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未知との出会い  作者: En
第二章
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「魔女」の世界⑥

 朝倉は砂漠の真ん中にいた。太陽が照っていて、影になるものもないので酷く暑い。だというのになぜか寒気がした。彼女自身気が付いていないが、人間世界に侵食したウィッチの恐怖が彼女を包んでいるのである。朝倉はどこか慌てた様子で魔女に変身する。人間の矮小な身体のままではこの恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。


 魔女の身体になっただけで暑さも気にならなくなった。魔女の身体は完璧なもの。複数相手だったとは言え人間に負けたのが信じられないくらいに、全身に力が漲る。だというのに恐怖は消えない。寧ろより大きくなったように感じる。


 本能的に顔を上げ、遠くの空を見つめる。思わず悲鳴が零れた。その視線の先に、この恐怖の正体が真っ直ぐ朝倉を見つめていて、真っ直ぐに猛スピードで向かってきていたからだ。


 恐怖を握り潰すように、胸の前でぎゅっと手を握る。動悸がしてきて目がしぱしぱした。身体は動かない。一秒ごとにそれは近づいてきていてそれに合わせて恐怖は大きくなっていった。子供の頃に初めて「死ぬ」とはどういうことかを理解した瞬間を思い出す。不安で逃げ場がなくて、叫んでも誰も助けることは出来ない。酷く酷く長い数秒だった。その間ずっと恐怖を受け続けていた彼女は目の前に至ったその根源を目にする。真っ黒なドレスに身を包んだ巨大な美女──ウィッチが土煙を振り払い笑いながら手を振っている。


「ハロー」


 思わず後ずさった。身体の大きさで言うなら朝倉の方が少し大きい。しかしウィッチから受ける威圧感のせいでそうとは思えない。魔女同志で向かい合っているのに、自分だけ人間の姿のまま対峙しているようであった。本当に人間の身体だったら、一歩も動くことが出来ずに踏みつぶされている。


「久しぶりねー。ここまで魔女になる兆しが出ている人間見るのは」


 ウィッチは一歩前に出た。もう振り返って逃げ出したい。無意識に一歩後ろに下がる。ウィッチの笑顔が消えた。鋭い眼差しが突き刺さってくる。それだけで、もう身体は動かせなかった。それを見て再びウィッチは笑顔になる。


「そうそう。それでいいんだよ。そのままじっとしててねー」


 一歩前に。ウィッチは右手を伸ばして近づいてくる。朝倉は叫びそうになって、それでも恐怖で声を出せなかった。目を瞑ってしまいたいけど、そうしたら次の瞬間に死んでしまいそうだ。伸ばした手が光りだす。


 その時、朝倉とウィッチの間で、裂け目が開き、そこから矢が放たれる。ウィッチは発動しかけた魔法でそれを相殺した。


「やっぱりね。魔女になれる人間を見つけたら、来ると思ったよ」


 裂け目の向こうからエックスが現れる。ウィッチは気配を悟られぬように現れる。だが意識を集中させれば、ウィッチが魔法を使った瞬間を感じ取ることができる。


「誰かと思ったら。この間の泣き虫さんか。ハロー!」


 ウィッチは両手を振って言った。エックスはにっこり笑って手を振り返す。


「ハロー。待っていたよウィッチ。さあ、決着をつけようじゃないか」


 エックスは間髪入れずに炎の矢を打ち込む。ウィッチは浮遊してその攻撃を避けた。

 すぐに地面に降りたつ。砂が巻き上がる。


「ふうん。その子を連れてきたのがアンタってことは、なんか分かっちゃったのかな?」

「ああ。キミが恐れているのはこの世界の生き物が自分を越えることだろう。あの子を始末に出てきたことで確信できたよ」

「マジかー」


 ウィッチは困った顔で頬を掻く。そして再び宙に上がり、そのまま加速をつけて離れていった。エックスもその後を追っていく。

 朝倉はそれを見送って、ペタンと座り込んだ。


 ウィッチがどれだけ速度を上げ、どれだけ離れてもエックスは追跡を続ける。ウィッチはちらっと後ろに視線を向けた。


「しつっこいなあ!『メダヒード』!」


 追いかけてくるエックスに手だけを向けて炎の魔法を放つ。エックスは腕で軽く振り払い、なおも追跡を続けた。ウィッチは思わず舌打ちした。これでは牽制にもならない。ウィッチは重力に逆らって急上昇する。それに続こうと上を見上げた。そこで動きが止まる。


「これならどうかな」


 いくつもの氷の槍がウィッチの周りの発生していく。それが彼女の呪文と同時にエックスに向かっていく。


「『バララ・ジ・ヒュラゴルト』!」


 エックスは両手を迫りくる槍に向けた。


「『業火の嵐』」


 彼女の身体を炎の嵐が包みこむ。氷の槍は全て融解した。愕然とするウィッチにエックスは向かっていく。炎の中で次の魔法を準備する。


「『稲妻の剛腕』!」


 エックスの腕が電気を纏う。そのままウィッチの腹部を突いた。彼女の顔が苦悶に歪む。矢継ぎ早にその黒い服を掴んで真下の砂漠目がけて投げた。

 ウィッチの身体が地面に激突し、土煙が上がる。エックスはそれを追って地面に降りた。

 着地すると丁度ウィッチが立ち上がったところである。全身に付着した砂を払い落としていた。今までは向こうも半分様子見だったはず。エックスにとってもここからが本当の勝負だった。


 エックスは事前にヴィクトリーと魔法で連絡を取り合えるように準備をしていた。次にウィッチが攻撃してくるタイミングでヴィクトリーを呼び出す。一対一の状況を崩すことで相手の反撃を封じ、追い詰める。それが二人の作戦だった。


『ヴィクトリー?そろそろ出番だ』


 エックスはヴィクトリーに念を送った。向こうは攻撃の準備をしたうえで救援に来る手筈だった。しかしその返答は予想外のものだった。


『もう少し待って!なんか分かんないけど、今ソードに襲われてるの!』

「……はあ?ソード?なんで?」


 思わず口に出してしまう。ウィッチがにいっと笑った。右手を突き出す。


「『ギラマ・ジ・バリザンター』!」


 エックスはハッとした。上空に巨大な雷雲が発生している。落ちてくる雷撃を躱しながらウィッチに向かって前進していく。こうなれば単独でウィッチを無力化するしかない。


「ははは!すごいすごい!普通落雷なんか避けらんないでしょ!」


 それは確かにその通りだ。実際落ちてからでは避け切ることは出来ない。エックスは次に雷が落ちてくる個所を予測し、その前に避けているのだ。少し判断を誤ればその身に高電圧の落雷を受けることになる。この回避を可能にしているのは百年単位の魔女との戦闘経験だった。エックスの戦いに関する第六感は伊達ではない。


『裁きの剣』を発動させながら前へ出て行き、全ての攻撃を掻い潜り、遂にウィッチの懐に入る。不気味なのはなおもウィッチは笑っていたこと。それでもこの機を逃すわけにはいかない。エックスは剣でウィッチを切りつけた。同時に雷雲が消え、彼女は後方へと吹っ飛んでいく。


「ふ、ははは。はーあ。ちょっと予想以上だなあ」


 ウィッチに与えたダメージは決して小さくないはずだ。エックスは『未知なる一矢』を構えながら近づいていく。


「これ以上やってもボクには勝てない。死にたくないならキミの恐怖を解除してもらう」


 ウィッチは笑顔のまま諦めたような口調で言った。


「あーあ。じゃあ殺されるしかないかあ。だってアタシ何にもしてないしなあ。向こうが勝手に怖がっているだけだしぃ」


 その返答に思わず奥歯を噛み締めていた。これ以上エックスはウィッチに手を出せない。彼女を殺したところで、『ウィッチという存在』そのものへの恐怖が消える保証はないのだ。

 動けずにいるエックスの様子をウィッチは愉快そうに見つめる。


「だよねえ。殺せるわけないよねえ。じゃなきゃああんな魔女モドキ連れてくるわけないもんねえ」

「……気付いていたんだ」


 ウィッチをおびき寄せるためだけに朝倉を呼んだのではなかった。本当の目的はこの世界における彼女の絶対性を消すこと。朝倉にウィッチを倒させることで彼女が唯一絶対の食物連鎖の頂点であることを否定する。それ以外に彼女への恐怖は消す手段はないと考えていた。


 この強引な理屈に確信を持ったのはこの世界にウィッチ以外の魔女の存在の形跡がなかったからだ。恐らくウィッチは魔女になりうる人間を優先して殺している。自分と並びたち、あるいは超えうる存在こそ彼女の恐れるものだった。


「仕方ない。このままキミを死なない程度に傷つけて、朝倉ちゃんのところに連れて行く。そして彼女にトドメを刺させる」


 矢を引き絞る。出来ることなら朝倉に手を汚させたくはなかった。


「あーあ。怖い怖い。……ケド残念。もう時間切れだよ?」

「は?」


 直後、エックスの背後で爆発が起こった。痛みはないが想定外の事態に動揺し、魔法を解除してしまう。


「何だよ!?」


 振り返り動きが止まる。どこから来たのかは分からない。そこには戦闘機がホバリングしてこちらを向いていた。咄嗟にウィッチに視線を戻す。


「お前……!」

「あはははは!人間も使いようだよねえ!みーんなアタシが怖いから何でも言う事聞くんだ!」


 エックスの身体が小さく震えた。かつて、魔女の世界で人間に銃を向けられた過去を思い出してしている。

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