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未知との出会い  作者: En
第二章
64/109

Project "WW" ⑦

「……お前大丈夫か?」

「え?何が……」

「どんどんやつれて見える」


 授業の前に。公平は田中に指摘された。自分でも分かっていたことである。エックスとの実践訓練は本当に身体がボロボロになる。

 基本的には実戦訓練は二日に一回。魔力操作の特訓と交互に行っている。実践訓練が毎日だと疲労が取れず、死ぬからだ。傷は残らないようにやれているが、それでも次回の訓練までに多少の疲労が残る。それが少しずつ蓄積されて、公平はゆるやかに死に向かっている。

 大学の授業の方が今となっては癒しの時間だ。何故なら死の危険がない。今回は月曜日と火曜日でそれぞれある代数学の授業、その火曜日の方であった。


「何してっか知らねえけどさあ。少し休んだ方がいいんじゃない?教職なんか今からでも止めろって」

「いいんだよ。俺の勝手だろ」


 色んな人から向いてない向いてないと言われてしまい逆に意地になっているところはある。免許だけ取って、実際教師になるかどうかは後で考えるつもりだった。


「ま、お前がいいならいいや。ノートさえ取ってくれれば」


 言いながら田中は立ち上がる。公平は怪訝な表情で見上げた。


「ちょ、お前これから授業……」

「今日は『人類の進化』を聞きに行く。単位は取れないけど代数よりは面白そうだし」

「お前何しに大学入ったの?」

「決まってんじゃん。楽しむためだよ。真面目な公平クンが真面目にノート取ってくれるから、俺は代数なんて聞かなくてもいいんだ」

「コイツ……!」

「じゃーなー!」


 田中はそう言って出て行った。後姿を苦々しく見つめる。




 講義中に、マナーモードにしていた携帯電話が震えだした。『吾我のあん畜生』と表示されている。

 彼からの連絡が二週間ほどなかったので心配していた。返事が来てほっとしている部分も少なからずある。だがそれ以上に、何度もこちらから電話をしているのに一切返事をせず、連絡が来たかと思えばよりによって授業中という、その神経とその間の悪さに腹が立った。

 公平はコソコソと教室を出て、電話を取る。


「もしも……」

『アリスはそっちに来ているか?』

「アリスさん?来てないけど?え?なん……」

『そうか』


 そして電話が切れる。かけなおしてみるが出ない。茫然としながら教室に戻り、授業に戻る。

 釈然としないままに黒板の文字を一文字一文字写す。時間が経つごとに、段々と怒りが湧いてきた。




「一体何なんだよアイツは!こっちだって聞きたいことあるのに!一方的にわけわからねえこと言って一方的に切りやがった!」


 公平は半分やけになりながらエックスの作ってくれたヤキソバをかっ込んでいる。作った本人はそれを眺めながらのんびり麺を口に運んだ。


「荒れてるねえ。でも何だろうね。アリスちゃんどうかしたのかなあ」

「もう知らん。ちょっとでも吾我のことなんか心配した俺がバカだったよ」


 お昼ご飯だけ食べに一度帰ってきた公平である。まだ今日の授業は終わっていなかった。それでもエックスと出来るだけ一緒に居たいので、昼休みの時間はこちらに戻ることにしている。


「ふーん。けど吾我くんの電話、なんか変だねえ……」


 ただただ憤慨している公平に対して、エックスはもっと別の事を考えている。何の用も理由もなく、こんな意味の分からない電話をあの男がするだろうかと。


 火曜日はこの後二回解析学の授業がある。エックスに愚痴を聞いてもらって少しすっきりした公平は集中力を取り戻していた。隣では田中が眠そうにしている。ここで寝てもらってはまた自分のノートを頼りにされるだけだ。顔は前に向けたまま、眠気覚ましのつもりで小さく声をかける。


「そういえば。『人類の進化』どうだった?」

「あー。アレねえ。入れてもらえなかった」

「なんだ。遅刻したの?」

「いいや。間に合ったよ」


 そこで一瞬ペンが止まる。遅刻もしてないのに。実際には授業をとってないとは言っても、入れてもらえないなんてことがあるだろうかと。


「授業取ってない奴は聞くことも許さないってさ。入ろうとしたらメガネの学生に名前聞かれて、名簿に無いからって追い出された」

「ふーん。変な授業だな」

「だろ?しかもさ。授業取れる奴も限られててさ。何でもガイダンスの開始時に選抜したんだと」


 話を聞きながらしまった、と公平は思った。こちらから話しかけたとはいえ、田中の話がどんどん続いている。黒板の横で教授がこっちを睨んでいる気がする。


「三回生以上はアウト。残ったやつも教授が見て回って、選ばれた奴だけが授業取れたんだって。で……」

「分かった。分かったから。後で聞くから」

「授業内容を外に漏らすことも禁止。バレたら単位取り消しだって。ヤッベーよなあ。やっぱ頭おかしい授業だったんだよ」

「分かった。分かったって……」

「うるさいっ!」


 怒号が響く。誰かが怒られているのを見るのも公平は嫌だったので、自分のせいでこうなってしまい胸が痛くなる。田中は気にする様子はなかった。

 隣の男はやがて眠りについた。始めから眠らせておけば良かった。彼は仮に聞いていたとしても授業内容を理解できないので結局公平のノートを当てにしているのである。

 暫く授業を聞いていると、午前中のように再び携帯が震えだす。表示されている文字は『吾我のあん畜生』。


「何でコイツは毎回毎回タイミングが悪いんだ……」


 公平は教室を出て電話に出る。


「あのなお前授業中に……!」

『今日。20時。ラーメン富士』


 それで電話が切れる。


「何なんだよコイツは!」


 思わず叫んでいた。




 と言いつつも。素直に午後8時にラーメン富士に来ていた公平であった。店内には数人の客と、それから吾我がいた。

 その姿を認めた公平は、それ以上先には進まず、回れ右して入ってきた扉を再び開く。


「おい」

「気が変わった。何やってんだ俺は馬鹿らしい」


 そう言いながら店を出る。吾我はそれを追いかけてきた。

 二人の客が立ち上がる。ごちそうさまと言って店を出て行く。ラーメンはまだ残っていた。店長は少し不愉快そうである。

 彼らが外に出た瞬間、暗闇の中から手が伸びてきた。


「へ……」


 彼らの口を押え捕らえる。


「……お前。だいぶ一般人離れしてきたな」

「夏休みの終わりに色々あって」


 以前誘拐されてから、エックス共々少し警戒心を強めていた。そのセンサーに引っかかったのである。

 店に入った瞬間にこの二人から何か異様な気配を感じた公平は、その直感に従い店を出た。万が一にでも富士に迷惑をかけたくなかったのだ。


「で?コイツらなんだ?」

「明石さんの部下、かな」

「お前の同僚ってこと?」

「いや。あの人はもう組織を辞めたから」


 言いながら吾我は捕らえた男を締め落とす。続いて公平が捕まえている方を奪ってそれも気絶させた。


「え。いいの」

「いい。コイツ等の話なんか後で聞くさ。どうせ何も知らないだろうが」


 吾我はそう言って裂け目を開き、二人をその向こうに送る。そして。公平に向き直った。


「久しぶりだな」

「ホントだよ。小まめに連絡よこせよな」

「俺とお前は仲間じゃない。そうだろ?」

「……まあ。そうだけど」

「まあいい。エックスの部屋に行こう」


 公平はそれに従い、エックスの部屋に続く裂け目を開く。


「エックスとも話がしたいし。それにあそこなら。万が一にでも盗聴なんかされないからな」


 盗聴。その単語に背筋が凍った公平である。




 夏休みに会ったことを吾我に伝える。東という魔法使いの事を吾我は知らなかった。


「いつの間にそんなことを……」

「それで。吾我クンは明石四恩の何を知っているのかな」

「あの人は魔法の研究をしているんだ。その研究から俺たちの組織、World Wizardsが始まった」

「ワールドウィザーズ」


 公平は言葉そのまま繰り返した。


「目指すところは"WWO"、World Wizards Organizationを立ち上げること。今の時点では秘密裏の組織だ。魔法自体が秘匿されているからな。だが、いずれ魔法はこの世界にとってありふれたものになる。その時に必要となる組織として"WW"は作られたんだ」

「将来的には世界魔法使い機関とかそういうヤツになるのか?」


 吾我はコクリと頷く。そして表向きは公に認められている組織ではないが故に、今はまだ"WW"なのだと吾我は続けた。

 "WW"は明石四恩の研究から始まった。彼女が提唱した魔法の理論。人類がその身の内に持ちながらも、失ってしまった能力。『魔法』・『魔法空間』・『魔力』を発見した明石四恩は、それらを定量化し、数式化し、人間が使える形に戻す技術を開発した。吾我や彼の仲間たちは彼女の理論に従い、魔法を使いこなせるようになったと言う。


「だが、WWの理念と、明石さんの理想は少しずつ離れていったんだ。その差が今ではとても大きくなっている」


 WWが目指す場所は『魔法』により世界の秩序を維持すること。一方で明石四恩はそういう事にはこだわっていない。彼女が求めているのは『魔法』による──。


「『人類の進化』」


 明石四恩はそれが導くことが出来る。彼女は一人で人類を二つか三つ上の段階に引き上げることが出来る天才だった。

 公平は、吾我の言葉に何か引っかかるものを感じた。


「最初は『魔法使い』。それを完成させた明石さんは、次の段階を目指している、と思う」

「なるほど。やっぱり彼女は魔女を作ろうとしてたわけだ」


 エックスの言葉に吾我は頷く。


「ウィッチの身体を持っていかれた時から、もしかしたらとは思っていた。だから吾我クンからの連絡が欲しかった。でも、明石四恩は"WW"を辞めたんでしょ?それなら問題ないんじゃない?ウィッチの身体みたいな大きなもの個人でどうにかできないでしょ」

「そうだな。そう思っていたよ。けど違った。ウィッチの身体は、明石さんにとっては答え合わせでしかなかったんだ」

「答え……」

「合わせ?」

「明石さんは。とっくの昔に魔女を作る手法を完成させていた。ウィッチの身体で、それが正しいことを確認して、後は実行するだけ。もう。あの人には、ウィッチの身体も、”WW”という組織も、もう必要なかったんだ」


 "WW"のメンバーは、明石四恩が三年前に作ったデータを閲覧し、その内容を解読した。Project "WW"というタイトルのそのデータは、『魔法使い』を越えた先、『魔女』の存在を理論上で証明し、それを現実に生み出すためのプロセスまでもが記されていた。


「Project "WW"の内容は大枠しか理解できなかった。詳細は不明のまま。"WW"では再現できない。魔女を作れるのは、明石さんだけ」

「ちょっと待てよ……。それってヤバくないか……?」


 魔法使いですら、今の社会ではその存在を認められていない。存在が知られれば大きな議論を起こしうる。魔女は、存在こそ認めざるを得ないだろうが、受け入れられる仕組みにはなっていない。

 魔法も、魔女の力も、今の社会は許容できる状態ではないのだ。それなのに、明石四恩は人間を魔女にしてしまうとしている。


「だから探している。どうにかして見つけ出して。……場合によっては仕留める。何か情報があったら教えてほしい」


 言いながら吾我は立ち上がり裂け目を開いた。じゃあな、と残して裂け目の向こうへ歩いて行く。


「待って。まだ聞けてないことがあるよ」


 吾我はエックスの言葉に立ち止まった。


「アリスちゃん。どうしたの?」

「……明石さんが辞めたのと同時に、姿が消えた。何か関係しているはずなんだ」


 そして吾我は去っていった。公平は、彼が使命以上のものを背負っていることを理解した。エックスの顔を見上げる。


「何とか明石四恩を見つけ出そう。吾我は、なんか見つけたら殺すみたいなことを言ってたけど。それは俺は反対だけど、それでも止めたほうがいいと思うんだ」


 エックスは小さく笑って頷いた。


「そうだね。ボクは日中時間があるから。ちょっとあちこち探してみる。ローズはまだ帰ってきてないけど、あの子にも頼んでみよう」


 そうして二人は今後の作戦を話し合った。

 だが。二人はまだ知らない。明石四恩は、本当にすぐ近くまで来ているということも。彼女の計画は、Project”WW”は既に動き出していることも。


ようやくサブタイ回収できました……。

ここまで何だか長かったな……。

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