Project "WW" ③
買い物を済ませ、エックスは一足先に部屋に帰った。意識を本体に戻すだけなので公平より早い。
エックスの部屋に戻ると何か騒がしい。エックスともう一人、知らない誰かの声が喚いている。声量は巨人であるエックスとほぼ同じ。即ち相手は魔女。
敵。その文字が頭に浮かんだ。まさか向こうから攻めてくるなんて。公平は慌てて声のする方に向かう。
「あー!ダメ!公平はあっち行ってて!」
エックスの元に着く。相手の魔女は初めて見る相手だった。エックスよりは背が低くて目は釣り目。黒髪のロングヘアーでスリムな体系の魔女。きょとんとこちらを見つめている彼女は何やらエックスと腕を掴みあって取っ組み合いをしていた。パッと手を離し、二、三回咳ばらいをして公平を冷たく見下ろす。
「なあに?この虫けらは?これが貴女のお気に入り?」
まるでワールドのような口ぶり。
「やっぱり敵か……!」
エックスは呆れたような雰囲気でため息を吐いた。
「もう勝手にしてくれ。好きなようにしたらいいさ」
その様子に公平は違和感を持った。だが目の前の魔女は構わず続ける。
「ふふふ。なら好きにさせてもらおうかしら。私と勝負しなさい虫けら。私が勝ったら……ええと」
「お前一体何者だ!エックスのキャンバスを奪った、トリガーかX04か!?」
エックスの魔法を奪った五人の魔女。その残りはソード、トリガー、そしてX04。ソードは以前会ったことがある。残る二人のいずれかではないか。それならばここで倒すべきである。違和感はぬぐい切れないが戦う用意はできているのだ。
「……そうね。アタシに勝てたら名乗ってあげる」
「それ別にボクたちに何の得もないじゃないか」
何故ならエックスは相手の名前を知っている。
「仕方ない……やってやる!」
「やるんだ……」
「よろしい!アタシが勝ったら、一日アタシの玩具にしてあげるわ!」
そこでエックスが割り込んでくる。「は?」
「……一時間でどうかしら」
その視線に条件を下方修正する。
流石に公平も何かおかしいと思い始めた。相手の様子もおかしいしエックスの様子もおかしい。チラリと視線を向ける。エックスは「戦ってあげればいいよ」と言った。どこか投げやりである。
「……なんか分からないけど。やるぞ!」
そして。エックスが作った『白紙の世界』に移動する。相手の魔女はいつの間にかエックスの隣に立って話しかけている。
「一日は嫌でも一時間なら妥協できるという事かしら。言っておくけどアタシは一時間でも容赦しないわ。二度と帰りたいなんて思わなくなるかもね」
「いや……まあ。そういうわけじゃなくてさ」
「さあ始めましょうか虫けら!言っておくけれど手加減はしないから!でもどうしてもというのならちょっと優しくしてあげてもいいけれど!?」
反応に困る。エックスと親し気に──少なくとも相手の方はそういう雰囲気だった。何だか敵のような気がしない。
「まあ……いいか」
公平は魔女の巨体に向き合う。いくらエックスより背が低いと言っても人間視点では誤差だ。
「……それはそうと!いくら相手が虫けらと言っても戦う相手。名前が分からないのは不便だわ。名を名乗ってもらっていいかしら?」
「俺に勝ったら教えてやるよ」
公平は『レベル3』を構えた。既に封印は解き、臨戦態勢である。相手の魔女は一瞬寂しそうにした。それからすぐに表情を切り替え高笑いしだす。なんだか情緒不安定である。
「いいわ。きっちりアナタを倒して名前を聞き出してあげる。一時間も時間があればそれくらいはできるでしょう」
魔女は手を前に出す。
「『薔薇園の鞭』!」
薔薇のような棘の付いた鞭を構える。そう「薔薇」のような。
「ああ」
合点がいった。相手の正体が分かってしまった。彼女はずんずんと鞭を構えて近づいてくる。公平はそれを微動だにせずに見上げている。すぐ目の前に塔のようなハイヒールが現れた。
「……ふふ。怖がらせてしまったかしら。安心なさいな。殺しはしないでおいてあげる」
彼女は鞭を振った。公平はそれに対して一言。「どうも」と返す。そして『刃』を振る。鞭とぶつかり合い、その力は全て『刃』に食べられてしまった。
「……あれ?」
急に手の中にあったはずの鞭が消えてしまって困惑している。公平はさらにもう一段階『刃』のリングを引っ張った。刃が銀色の輝きを増す。巨人はおろおろしながら足元を見た。公平は剣を大振りする。斬撃が魔女目がけて飛んだ。
迫りくる銀色の一撃を見つめながら、「いやでも人間の攻撃だし」なんて呑気に構えていた。だが近づくにつれそのエネルギー量が分かってしまい、当たる直前になって「これは当たったら大怪我する類のものでは?」と気が付く。咄嗟に目を瞑ってしまう。
おそるおそる目を開ける。実際に痛いことはない。かと言って攻撃が当たったような感じもしない。斬撃が当たる前に消えたのだ。
「ど、どういうつもりかしら?」
「どうもなにも。当たったら怪我するし……。エックスを助けてくれた相手を怪我させる気はないよ。ローズ」
「な、なぜ私がローズだと気が付いたの!?」
本気で言っているようで公平の方が困惑してしまった。どこか抜けているなんてエックスは言っていたけれどこれはそういうレベルではない。言葉を選ばずに言うなら。バカだ。
「というわけで彼女がローズ。一応、ボクを人間世界に送ってくれた魔女だ」
ローズは得意げに腰に手を当て、胸を張った。
「そう!そういうこと!人間世界が今日も平和なのはアタシのおかげ!」
「殆ど何もしてないくせに……」
エックスが呟いた。ローズは意に介していない。聞こえていないだけかもしれない。
「それで何で二人は喧嘩してたのさ」
「……それは置いておきましょう。大事ではないことは無視するべきよ」
「一日でいいから公平と二人で遊びたいって言うから」
「エックス!……エックス!そういう事は本当の事でも黙っておくのが友達ではないのかしら!?」
「ああ……。ローズは人間の事が好きなんだっけ。確か夢は……」
「一体どこまでアタシの事を話しているのかしら!?」
「全部」
「それならそうと早く言いなさい!隠しているのがバカみたいだわ!」
そしてローズは公平に向き直る。その表情は眉間にしわが寄っていて怒っているようである。
「そうよ。ええそうです!アタシは人間の事が大好き。特に子供が好き。お日様の下で身体の上でお昼寝させてあげたいくらい。これで文句はないかしら!?」
開き直って捲し立てる。
「……なるほど。でも俺エックスと結婚してるから。あんまり他の女の人と二人きりになるのはちょっと」
ローズはたじろいだ。「ずるい」と小声で呟く。一方でエックスは満足げな表情だ。
「そう。そうなんだよ。公平はボクの旦那様だから。結婚してるから。他の女の子と二人っきりで遊んだりしないのだ」
「うううう。こんな事ならワールドに嫌われてもアタシがここに来るんだったわ。ああでもウィッチがいたし……」
「ああ。やっぱウィッチのこと知ってたんだ」
ローズはコクンと首を振る。
「あの世界は前々から気に入ってて見てたの。けど、エックスが他の魔女と戦い始めたあたりかな、あそこの人間も魔女になっちゃって。それも人間を殺したり食べたりするのを楽しむような子。どうにか止めようと思ったけど上手くいかなくて。あの子が人間世界を出て行った時もさ。もしまたアタシが来たらすぐ戻ってくるって言ってたし……」
「……まあウィッチは公平がやっつけたから。その後は……」
「そっか。そうね。ソードに……」
例え魔女になったとはいえウィッチはローズの大好きな世界の人間であったのだ。彼女が殺されてしまったのはローズとしても悲しいことなのである。
何かを決心したようにローズは顔を上げる。
「エックス。アタシがここに来たのは何も彼と遊びたかったからだけではありません。もちろんそれもあるけれど。それより大事なこと。これからはアタシも協力します。ソードと戦うなら、力に……」
「うん。まあ、取り急ぎその予定はないんだけど」
ローズは二回瞬きした。一瞬戸惑ったように視線を逸らし、再びエックスを見つめる。
「これからはアタシも協力します。ソードと戦うなら、力に……」
「いやだから。取り敢えず戦う気はないかなって」
「なんでえー?」
「だって別にソードは人間世界を攻撃しているわけじゃないし。放置しているのも怖いけど下手に突っつくこともないかなって」
ローズは机をバンと叩き立ち上がる。
「アナタ魔法を取り戻したくないの?」
「二個あればいいかな」
「ぐにゅにゅにゅにゅ」
「ま、まあさ!なんかあったら頼るよ!俺とエックス、それにローズも手を貸してくれるって言うなら何があっても大丈夫だろう!」
ぱあっと明るい表情でローズは公平に笑顔を向ける。
「そう。そうよ。決してこの世界も安全になったわけではないわ。またきっと危機が襲うでしょう。その時は必ず力になるわ。そういう事が言いたかったのアタシ!」
ローズは公平を拾い上げるとぎゅっと抱きしめた。完全に油断していた。力が強い。魔女と接する時は例え相手に敵意がなくとも防御を解いてはならない。以前ヴィクトリーの屋敷で学んだことなのに。
「なにしてんだよ!ボクの旦那さんだって言っただろ!勝手に抱き着くな!」
公平を取り返そうとエックスの手が伸びる。ローズは身体を大きく捩り、そこから逃げた。
「いいじゃないちょっとくらい!」
「ダメに決まってんだろ!」
巨人二人に取り合いにされて、揉みくちゃになりながら、公平の意識は遠のいていった。