「魔女」の世界⑧
「『メダヒード』!」
「『ガガガ・オレガアロー』!
吾我はウィッチの放つ魔法を進化した弓矢の魔法で相殺した。杉本の作った裂け目を通り移動する。そうしてウィッチの背後に回り再び矢を放つ。彼女は避けることなく平然と受け止め、吾我を睨む。次の攻撃が来る前に二人は移動した。一度離れつつ適当なビルの屋上で合流する。だがウィッチはそれすら視線で追っていた。
宙を駆け抜け、先ほど空間に固定されたビルを蹴りぬいた。それによって数十メートルの建造物が完全に砕け散り、瓦礫が二人に向かって降り注いだ。
「『オレガフライ』!」
吾我は蜻蛉を大量に発動させ、瓦礫を破壊する。一瞬視界が煙で覆われた。それを振り払って、ウィッチの巨体が姿を現わす。反射的に杉本は『杭』で彼女の身体を磔にする。魔女の身体も魔法も、『杭』では一瞬止めるのが精一杯だ。それでも必殺の一撃を避けるには十分。二人はウィッチの攻撃を再び回避し、動き出したウィッチの拳はそのままビルを砕いた。その破壊力に吾我は身体が震えた。まともに戦っても勝てる相手ではない。なるべく時間を稼ぎ、攪乱することで少しでも敵の情報を得たかった。
その能力は多少測ることができた。まず他の魔女と同様の防御能力がある。この場に公平かミライが居れば有効打を与えることが出来たのだが、残念ながら二人はいない。
そしてもう一つ。ウィッチは本気で戦っていない。やろうと思えば出来ること。その結果有利に立ち回れることをやってこないのだ。例えば他の人間の命を盾にすること。本気の魔法も使うこと。攻撃を避けることすらしない。
吾我も杉本もその理由までは分からなかった。ウィッチはその絶対性を維持するためにいくつかの制限を設けて戦っているのだ。
彼女はこの世界における絶対的な最強の生物でありそれ故の恐怖のオーラを放っている。だがその力を維持するために意図的に手を抜いている。自分が頂点に立っているからこそ、敢えて本気を出さず、その上で蹂躙することで力を誇示しているのだ。
勿論不利になればその制約も破る。そうなれば100%絶対に相手を逃がさず、その存在をすり潰して殺すだけだ。慢心して負けるくらいなら本気で殺す。
例外は他所の世界からやってきたエックス相手だけだ。
魔女の最大の隙は人間を相手にした時の余裕と慢心。以前ワールドとの戦いで吾我はそれを学んでいた。まだこちらの実力をウィッチが過小評価している今、確実に倒さなくてはならない。本気で殺しに来られては勝ち筋が一気に薄くなる。そうなる前に強力な一撃で仕留めるのがベストだ。その為の攻撃も用意がある。──いくらかの問題はあるが。
一瞬でもいい。一撃を当てる隙が欲しい。そんなことを考えていると突然ウィッチが笑い出した。
「面白―い!本当にアタシと戦えるんだあ」
思わず二人は身構えてしまう。ウィッチは口元を隠し、楽し気にしていた。
「うんうん。人間も成長したねえ。うん。特別サービス。ご褒美をあげよう」
そういうとウィッチはだらんと腕を落とし完全に脱力した。
「ウィッチちゃんのサービスターイム!今から30秒間、アタシは何もしないであげよう!やっつけるなら今しかないぞー?」
そしてウィッチは目を瞑り1から数を数え始めた。それを信じたわけではないが、今の相手が隙だらけなのは確かだ。吾我は杉本に目配せする。
「優。例の魔法を使ってみる。サポートを頼む」
「分かりました。ヤツが何をしてきても僕が止めます」
吾我は小さく笑って頷き、魔力を両手に集中させた。ウィッチを倒すその一撃の準備である。彼女はなおも動かない。歌うように数を数え続けている。杉本がウィッチの眼前まで通じる裂け目を開く。少しでも吾我の魔力を節約させるために。吾我は駆けだし、そして裂け目を通った瞬間。
「20!」
彼の目に大きく口を開けて笑っているウィッチが映った。目を見開いて手を伸ばしてきている。
「『ハリツケライト』!」
杉本の杭がそれをくい止める。同時に新しく開いた裂け目を通り、再び彼女の背後に回る。
「サービスタイムはどうした?」
両手を前に突き出し、魔力を集中させる。その魔法はウィッチがよく知っているものだった。
「『ギラマ・ジ・メダヒード』!」
この世界で初めて生まれた魔女、ウィッチ。彼女が生み出した魔法はこの世界における魔法のルーツ。ならばその魔法は自分たち人間でも扱えるものだと吾我は考えた。戦いの前に実験して使えることを確認している。恐らく魔女にも有効であるとも想定していた。だが一つ問題がある。
ウィッチの身体が巨大な炎に包まれる。同時に吾我が苦悶の叫びをあげる。その腕には引き裂かれ、焼かれるような痛みが走っていた。この魔法は反動が大きい。強靭な肉体を持つ魔女ならともかく人間の身体では、使えるのはこの一撃だけか、無理をしてももう一回。だが次のチャンスが来る保証はない。もとよりここで仕留めなければならないのだ。全ての力を振り絞り、奥歯を噛み締め痛みに耐えて少しでも長く強く魔法を放ち続けた。
強い熱風が吾我を襲った。ウィッチはローブを脱ぎ捨てて炎を振り払う。
「まさかそれを使ってくるとはねー。流石のウィッチちゃんもびっくりだ!」
水着のような服だけを着た姿が露わになる。その肌色に心が折れそうになる。火傷どころか傷一つついていない。突き通るように綺麗な肌だ。ウィッチ自身には炎が通っていない。そのローブを焼き尽くすのが精いっぱいだった。吾我は再び魔力を集中させる。
「ギラマ……!」
その瞬間吾我の両腕に裂けるような激痛が走った。無意識に絶叫を上げてしまう。
「残念でしたー!」
ウィッチの手が吾我を掴もうと迫る。杉本は咄嗟に『杭』で動きを止めた。だが肝心の吾我が逃げられる状態ではない。痛みに叫び続け、結局ウィッチの手が再び動き出すまで逃げることは出来なかった。
「これでおしまいっ!」
エックスは吾我を逃がすための魔法を使おうとした。ここで自分が彼を助ければ人間対ウィッチの構図が崩れる。恐怖で操られた人々を利用した戦法をまた使ってくるかもしれない。そうなれば吾我の戦いを更に不利にしてしまうだろう。それを考慮しても彼を救うことを優先した。
手を伸ばして魔法を使う、その直前になってエックスの動きが止まった。ウィッチが吾我を捕らえるその瞬間、雷の速さで何かが空から落ちてきて地面に落ちる。
彼女は着地予定地点にいる人たちを、裂け目を開いて逃がし、同時に吾我を救出した。少し離れたところにいた人を何人か落下の衝撃で吹き飛ばしてしまったが気にしない。
「いいところだったのに。今度はなあに?」
彼女は刀をウィッチに向けて叫ぶ。
「過去!現在!未来のミライ!少々遅れて堂々参戦!です!」
吾我はミライの口上に苦笑した。頼もしいことは頼もしいが相変わらず意味の分からない子だ。
「状況は母から聞いています。ただ母はこちらに手を回せる状態ではないので私が馳せ参じた次第です」
「キミはヤツが恐くないのか?」
「恐いは恐いですが、もっと恐ろしいものを知っていますので。平気です」
ウィッチは足元の人間をニコニコと見つめる。彼女の放つ恐怖のオーラがより強力になった。キングの魔法で恐怖に耐性を得た吾我も身体がピリピリとした。ミライが小さく震える。
「と、言いましたが。これはちょっと大物ですね……」
「……ああ。それでもヤツは始末しなくてはならない」
吾我はミライに言った。真上から見上げるウィッチはその笑顔を隠すように手で顔を覆った。
「まさか同じ時代に二人も兆しがあるのが出てくるなんて」
ウィッチは顔を上げ宙に浮かぶ。同時に吾我とミライは巨大な威圧感から解放された。二人はウィッチを目で追った。そのハイヒールから血がしたたる。
ミライは刀を構えた。吾我は痛む身体を無理やり立たせる。
「離れてくれて助かった。あのまま踏みつぶされていたら逃げられたかどうか」
「逃がしますよ。私がいますので。それよりさっきの魔法。見ていましたよ。ローブを脱いだ今、アレをぶつければ倒せるはずです」
「やるだけやってみるか……。どこまでいけるかな」
少なくとも杉本のサポートは必要不可欠だ。吾我は携帯で彼に電話をかける。だが彼は出ない。嫌な予感がした。その居場所に通じる裂け目を開く。だが通る前に何が起きたのか分かった。裂け目の向こうで狂ったような悲鳴が響いている。
吾我はウィッチを見上げた。
「貴様―っ!」
上空のウィッチはご満悦である。
「うっとおしかったんだよねえ。あのピカピカ」