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未知との出会い  作者: En
第二章
45/109

「魔女」の世界②

 ウィッチ。彼女はそう名乗った。その声が耳に届くだけで。その姿を見ただけで。公平の心は悲鳴を上げていた。逃げ出したい。戦ってはいけない、と。

 そんな公平の様子をエックスは気付いていなかった。見知らぬ魔女に動転していた。


「公平……戦うよ!」

「あ、ああ。もちろん」


 公平は『裁きの剣』を手に取り、エックスの手から飛び出した。恐怖を振り払って向かって言った。魔女の魔力で作られたこの剣ならば、魔女が相手であろうと関係ない。そういう言葉を頭で唱え、震える身体を奮い立たせた。


「あ!ちょっと待って!」


 だが今攻撃するのはまずい。ウィッチの足元にはまだ大勢の人がいた。見れば彼らは逃げるそぶりも見せず震えている。ウィッチが少しでも動けば、その人たちの命はない。公平の判断力が鈍っている気がした。

 敵は一切動かない。公平には興味も示さず捕まえた人を口に入れて舌鼓を打っている。不愉快な光景だがそちらに構ってもいられない。エックスは公平に追いつき捕まえる。


「え?」


 そこで初めて彼の異常な震えに気が付いた。違和感があった。自分との特訓、多くの魔女との死闘。それらを乗り越えた公平ならば魔女との戦いにも怯えることなく立ち向かえる。だが今は明らかに様子がおかしい。恐怖で思考まで鈍っている。

 多少の恐怖を抱えるのは構わない。恐怖乗りこなせるのならばそれは敵の攻撃への気付きを早めるセンサーになる。だが、今の公平はそんなレベルをとっくに超えていた。

 エックスはウィッチを指差し魔法を発動させる。公平の様子に焦りながらも、今やるべきことは分かっている。


「『白紙の世界』!」


 規模が大きい魔法程、呪文を唱えたほうが発動が早い。引き込む世界はどこでも良かった。ウィッチは足元に一切気を使っていない。こちらに合わせて空を飛ぶような様子もない。とにかく足元の人たちと隔離しなければ戦うこともできない。『白紙の世界』には目立った効果はないが、代わりに魔力消費も少なくて済む。

 ウィッチは手の中から獲物が消えたことに気付いた。エックスの魔法はウィッチと公平と自分だけを対象に発動した。ウィッチが捕まえた人たちはエックスの魔法で安全に地上に降りられているはず。これで心置きなく戦える。


「これでオッケー!公平、今度こそ……」


 彼の姿に目を向けた瞬間もう何も言えなくなる。


「あ、あああああああ!」


 頭を抱え叫びもだえ苦しんでいる姿。さっきまでの姿が普通の姿に見えるほどの異様な姿だった。明らかに戦える状態ではない。


「あーあ。かわいそ」

「何っ!」


 ウィッチはにやにやしている。その姿が目に入った瞬間怒りに飲み込まれそうになった。


「一体何をした。お前の魔法か!?」

「アタシは何もしてないよぉ。ただただみーんなアタシのことが恐いだけ」


 魔女の事が恐ろしいのは当然の事。エックスにもそれは分かる。


「これはそんなレベルの話じゃないだろ。公平は今まで何度も魔女と戦ってきたんだ。怖い想いだって乗り越えて……」

「へー。魔女ってあの子かなー」


 ウィッチのとぼけた態度。エックスは自分の中で何かが切れたのを感じた。高速でウィッチの目の前まで踏み込みその顔に回し蹴りを叩きこむ。ウィッチは腕を顔の横に立て、涼しい顔で受け止めている。その顔が瞳に映った瞬間、思わず叫んでいた。


「話を聞けよっ!」

「アハハ。ごめんごめん」


 彼女は自分の事を語りだす。


「さっきも言ったけど、アタシの名前はウィッチ。千年ちょっと前に魔女になったのよ。その時からずーっと、アタシはたくさん殺して踏みつぶして食べてきた。楽しかったわあ」


 それにより彼女はこの世界における最強の生物だと認められた。あらゆる生き物が本能的にそれを認めてしまったのだという。当然のことだが、人間もそのうちの一つだ。


「蛇に睨まれたカエルって知ってる?捕食者を前にしたらさ、被食者は恐くて恐くて動けなくなるんだよ」

「それは千年前の話だろ。今は」

「ううん。人間さんたちはちゃーんと恐―い恐い魔女の事を覚えている。遺伝子レベルでね。その証拠にみんな魔法を捨てていない」

「どういうことさ」

「昔はみんな魔法が使えた。使えるようになった。アタシから逃げて生き延びるためにね」


 その言葉と今の状況。それらを考慮しエックスは理解した。思わず奥歯を噛み締めてしまう。ウィッチは人間世界における食物連鎖の頂点。絶対的な強者。魔女の世界におけるエックスのように人間を守る存在はいなかった。ウィッチから逃げ延び、生存するため、人間は魔法を手に入れる必要だったのだ。ウィッチが一度この世界を去り、人間が魔法の使い方を忘れてもなお、魔法を使うための機能が残っていたこと自体が、ウィッチに対する恐怖から脱却できていない証拠なのである。


「分かった?心に置いてある魔法の白紙。あれがある限り人間はアタシの恐怖から逃げられない」

「キャンバスの事か……」

 思わず手の中の公平に目を向ける。 

「あああああああ!」


 のたうち回る姿が目に飛び込む。恐怖の叫びが響いた。今、彼は戦えない。今日の朝、目覚めた瞬間にはもう戦える状態ではなかったのだろう。ウィッチが人間世界に帰ってきたこととで恐怖が心を染め上げていて、予感の様な夢を見たのだと気が付いた。


「ところで、ちょーっとこの魔法飽きたなーアタシ」

「あっ!」


 ウィッチの声に我を取り戻す。気が付けば世界の崩壊が始まっている。その名に違わず魔法に対するセンスが高い。空間構築魔法をもう破ってきた。

 咄嗟にエックスは空へと飛ぶ。地面にいれば人間を傷つけてしまう。


「ふふふ。久しぶりに出会った同族だもんね。少しサービスしてあげる」


 ウィッチはエックスを追ってくる。都合のいい展開だ。空ならば人間を傷つけずに戦える。世界が完全に壊れる直前、振り返り矢を構える。


「『未知なる』……」


 その時、世界が崩れる隙間の光景が目に飛び込んでくる。何人もの人間がビルの屋上から身を投げ出していた。


「嘘だろ!?」


 咄嗟に彼らの方へと向かう。途中でウィッチの横を通りすぎた。彼女は余裕の表情で笑っている。この展開は予想していなかった。その存在が命を投げ出すよりも怖ろしいものだったなんて。思い切り手を伸ばし、地面よりずっと上で彼らに手が届いた。ほっとしてから魔法を使えばよかったと判断ミスを後悔する。


「なーるほど。アナタは人間が死にそうになると我を忘れちゃうのねー」


 ウィッチの声に天を見上げる。


「あ……」


 そして、手遅れになったことを否が応でも理解してしまう。


「無駄にしちゃったねえ。アタシに勝てる最初で最後のチャンス。『ギラマ・ジ・メダヒード』」


 放たれる巨大な炎の塊。速いと言えば速いが、躱そうと思えば躱せる。地面にいる人々を無視すれば、だが。彼らはウィッチの恐怖に縛られ、逃げることができない。公平が戦えない以上、魔法を殺す『刃』も使えない。魔法で相殺しようにもその余波で地面に被害が及ぶ。裂け目で炎をどこかに飛ばす時間はない。

 エックスは公平を含めた手の中の人を口の中に放り込み、ウィッチの魔法に背を向ける。大の字になって炎を受け止めた。他の選択肢はなかった。


「──っ!」


 耐え難い痛みと熱が全身を包む。魔力への還元も試みるがそれでも消しきることは出来ない。薄く目を開ける。そこでは地獄が広がっていた。エックスが盾になっていても、その余波は届いていた。炎が道を包み込み、そこにあるものを燃やし尽くす。生き残っているのは彼女の口の中にいる者を除けばほんの数名だけだ。


「あ……あ……」


 思わず口を開いていた。そこにいる人は死へと逃げようと飛び出そうとしている。慌てて彼らを捕まえた。公平がそこにいるのに気が付いて、涙が零れてしまった。


 炎が、消える。


「……ちぇ。結構頑丈なんだ」


 ウィッチはつまらなそうに舌打ちした。だがすぐに明るい口調に戻る。


「ねーえー。まだ生き残っているとーってもラッキーな人間さーん?と・く・べ・つ・に!助けてあげよっかー?」


 空から聞こえる声。エックスは怒りを込めた瞳で見上げる。


「お前……」

「今みんなを助けてくれたそのやさしーい魔女さんを苛めてあげてー。そうしたら見逃してあげるー!」


 エックスは目を閉じた。今回は、完敗だ。誰も守れなかった時点で敗北なのだ。小さな力でエックスの手が叩かれている。構わない。浮かんでいるエックスの足に向けて、地面から石か何かが投げつけられている。これは仕方のないこと。


「……『怒りの』」


 構わない。公平に殴られたっていい。特訓の中で何度も戦ったし攻撃もされた。今更どうってことはない。仕方がないのだ。人間ではウィッチの恐怖には勝てないのだ。仕方がないと分かっていたけど、だけど思わずぎゅっと目を閉じていた。


「『剛腕』!」


 次に来る痛み。覚悟していたそれは届かなかった。恐る恐る目を開く。公平はまっすぐに拳を突き上げていた。その先に視線を向ければ──。

 ウィッチの頬から僅かに血が流れた。


「……はは。ざまあみろ」

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