「魔女」の世界⑫
公平は下に降りて吾我、ミライ、それから杉本と合流する。前者二人はともかく、杉本が助けに来てくれたのは公平にとっては喜ばしいことだった。彼の表情もどこか晴れ晴れしているように見える。
「お久しぶり、ってほどじゃないですけど」
杉本は公平に手を差し出す。その手を握って返答する。
「ありがとう。助かったよ」
「今回ワタシは活躍できませんでした……」
「いや、キミが居なかったら俺は何度か死んでいた」
落ち込むミライに吾我はフォローする。
エックスは屈んで足元の彼らの交流をにこやかに見つめていた。今回は人間の力がなければ解決できなかった。
本当に、この世界の人間は強くなっている。いつか自分が守る必要なんてきっとなくなるだろう。もしかしたらその時はもう来ているのかもしれない。そう思うと少し寂しくなった。それでもよそ者がいつまでも守護者面で居座っている方がおかしいのだと分かっていた。本当にその時が来れば身を引くつもりでいるし、それまでは戦い続けるつもりだった。
「まあ、とにかく!これで一件落着だ!後味はあんまりよくないけど、けど終わったね!」
エックスは努めて明るく言った。だが一人、吾我は暗い顔で首を振る。
「いいや。まだ終わっていない。大きな問題が一つ残っている」
「え……」
これ以上敵はいないはずだ。当面の脅威は去ったはず。ウィッチが倒された以上恐怖に支配されることもない。
「アレをどうするか」
吾我の視線の先には、ウィッチの身体。
「あ」
おそらく、もう生きてはいない。それ故処理に困る。
「魔女の世界に埋めてもらっていいか」
魔女の身体を埋めて問題ない土地なんて人間社会にはない。そもそもそんなに広くて、更に魔女の身体を埋められる深さの穴を掘っても問題のない土地なんて今すぐ用意はできないのだ。それでもこの街を復旧させるためには今すぐ彼女をどうにかしないといけない。
「あー……そうだねー。それはもうしょうがないことだよね」
しかしエックスも扱いに困った。彼女の知る限り死んだ魔女というのは存在しないからだ。魔女のお墓なんてないし弔い方も分からない。それでもこのままにはしておけない。
エックスはずんずんと地面を揺らしてウィッチの亡骸に歩いて行く。地上に人はいないのでお構いなしだ。
「ストーップ!」
突然声が聞こえた。公平たちはその声をきょろきょろ探す。先に見つけたのはエックスだった。ビルの上で拡声器を持っている白衣を着たメガネの女性。
「どなた?」
「明石さん……!」
その姿に吾我は絶句する。そこにいたのは彼の恩人。同時に現在彼が最も警戒している人物である。明石四恩。彼女はぺこりと頭を下げた。
「コホン。初めましてエックス殿。私、吾我レイジと同じ職場で働いております明石四恩と申します」
「あ、ああ。どうも初めまして。吾我くんにはいつもお世話になってます」
エックスもそれにお辞儀して答える。以前公平の家に遊びに行ったときに一通りマナーを勉強していたので自然にできた。心の中でガッツポーズする。
「レイジ。酷いじゃないか!ウィッチはこの世界の魔女。エックス殿に後始末させるのは筋違いだとおもうが!」
「いや……しかし」
「ウィッチの亡骸は私たちで弔いましょう。街の清掃も我々が。お手を煩わせることはありません」
「ええ!いいの!」
明石とエックスの会話が勝手に進行していく。吾我の頭の中は真っ白になっていた。「まずい」という文字がいくつも駆け巡る。このまま明石にウィッチの身体を渡してはいけない。それを元にきっとよからぬことを始める。
「エックス!」
公平の声が突然に響く。彼女は呼びかけに反応した。
「いいじゃないか。俺たちでやれば。止めを刺したのはソードだけど、戦って勝ったのは俺たちなわけで。だから責任はあると思う」
吾我の様子がおかしい。公平はそれに気づいていた。明石の言葉に従うのは吾我にとって都合が悪いことだ。ならばそれをさせる理由はない。多少強引でもこちらでウィッチを埋葬する方向に持ち込むべきだ。
「うーん。まあ言われてみると確かに……」
エックスは顎に手を当てて悩む。明石は公平に目を向けた。誰にも聞こえない音で小さく舌打ちする。
「ハア。仕方ない」
明石が手を挙げた。その瞬間に公平たちの周りでいくつも裂け目が開き、武装した一団が現れ、銃を突き付けてくる。公平は思わず手を挙げた。
「え、ちょっと!なにすんの!」
明石はウィッチの亡骸を指差した。
「ソレはどうあっても渡してもらいます。この世界の財産だ」
「はあ!?何訳分かんないこと言ってんのさ!公平!そんな連中構わずやっつけちゃえ!」
「あ、そっか」
自分が強いことを忘れていた。公平は魔力を集める。
「イヤやめた方がいい。彼らは耐魔法コーティングを施したスーツを着せている。一撃耐えるのがやっとだろうが、それでも一人殺すのには十分さ」
「殺してみろよ」
「キミじゃない」
隣で吾我がせき込む。血を吐き出し苦しそうな顔だった。平気そうな顔で歩いたり喋ったりしていたが彼はウィッチに思い切り殴られている。防御はしていただろうがダメージは大きいはずだ。更に負荷の大きい魔法も使っている。今一番傷が深いのは彼だ。
「……いやちょっと待てよ。アンタ吾我の仲間じゃないのか!?」
「そういう人だ。明石さんは。俺に構わずやれ。ウィッチをあの人に渡すな」
エックスの回復魔法は彼女自身しか治せない。傷ついた吾我をこの場で回復させることは不可能だった。公平はエックスに視線を送る。それに彼女は頷いた。
「分かったよ。ウィッチの事は貴女に任せる」
それを聞いて明石は頷いた。ぱちんと指を鳴らすとウィッチの身体や彼女の血などが浮かび上がる。巨大な裂け目を開いてそれらをどこかに送った。同時に武装集団が銃を下す。
「ウィッチを使って何をするつもりなのかな」
「アナタには関係のないことだ。これはこの世界の問題です」
そう言って明石はビルから飛び降り、公平たちの元へ歩み寄る。武装集団は陣形を崩した。彼らの様子に公平はようやく違和感を持った。ついさっきまでこの世界の生物はウィッチの恐怖に支配されていた。人間社会は殆ど機能を停止していたはず。だというのに彼らは準備万端で現れた。まるで恐怖の影響を受けていなかったみたいだ。
「コノ街は研究が終わるまで封鎖する。まだ残っている破片もあるからね。一片の肉片も一滴の血も残さない」
「貴女は……!」
明石は吾我の方に向かって歩いてくる。通り過ぎる瞬間にその肩に手を当てた。
「レイジ、ご苦労だった。お陰で貴重なサンプルが手に入ったよ」
吾我は何も言えなかった。ただ心に穴が開いたような気分になった。背中で明石の笑い声を聞く。彼女は再び裂け目を開き引きつれた軍団と共にどこかへ消えていった。笑い声だけが残ったように感じる。
エックスは公平たちの元に戻る。彼らを巨大な黒い影が覆う。
「ねえ……吾我くん?」
吾我は俯いて反応しない。
「聞きたいことがあるんだけど」
エックスは自分が威圧的になってないか心配になった。吾我は少し顔を上げて、また俯く。
「悪いが、今日は勘弁してくれ」
吾我は裂け目を開きその中に入っていく。そうして去っていく彼の姿をエックスは見下ろしていた。