Project "WW" ①
ウィッチの襲来により中止になってしまった公平の友人との飲み会。リベンジしたいとエックスが言った。
公平としても飲み会が無くなったのは心残りであった。新潟に帰る時は毎回それが一番楽しみだったからだ。
ダメ元で連絡を取ってみる。どうせ魔法で行くのだから交通費はかからない。問題は急に誘って向こうが来てくれるかだったが。思いのほかあっさりと参加の連絡が来たので拍子抜けした。夏休み最後の金曜夜。新潟県内の居酒屋で集めることになる。
「やったー!あっ!そうだ!何着て行こうかなー」
「いつものワインレッドの服でいいと思うよ」
「それはただの思考停止だよ!せっかく自慢のお嫁さんを友達に紹介するんだからね。服装もしっかりと吟味しなくちゃ!」
「はいはい」
そうしてまたファッションショーに付き合う公平であった。
「あーでも。やっぱりコレかなあ」
結局エックスお気に入りのいつもの服に決定したのだが。
居酒屋ひかり。新潟県内の小さな市街にあるお店。リーズナブルな価格の割に味がよく、金曜・土曜は混んでいることが多い。
ざわめく店内で一つだけ静かなテーブルがあった。二人の男が、一人の女の子を見つめている。他のどの女の子よりも彼女は美しく見えた。二人の視線に緋色の瞳が困っている。
「……おいおい公平クン。裏切りやがったなあ」
「人聞きの悪いこと言うな」
「これは裏切りだろ!こんな美人の彼女どこで見つけた!」
そうして初めてこのテーブルで大声が上がる。公平の中学からの友人二人の言葉にエックスは照れてしまう。
「えーっと。こっちの茶髪が勇人で、顔が四角いのが卓也」
「もうちょっとマシな紹介の仕方をしろ!」
卓也が憤慨する。公平は楽しそうに笑った。
店員が注文を聞きにやってくる。「取り敢えずビール四つ」
エックスがペコリと頭を下げた。
「エックス。といいます。公平サンの妻です」
その発言に空気が凍る。「あれ?」とエックスが顔を上げた。
「あ、ああ。妻ってジョークかな?」
「……ホホホ。勿論ジョークですよ?」
「あははは。面白い子だなこの子」
ジョークではないのだが、と公平は言いたくなったが、細かい説明をするのは面倒だったのでスルーすることにした。
そうして談笑しているとビールが運ばれてくる。
「知らんヤツ二人で緊張しちゃった?まあ飲めばわけわかんなくなるから大丈夫」
そう言いながらジョッキを手に取る勇人。実は彼は三人の中で一番酒に弱い。最初に酔っ払ってわけわからなくなるのはいつも彼である。一方で乾杯の音頭を取るのも勇人だった。三人の集まりの中心となっている男である。
エックスは戸惑いながら公平の真似をして他の三人のジョッキに軽く自分のものをぶつけた。なにが「おつかれ」なんだろうと思いながらビールを口に流す。
「っ!?」
きゅっと目を閉じてグラスから口を離す。口に含んだ液体を無理やり飲み込み、けほけほとせき込む。その姿を卓也は心配そうにしていた。
「大丈夫エックスさん?」
「に、にがくないコレ?」
「わかるービール苦いよねー」
勇人はそう言ってジョッキを置いた。あまり減っていない。彼もビールが苦手だった。
「あー。じゃあ俺飲むよ。エックスはそうだな。カシスオレンジでいいかな」
そう言って公平は自分の分をサクッと片付け、エックスのジョッキを取り、一気に飲み干す。奇異なものを見る目で彼を見つめていた。
「お、おいしい?おいしいのそれ?」
「酒飲み始めたころはあんまり好きじゃなかったけどね。今は大好き。お前のも飲んでやるよ」
そう言って勇人のビールを手に取り飲み干す。どうせ飲み放題のコースだ。
「次は何にするかな」
言いながら店員を呼ぶボタンを押す。
「お前もうちょっとゆっくりでいいんじゃないの?」
卓也が苦笑いした。
「彼女の前でいいかっこしたいんだろ」
「それでやることがビール一気飲みって……」
「ガキなんだよな精神性が」
「うるせえぞ!てめえら!」
ちょっと図星を突かれたので少し恥ずかしくなる。やってきた店員にエックスはよく分からないままカシスオレンジを注文した。
「しかしお前よくあの日返信できたな。俺滅茶苦茶体調悪くてずっと寝てたのに」
卓也は自分のビールを飲みながらお通しのほうれん草のおひたしを食べた。
「ああ卓也もか。俺も俺も。すぐに少し楽になったけど連絡する気にならなかったわ」
二人ともウィッチの恐怖に耐えきれなかったのだろう。魔法が使えて多少耐性があった公平ですらその力の前になすすべもなかったので無理もない話である。
宴会が進み、場も出来上がった。三人も一様に酒が回り上機嫌になる。
「へー。公平って剣道やってたんだ!知らなかった」
多分剣で戦うスポーツだとエックスは認識した。ただその割には公平は剣の扱いが上手なようには思えない。
「そうそう!でもめっちゃ弱かった!後から始めた俺に追い抜かれてさー」
「あははは!そーそー!俺めっちゃ弱かったの!もう才能無かったね俺!」
「勇人みてーに俺も剣道部入ればよかった!絶対レギュラーになれたよ!」
公平の昔話をエックスは楽し気に聞いている。五杯目のカシスオレンジをこくこく飲んでいた。飲みやすくて美味しい。いくらお酒を飲んでも送り込まれるのは本体である巨人の身体の方だ。この程度の酒はいくら飲んでも酔うことはない。
公平は自分の失敗した話でも楽しそうに話していた。修学旅行のバスの中、トイレに行きたくなって無理やり止めてもらったことも授業中に居眠りして机から転がり落ちて先生に怒鳴られたことも楽しかった思い出として話している。今と変わらないどこか抜けている公平の面影を感じた。
「あ!分かった!」
卓也が突然叫ぶ。エックスはだし巻き卵を箸で掴みながら目を向けた。
「エックスさん誰かに似てると思ってたけど思い出した!」
公平はレモンサワーを口に持っていく。
「へー!誰!芸能人か誰か!?」
「そんなこと言われたの初めてだなあ」
エックスはニコニコしながらカシスオレンジに口をつける。卓也は続けた。
「公平の大学近くに出てきたあの巨人だよ!」
エックスと公平はほぼ同時に噴き出した。
「あはははは!何してんだこの夫婦!」
勇人がケラケラ笑った。
「おま……卓也お前……」
「ああああ!?ご、ごめんなさい!これ全部食べちゃうから!」
幸い机はあまり汚れていない。噴き出したお酒は料理にもそんなにかかっていない。それでも汚れてしまったものは自分で食べることにする。
大きさがまるで違うから気が付いていないのだろう。まさかその巨人本人ですとは言えない。何かを隠すようにカシスオレンジに濡れた刺身や唐揚げを無心でパクパク食べていると──。
「カシスオレンジで、す!?」
「へ?」
カシスオレンジを持った店員が足を滑らせて大げさに転んだ。まだ自分のお酒はグラスに残っている。頼んだ覚えのない、オレンジ色のお酒が自分に降りかかってくるのが、エックスにはスローモーションで見えた。
「……びしょびしょだあ」
エックスが悲しそうに言った。思わず公平は立ち上がった。
「な、何してんですか!気を付けてくださいよ!」
「すいません!すいません!」
店員が平謝りしている。もっともっと怒りたかったが、エックスの方がそういう雰囲気ではなかったので我慢した。せめて店の奥で乾かしてもらう事だけ要求したのだが、申し訳ないとこの場の代金まで無料にしてもらった。正直そんなことをされても怒りは収まらない。
エックスは店の奥に連れていかれる。急にテンションが下がってしまった。ウーロン茶が三つ運ばれてくる。
「やべえ店だな」
卓也が吐き捨てるように言った。
「まあタダにしてもらってラッキーだったと思う事にしよう」
エックスが怒ってない以上、自分がこれ以上怒るわけにはいかない。公平はウーロン茶を手に取る。
「ラッキーではないだろ……」
勇人は公平に続いてウーロン茶に口をつけた。最後に卓也が自分の分を飲む。
「……あれ?俺らこんなん、た、のんだ、っけ……?」
そして。三人は眠りに落ちた。エックスのいないテーブルに何人かの影が近寄る。
エックスが魔法で作られた身体はある程度の汚れなら時間が経てば綺麗にしてしまう。基本的に本体の状態に依存するからだ。ある程度乾かしてもらえればそれで十分だった。
テーブルに戻ってくると公平たち三人が消えていた。三人一緒にトイレに行ったのかな。エックスは困った顔で周囲をきょろきょろした。