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未知との出会い  作者: En
第二章
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Project "WW" ⑤

 夏休みが終わった。後期の授業が幕を開ける。

 公平は教職免許の取得を目指している。その関係で、卒業に必要な単位の他に専用の授業を受ける必要があった。朝ごはんを食べながらそういう話をした。後期から教職の授業も多くなるので帰ってくるのが遅くなるかもしれないからだった。


「えー。学校の先生ー?向いてない向いてない。公平はそういう感じじゃないでしょ」


 エックスはけらけら笑って言った。人がまがりなりにも真剣にやっているのに。公平は少し怒った。


「どうしてそんなことを言うんだよ」


 彼女はけろっとして言った。


「だって公平ばかだもん」


 ずがんと。心を言葉の矢が打ち抜いた。今まで「ばか」という言葉を照れ隠しや誉め言葉で使われているような気がしたが、これは完全に悪口である。


「いくら何でも酷くない!?」

「えー。だって本当のことだしぃ」

「本当の!事だとしてもあると思う!言っていいことと悪いこと!」

「おー。リズム感いいねえ。まあとにかくさ。向いてないと思うよ?大人しくボクと魔法使いやろうよ」

「うるさいっ!俺はもう学校行く!」


 公平は雑に言い放ち人間世界へと出て行った。ぽつんとエックスだけが残される。


「あら……。怒らせちゃったかな……」


 少し。距離感の取り方を間違えていたようである。これくらいの軽口なら問題ないくらいには近づいていたと思っていたけれど。予想以上に傷つけてしまったらしい。悪いことしたなと反省する。ただそれはそれとして。


「……学校の先生なんて。向いてないと思うけどなあ」




「そりゃあエックスさんが正しい。お前は教員には向いてねえ」

「お前までそんなこと言うのかよお」


 必修の授業である代数学。それが終わって時間ができた公平は友人の田中に今朝のことを相談してみた。一刀両断ばっさりと、彼は斬って捨てた。


「だって全部本当の事だしなあ。バカの。お前に。教員なんて向いてないって」

「お前言っていいことと……!」

「はいそれ。そういうところワンアウト!」


 田中は公平を指さした。


「今どきの中学生・高校生はなあ、教員が手を出せないのをいいことにあーだこーだとバカにしてくるもんだ。こんな程度のことでいちいちキレる奴なんて、向こうにしたらかっこうの玩具だ。一年どころか一か月でお前は生徒にバカにされて、手を出して、体罰だなんだと騒がれてクビになるね。それか精神を病んで自主退職するハメになる」

「何だその未来予想図は!そんなこと分からないだろ!」

「分かる。だってお前は俺との口げんかでも負け越してるからな」

「いや。そりゃ……まあ。口はうまくないけど」


 呆れたように田中は息を吐いた。


「分かってない。やっぱ分かってないよ。口なんかうまくなくていいの。口げんかすること自体が良くないんだ。正解はただ黙って聞き流す。いちいちムキになって突っかかっていくから向いてないって言ってんの」

「そんなんお前だって……」

「俺別に教員になる気ねえもん」

「ぐぐぐぐ」

「反論はないな?じゃあ俺の勝ち」


 言いながら田中は何かしらの冊子を開く。教養科目の一覧だ。


「あ……?なんだそれ。お前まだ教養の単位取るのか?」

「だって足りないし。お前も一緒にとろーぜー?これなんか面白そうだ。新しく来た……のにいきなり教授か。すげえなこの人」

「いいよ俺はもう。忙しいんだって」


 エックスとの魔法の特訓が厳しくなる予感がある。必修の授業に教職課程。これ以上余計な時間を使いたくなかった。


「えー。取り敢えずガイダンスだけ聞こうぜー。……と思ったけど明日の二限か。必修と被ってんじゃん。つまんね」

「ほら。他にもっと取りやすそうなのあるだろ。卒業できなくなるぞ」

「『人類の進化』取りたかったなー。これ絶対頭おかしい授業なのに」

「良さげなの見つけたら俺も付き合ってやるから。けどガイダンスだけな!時間ないんだから」

「教職なんか取るからだよ。どーせ向いてねーんだから止めちまえって。時間の無駄だ」


 『無駄』。ぐさりと。二本目の矢が心に刺さる。それから先は上の空。田中の言葉も授業の内容も右から左で通り抜けていく。


 授業を終えて。田中と別れた公平は、ふと思い立ち魔女の世界に赴いた。行先はヴィクトリーの屋敷である。色々と辛い思いをしたので誰かに吐き出したかった。

 魔女の世界に来てすぐに、ヴィクトリーは外まで迎えに来てくれた。公平がこちらに来るなんてよっぽどのことだと考えている。魔女の世界は危険なので出来れば来てほしくなかったヴィクトリー。彼女にここに来た本当の理由を話せば追い出されていたかもしれない。


「アンタ今度は何しに来たの。またエックスと何かあった?」

「いいや……。それより朝倉サンに会いたいんだけど?」

「美緒に?まあ別にいいけど」


 公平はどこか気の抜けた雰囲気だった。ヴィクトリーは戸惑いながらも彼を拾い上げ、朝倉のもとへと連れていく。彼女は魔女の姿でクッキーを食べていた。公平の姿を認めて、手にしたクッキーを落としかける。すっかりくつろいでいる今の姿に思うところがあったのか顔を赤らめて怒りだす。


「な、な、何しに……!」

「アンタ学校の先生だったんだろ!?頼むからちょっと相談に乗ってくれよお!」


 ヴィクトリーも朝倉も。その言葉にきょとんとした。何を言っているのだろうこの男は。


「誰に言っても教員なんて向いてないって言われるし!じゃあ何のために時間かけて教職課程取ってるのか分からねえし!」


 朝倉は戸惑いながらヴィクトリーの顔を見上げた。


「この人何を言ってるんです?」

「さあ……?まあ。何か聞きたいことあるらしいし。話だけでも聞いてあげてくれない?」


 そう言うとヴィクトリーは机の上に公平を下ろし、朝倉が間借りしている部屋を出ていく。

 クッキーよりもずっと小さな人間。戦う意思はまるでない。こっちを見てすらいない。本当にこれに負けたのだろうか。今に思い返しても疑問である。顔を落として落ち込んでいる。今なら簡単に殺せそうな気がする。朝倉は公平のことを嫌っていた。正確に言えば、あの時戦った人間は全員嫌いである。だけど、ウィッチの恐怖を打ち砕いたのも彼らしい。一回くらいは話を聞いてもいい。ヴィクトリーからの頼みでもあるわけだし。


「……それで?なんですか?」

「一応教員免許取ろうと思って頑張ってるんだけどさ。誰も彼も俺は先生に向いてないって言うんだよ」

「なぜそれを私に?」

「だってアンタ学校の先生だろ?」

「もうとっくの昔に辞めたんですけど」


 正式な手続きは取っていないが、あれ以来一度も学校に顔を出していないので実質的に辞めたのと同じことだった。


「でも先生だったんだろ!?なんかもうこの際俺が向いてるとか向いてないとかどうでもいいからさ!モチベーションが上がる話をしてくれよ!このままだと教職課程取り続ける気力がなくなるんだよ!」


 そんな事知らんと言ってやりたかったが。一度話を聞いてやると決めた手前放り投げるのも面白くない。


「モチベーション……。……その前に確認したいんですけど。あなたなんで学校の先生を目指しているの?」

「いやだって。数学勉強してるし?これ活かせる仕事とか教員くらいだろ?」

「……ふうん。なるほど。うん。向いてないですね。辞めたほうがいい」

「もうそれはいいから!なんか楽しい話を……」

「特技は?魔法以外で」

「え?剣道二段?」

「へえ。いつとったんですか?」

「中学の時」

「中学生でも取れるんじゃあ弱いですねえ。他には?」

「えーっと。……えーっと。英検三級?」

「英検三級!?」

「だってTOEICとかやってないし……」

「それ以前の問題です!英検三級を特技と言って許されるのは中学生まで!」

「じゃあ……」

「漢検とか言わないでくださいね!」


 手札が尽きた。


「……えーっと」

「ないんですね。ハイ」

「ちょっと待って!コレ一体先生と何の関係が」


 半ば強引に話を切り上げようとする朝倉に公平は食って掛かる。本気で教員を目指して。そして敗れてしまった朝倉には。最早教師という職に未練はないけれども、それはそれとして目の前の男は目ざわりでしかなかった。この場で叩き潰してやりたくなるのを我慢する。


「あなたには中身がない。人に胸を張って自慢に言えるものが何もない。そんな人が子供に何を教えるんですか?」

「す、数学……」

「今時塾の講師だって多少雑談できる話題持ってると思いますけど?」

「……う」

「結論。向いてません。採用試験に通ったところで黒板とにらめっこしながら授業やることになるでしょうね。何故なら中身が空っぽだから」


 『中身が空っぽ』。三本目の矢。思わずよろけてしまった。心の傷が膿んできたような気がする。どうして大して話したこともない女にここまで言われなきゃいけないのか。何か悪いことしたのか?特技が無いって罪なのか?

 公平は泣きそうになりながら立ち上がり、裂け目を開いてふらふらそれを通っていく。

 身体を傷つけない代わりに心をズタズタにしてやったつもりだったが、思いのほか自分へのダメージも大きかった。自分自身の事を話したからだろう。二度と来るなと朝倉は心の中で呟いた。

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