない。寧ろ出てこない方が自然である。そして何か事が起きても問題はないはずだった。相手は魔力操作の訓練を殆ど行っていないと考えられる。『還元』が出来れば十分に対処できる。付け焼刃の『掌握』など使うまでもないはずだ。


「大丈夫大丈夫。何とかなるよ」


 エックスはそう言って笑いかける。それを見つめていると本当に何とかなる気がして不思議だった。





 公平とエックスは二人で、1限の時間帯から件の講義室にいた。田中がこっそり『人類の進化』を聞くためにアレコレ考えていた手段の一つである。

 講義開始直前は監視の目が厳しいがそれ以外の時間はそこまででもない。具体的に言えば講義中や、前の講義が行われている時間帯には殆ど監視の目はないのである。

 とはいえ講義中は施錠されているので、田中には入り込む手段がなかった。そこで彼は1限の時間から潜り込み、授業終了から2限の授業が始まるまでを机の下などの適当なところに隠れてやり過ごすという作戦を思いついたのだ。そこまでの執念があるなら必修の授業の方を真面目に受けろと公平は言ってやった。




 一応真面目に授業を聞いているふりをした。実際に行っていることは作戦会議である。二人でノートにこの後のプランを立てたりしている。如何にして他の学生を傷つけず明石四恩だけを確実に捕らえるか。吾我はまだこの場にも現れていない。彼は明石を殺害しようとしてくる可能性がある。そちらも警戒しなければならない。

 吾我対策に立てた二人の作戦はシンプルなものだった。こちらから魔法を使ったり、相手に魔法を使わせたりすれば周囲に被害が及ぶ可能性がある。だから魔法で戦わない状況に持ち込むつもりだった。

 相手の魔法は魔力へ還元させることで無力化し、自分たちは魔力による身体強化のみで応戦する。人間世界の魔法使いは魔力操作の訓練を行っていないはずだ。だからこのやり方でも吾我を足止めしながら明石四恩と戦うことが十分に出来ると二人は考えたのである。

 やがて授業が終わるチャイムが鳴った。講義を終えた教授や学生たちが出て行く。公平とエックスは授業中の段階で既に机の下に隠れていた。『人類の進化』を受講する学生が1限の授業も取っている可能性だってある。出来る限り相手に見つかる可能性を小さくしたかった。

 机の下で、時間を確認する。9時20分が携帯に表示されていた。あと10分で休み時間が終わり2限の授業が開始となる。

 前回入り込んだ時は、一番上にある机には誰も座っていなかった。今回もそこに隠れている。大学の講義の席は基本的には自由だが、授業を続けていけば何となく各々が各々の座る場所を何となく決めてしまうものである。先週誰も座らなかった席には今週も誰も座らない可能性が高い。同時に魔法で姿を眩ましてもいる。念には念を入れて、だ。




授業開始3分前。公平はその違和感に気付いた。どうして誰の声もしないのだろう。エックスに顔を見つめる。その表情に彼女も同じ疑問を抱いたことに気付いた。何か悪い予感がして、恐る恐る顔だけ出してみる。


「……えっ」


 一人を除いてまだ誰も来ていない。それ自体は問題なかった。吾我がなんと言おうと、この授業の事は既に公平やエックスに気付かれている。半分誰も来ないだろうなと思っていたので、この事態は問題ではないのだ。問題は、来ているその一人。無表情でこちらを見つめる白衣の女。


「ヤア……。お久しぶり」

「……明石四恩」


 公平の声に目を丸くしたエックスは慌てて机の下から顔を出す。それを見た明石は突然ニパッと笑った。


「オオ!そちらもいらしているとは!」

「おま……」


 公平が何か言う前に、エックスは大きく跳びあがった。そのまま教壇の上に着地すると、明石の首を掴み持ち上げる。そのあまりの強引な姿に公平は少し引いた。腕に力を入れ──、かと思えば、舌打ちして吐き捨てるように言った。


「ダミーだったか……」

「クク。ご明察。本体はここにはいない。来ているのは意識だけだ。最初っからワタシは一度だって来たりはしてないさ」

「魔法で作った偽物かよ!」


 公平はそう言いながら降りてくる。

 本体で直に対面していれば即座に気付くことができたはずだ。この身体の限界を痛感した。身体能力は高くとも、魔法に対することはあまり得意には出来ていない。

 明石の魔法によって作られたダミーの身体。これがどれだけの性能なのか確認する必要がある。そう考えたエックスは明石の腕を掴み、曲がってはいけない方向に折り曲げた。公平は少し引いた。一方の明石は涼しい顔をしている。


「ムダだ。この身体には痛覚が無い。拷問しようとしても疲れるだけですよ」

「そうみたいだね」


 公平は悔し気に拳を握る。尻尾を掴んだかと思えばスルリと逃げていく。捉えどころがまるでない蛇のようだ。


「……それなら」


 エックスが手刀を作る。その手が小さく震えた。出来ればこの選択肢は選びたくなかった。だがここで明石を止めなければならない。手刀を構え、敵の胸に攻撃を仕掛ける──まさに直前にチャイムが鳴った。2限の授業は始まったことを知らせる音だ。ダミーの明石は口を開いた。


「サア、講義を始めようか」

「講義?」

「お前一体何を……」


 直後、外で何か大きな音が響いた。公平は慌てて窓から外の様子を窺う。


「……おいおいおい」


 多くの学生たちが。魔法で構内を破壊している。


「……くっ」


 エックスは明石を突き放すと、公平の元へと走り、一緒にその様子を確認した。


「……まいったな。あんなのに構ってる場合じゃないよ。行くよ、公平」

「ああ……」


 公平は外への裂け目を開き、それを通りぬけていく。

 ダミーの明石はそれを手を振って見送った。


「……サテ!」


 講義室の外から足音が聞こえてくる。廊下の奥から彼が姿を現した。短髪で背の高い男。吾我レイジ。


「甘いな。やはりエックスは甘い。優先順位が分かっていない」

「レイジ。おお、まさか君までくるとは」

「お久しぶりです。明石さん。早速ですが」

「ウン。キミが来たならそうするだろうね」


 明石は両手を大きく広げた。吾我は既に矢を構えている。


「消えてもらいます」


 放たれた矢は明石に当たり、爆ぜた。ダミーの身体は消滅する。そうなれば当然、ダミーの中に入っていた意識は本体へと戻る。その際に生じる魔力的な痕跡によって、吾我は明石の居場所を特定することに成功した。


「『ワーグイド』」


 移動用の魔法陣を発生させ、それを通り抜けていく。その先にいる、明石四恩と決着をつけるために。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ